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盲いた男の百日祈願物語

2013-01-25
「開眼すれば柄が見えるだろうと、母がこしらえてくれた着物。
家に帰ればその母が息子の開眼を喜ぶに違いない。
だから観音様、開眼せねば家にもけぇーれないってんです。」

そんな場面を観て思わずほろりと涙が浮かぶ。
落語「景清」の一節である。

 木彫師の定次郎は、にわかに眼が見えなくなり赤坂の日朝様に願を掛けていると、同じ境遇の女が経文を唱えている。この女に邪心を起こした途端に、開眼しかかった眼が再び闇へと転じる。日朝様のご利益が無いとふてくされている定次郎に、ある旦那が上野の清水への願掛けを勧める。この観音様は、その昔、剛勇たる平家の重臣・(悪七兵衛)景清が、源氏の世の中を見たくないと、目ん玉をくりぬいて奉納したという言い伝えがある。京都は清水の出店であるからご利益があるといいながら、百日祈願を終えてもなかなか定次郎は開眼しない。再び観音様に罰当たりな罵声を浴びせていると、旦那は「百日でだめでも二百日、二百日でだめでも三百日」と定次郎を諦めてはいけないと諭す。その帰り道に、不忍池の弁天様あたりまで来ると本郷台の方からにわかに黒い雲が出で来て、雷雨に遭って定次郎は倒れてしまう。しかし、この雨が上がると定次郎は見事開眼したという、大変おめでたい盲いた男の物語である。

懇意にする落語家・金原亭馬治さんが「いつかは名人会」で好演した演目。冒頭に記した場面では、しんみりとした人情に訴える噺でありながら、結びは幸福になる男を見事に演じていた。くすぐりが多いわけでもなく、噺の筋道で聴衆を魅了する見事な一席。「いつかは・・・」が取れるのもそう遠くはあるまいと納得の噺を聞くことができた。

また真打ち昇進間近の三遊亭きつつきさんの「寄合酒」。
そして“とり”は、柳家花緑さんの「御神酒徳利」。
二席と“とり”の合間には、三人によるトークショーが行われて、
和やかな話題の中にも、
若手落語家の実力を観た思いであった。

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