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90分×15=コミュニケーション

2013-01-17
22時間30分
=1350分
=81000秒
この時間で産み出されるものは何か?

桜美林大学で担当する「口語表現Ⅰ」の授業を全て終えた。春学期15回・秋学期15回各2クラスずつの担当で、約85名の学生と出会った。今も名簿を見ながら思い返すに、その一人一人が語る表情が脳裏に蘇る。この授業の特長は、学生のスピーチそのものによって進行して行くというもの。各自の個性が自ずと〈教室〉で表現されていく。あくまで担当は支援者に徹する。スピーチ後のアドバイス、レポートでの指摘・添削、そして学生同士のコミュニケーション活性化への支援等々。昨今、取り沙汰されている「参加型」といった概念を超えた、表現を根底に据えたクラスなのである。

90分×15回を終えて、クラス全員の顔と名前が担当者の中で一致しているか?大学教育に携わる方々に問うてみたいものだが、このクラスでは必然的かつ確実に全員のことがわかるようになる。授業そのものがコミュニケーションの醸成を柱としているからだ。そのシラバスの一節に曰く「コミュニケーション能力は、生まれつきのものではなく、訓練することでいくらでも上達していく能力である。」。最後の授業での学生たちの表情が、それを物語っていたように思う。

スピーチの内容からして、自然と自己開示が為されて行く。それは学生にのみ求めるのではなく、自らその開示に臨む。自己紹介から随所に差し挟むコメントに至るまで、僕自身の個性的な見解や感性をことばにしてみる。次第に学生との壁が緩やかに消え去って行く。押し付けでも迎合でもない心地よい関係性が芽生えて来る。レポートで徹底的に自己分析を行い、クラス全体への意見を述べる者も出て来る。個人的に将来のことを語り合った学生も何人かいた。大学1年生という新たな世界で感性の揺れが大きい時に、こうした授業があることの意味を担当者として噛み締めていたといってもよい。

一学生にとっては、1年次必修科目として“義務的”な感覚もあるかもしれない。4年間の中からしたら、多くの授業の一つに過ぎない。だがしかし、そこで心豊かな交流を持つように心懸けて担当することは、僕たちの使命であると思う。大仰な言い方が許されるならば、毎回の90分間が学生の将来に些細なことでも影響を及ぼして行くことを念頭に置いて、担当するかどうかということだ。人を育てる上では、そんな「敬愛」が必須であると昨今特に強く思う。

今年度、この授業で出会った全ての学生に、改めて感謝したい。
そして豊かな人生を歩んで欲しい。
その為には、今日の、今現在の、
君自身ができる最善のコミュニケーションから始まることを忘れないで欲しい。

そして僕自身も
人が好きだから教員をしているという自覚を新たにする。
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