15年前、雪の国立競技場から
2013-02-07
降りしきる雪の中その決勝戦は続行された。次第にボールがフィールドを転がらなくなる。
雪面と見分けがつくよう蛍光色のボールが投入される。
スタンドも凍えるような寒さであるが、試合の行方を見守り続けた。
全国高校サッカー選手権史に残る名勝負。
そのフィールドの中心で彼は常にチームを牽引していた。
彼の名は中田浩二くん。現在、Jリーグ・鹿島アントラーズの一員である。2002年日韓共催W杯の折には、監督トルシエの標榜する組織サッカーの申し子として左サイドバックで大活躍した。サッカー好きの方なら、そのW杯ロシア戦で左サイドからゴール前への“グランダーパス”が得点に繋がり、試合展開上貴重な役割を果たしたことが記憶に刻まれているだろう。その後も、日本のトップ選手として欧州でのプレーも経験。再び鹿島の選手として奮闘している。
彼が高校生のとき、僕が「現代文」の担当教員(隣のクラスの担任)であった。授業を担当し始めた年度始め頃、作文を課すとかなり早く書き上げて「できました」と言っている一人の生徒がいた。その原稿用紙を見てみると400字詰2枚において、課題に対して的確な内容の文章が書き尽くされていた。未だ周囲の生徒は5行と書いていない状態であった。教員の先入観というのは嫌味なものである。その作文能力に優れた生徒はサッカー部であったが、たぶんサッカー選手としての能力は低いのだろうなどと勘ぐってしまった。裏を返せば、勉強で進路を決めて行けるほどの学習能力の持ち主であると思ったのである。彼が中田浩二くんであった。
所用で宮崎を訪れており、鹿島アントラーズがキャンプに来ていることを知った。「そうだ!中田浩二くんに久し振りに会いたい。」と思った僕は、その練習場となる県総合運動公園陸上競技場に足を運んだ。朝方までの雨があがりやや遅目の練習開始。野球ばかりではなく時にはサッカーの練習を観るのも勉強になる。監督が外国語で指示を出すのを通訳の方が大声で選手全体に伝えて行くのも面白い。サイドチェンジからのクロスボールでゴールを狙う3人の連係プレーを観て、野球と違う創造的で個性的な選手の動きに魅了された。そして相変わらず中田浩二くんの“左足”は健在であった。
午前の練習が終わり、選手達がバスに乗り込むところに多くのファンが詰めかけている。そのフェンス越しに中田くんがサインに応じていた。これぞ格好の機会とみるや、サインを貰ったファンの方の隙間から「中田くん!」と声を掛けた。キャップにサングラス姿の僕にきょとんとした中田くんの表情は、高校で教室に座っていた時と何ら変わらなかった。僕がサングラスを外し「久し振り、覚えているかい?」と問い掛けて、更に「高校の時の、国語を・・・」と言い掛けると、「あっ!どうしたんですか?(どうしてこんな所に来ているのですかというニュアンス)」と応じてくれた。「うん、ちょっと宮崎に所用があってね。君に会いたいと思って練習を観に来たよ。」などと会話が展開した。周囲のファンの方々は、何となくあっけにとられていた。その謙虚で飾らない人柄も、高校当時と何ら変わらない。日本代表に選ばれたほどの名選手でありながら、鼻高々なところが一つも見えない人柄に僕自身はいたく感激した。短い時間であったが、このように教え子と旧交を温められるのはありがたい機会だ。僕の名刺を渡して現在の立場を話し、彼はバスに乗り込んで行った。
そういえば、中田くんを〈教室〉で教えていた頃、
僕は次のようなことを考えていた。
高校選手権という場で、高レベルでスポーツ競技に取り組み、
その後、自分だけが頼りのプロ選手として人生を歩む教え子たちがいる。
一つの競技に対して妥協なく“結果”を出さねばならない。
果たして、僕自身は〈教室〉でプロの教員として、
どんな“結果”を出しているのだろうかと。
独善的ではいけない、大きな舞台で自分を試さねばならない。
僕が現場の教員をしながら研究者としての道を併走しようとした
一つの契機である。
もちろん中田くんだけではない。
サッカーと野球に取り組む多くの教え子たちから学んだことだ。
「教員としてプロであるべき」と。
奇しくも、今年の高校サッカー選手権は雪で順延となった。
あの雪の国立競技場から15年の月日が経過するのだろうか。
宮崎の地で中田浩二くんと再会し妙な興奮で心が躍った。
今までの人生における様々な運命の糸が交錯し、
いまこの地に“降臨”しているかのような興奮であった。
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