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口語表現と国語教育

2013-01-20
高校の授業で、ある英語教員が生徒によるプレゼンテーションを実施。
偶々、廊下を通った体育教員がその授業を目にして曰く、
「生徒に授業をさせている!(けしからん!問題だ!)」

という笑い話のような本当の話を聞いたことがある。
自然とこんなエピソードを紹介した。
桜美林大学で担当している「口語表現」という科目の(講師)FD会議において、
僕が標記のテーマでプレゼンをさせてもらった席上のことである。
本日は、その覚書として、また内容の公開という意味を込めて発表要旨を書き留めてくことにしよう。

新しい学習指導要領が標榜する〈学力の重要な3要素〉とは、
1基礎的・基本的な知識・技能
2知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力
3主体的に学習に取り組む態度
である。このうち最も重要視されるのが「思考力・判断力・表現力」の養成であろう。これらの力を養う為の方法として「言語活動の充実」を考慮して実施すべきであるというのが、今回の指導要領改訂の大きな注目点でもある。

抑も「言語活動」とは具体的にどのような活動であろうか。何点かに類別して整理すると次のようになる。
1情報発信(表現)=報告・紹介・説明・発表・鑑賞・案内
2交流=話し合い・対話・討論
3創作(表現)=詩歌・物語創作・意見文・手紙
4批評=編集・記録・新聞やインターネットの活用、批評

これらは「国語」に限ったことではなく、生徒(児童)が主体的に学ぶ態度を育成する意味で、教科全般で行われるべき学習方法の基本理念ということになる。もちろん「国語科」は、こうした方法の中核となって推進し「各教科の言語活動を統合・進化させる」という役割を担う。そして「これからの時代に求められる国語力」とは、具体的に次の3点を挙げることができる。
1知的活動の基盤
2感性・情緒の基盤
3コミュニケーション能力の基盤



ここまでの内容を整理すると

「国語学習=言語活動を行うこと」

という前提を確認することができる。



ところがこれまでに行われて来た「国語」の授業では、
指導者=文学的・説明的文章の詳細な読解が中心
学習者=何を学習したらいいのか不明
といった傾向が見られた。
指導者が一定の(小説・評論等)読みの方向を目指し、
学習者は受容するのみであった。
これを「受信→熟考→発信」という一連の学習プロセスにおける、
「言語活動」こそ「国語学習」という形態に、
大きく転換しなければならないのである。
学習者の意識も従来は「指導者・板書」に向いていたのに対して、
今後は「他の学習者の表現・情報」に意識を向ける、
という学習形態が求められている。

ここで述べたような「言語活動」を通じた学習形態というのは、桜美林大学で1年生必修としている「口語表現」という科目理念と様々な意味で符合する。講師は支援者に徹し、学生が発表するスピーチにより授業が構成される。学生はスピーチの要点・注意点の情報を“受信”する。そして自らのスピーチを構成すべく“熟考”する。そして〈教室〉で“発信”する。これで終わりではない、その発表したスピーチ内容の書き起し(文字化)や自己分析をレポートにする。そのレポートに対して、講師は添削しコメントする。といった形式で、学習者が“発信”することにより授業が進行して行く。

大学教育の改革が求められる昨今の情勢で、「講義式」から「参加型」への転換を打ち出す大学も見られる。科目内容の特性に応じた柔軟な対応をすべきであろう。「講義」の利点も全く捨て去るという二項対立的発想ではなく、あくまで指導者と学習者の「双方向性」を配慮した授業形態が求められているということであろう。

ここで述べた小中高校の学習改革も、理念として提示されてはいるが一筋縄ではいかないはずだ。「説明」することが精神的・身体的に染み付いた指導者が、どのように意識を転換できるかという点も大きな問題である。冒頭に記したような“体育教員”ごとき発想の指導者が、現場には未だに多いということ。翻って考えれば、「体育」という科目こそ「競技活動」を通じて運動技術を始めとして、身体的特性や運動理念を学ぶ科目である。統制や強制の雰囲気を漂わせた押し付け的な授業からは、いち早く脱するべきなのである。そういう意味で、「生徒が授業をしている」というのは、理想であると考えることができる。何より問題なのは、指導者たる教員の「意識」に他ならないのではないだろうか。

「口語表現」を既に授業として実践している“声のスペシャリスト”たる講師の先生方であるから、自ずと僕のプレゼンの三分の二は「双方向性」のあるものになった。その意見交流を通じて、上記のような「指導者の意識転換」といった問題点も浮上して来た。そしてまた指導者同士がこのような意見交流をすべき意義を深く感じる機会となった。

僕のプレゼンでは、後半に中学校小説教材の「音読・朗読」を活用した授業方法の提案についても具体的に述べたが、その内容は小欄では割愛させていただく。多くは、著書『声で思考する国語教育—〈教室〉の音読・朗読実践構想』(ひつじ書房 2012年4月刊)に記してあるので、そちらをご参照いただきたい。

この桜美林大学「口語表現」で出会った全ての講師の先生方に、
この場を借りて心より感謝の意を申し述べたい。
講師内での「言語活動」が高次元で実現している職場であった。
この出会いもまた、僕にとっての大きな財産となった。

心から、ありがとうございました。
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