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「忘却」の効用

2010-01-22

21日(木)昨日に続き『思考の整理学』を読む。物事を「忘却」するということは、一般的に学校教育ではマイナス評価となる。要するに教育は「人間の頭を倉庫のようなものだと見てきた」のである。しかし、「忘却」を恐れないということこそ、思考の上で重要な意味を持つという。

 特にコンピュータの出現、普及は、「人間の頭を倉庫のように使うことに、疑問がわいてきた。」というわけで、「ようやく創造的人間ということが問題になってきた」という。むしろ「コンピュータにはこういう忘却はできないのである。」ということで、「コンピュータには倉庫に専念させ、人間の頭は知的工場に重点をおくようにするのが、これからの方向でなくてはならない。」としている。

 確かにこうして毎日、Web上に自分自身の文章を蓄積することで、その日その日に考えたことなどが倉庫に貯められていく。その時々を振り返るときに、この倉庫から、「忘却した自分」を取り出して、より客観的に見つめ直せばいい。いまこの文章自体が、本から学んだことを、「忘却」するために存在するとも考えられる。「頭を高能率の工場にするためにも、どうしてもたえず忘れていく必要がある。」というわけだ。

 最近、1年前の自分を参考にすることがある。昨年の手帳を机上に置いておき、時々、同月の同日を覗いてみる。1年という期間であるのに忘れている意外な発見に巡り会えることもある。これぞまさしく自身の「経験」として蓄積されたものだ。ちょうど1年前の手帳を振り返ってみたら、王貞治氏が早稲田大学で講演した際の言葉が書き残されている。

  「人生は氷山のようなもの」

 「自分の考えを持っていて、いざというときに出せることが大切である」と。

その「いざ」のために「忘却」を恐れてはならない。Web上や手帳が、「知的倉庫」の役割を果たしてくれる。「忘却」を恐れないからこそ、むしろ「蓄積」されるという逆説がそこに潜む。だいたい受験の時など、単語を「覚えなければならない」場合に、いかに「記憶」できないことを悩んでしまう受験生が多いこと。「覚えられない」は「忘却」を恐れているからに他ならない。

かくして、昨日の蓄積は小欄に任せて、再び知的創造の1日を始めよう!
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