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ファースト・ネームで呼ばないで!

2013-01-10
「○×子!行くぞ!」
「さあ来い!」
さてこれはどんな場面の会話でしょうか?

僕が中高教員をしていた頃、長い間女子ソフトボール部顧問をしていた。他校との試合でシートノックを見た時、ある学校の先生(男性)がこのように部員を“ファースト・ネーム”で呼んでから、球を打ち返していた。しかし、なぜかこの光景を見聞した時、喩えようのない違和感を拭い去れなかった。よって自分が部員を呼ぶ際には、決して“ファースト・ネーム”は使用できず例外(部員間でファースト・ネームそのものが呼び馴らわしとなり、既に姓のように成り果てている場合)を除いて姓で呼ぶことに徹していた。

その反面、同僚の英語教員が全ての生徒を“ファースト・ネーム”で呼ぶことに対して憧れに似た願望を覚えたこともあった。当時の勤務校は女子校であったのだが、この女性の英語教員が、この上なく生徒との間に友好的な関係を築き上げていたことへの羨ましさであったかもしれない。それでも、僕が“ファースト・ネーム”を使用できるのは同姓の生徒が複数いるときぐらいであり、呼ぶ際にはかなりの“ためらい”があったと記憶する。

こんな感覚があったので、今年度春学期担当のあるスピーチクラスでは、敢えて宣言して全員を“ファースト・ネーム”で呼ぶことを自らに強いてみた。そのクラスは西洋文化圏への留学経験者のクラスであったので、学生達もお互いの呼び方がそのようになっていたという必然性にも助けられた。それでもなお、男女問わず「○×さん」と敬称を付けて呼ぶのが精一杯で、いわば“和洋折衷”的な着地点を見出したと言えるかもしれない。

既にお分かりの方も多いと思うが、これらの僕の体験は「和と洋」の文化的対立をなしている。それを改めて明確に言説化してくれたのが、山田利博著『アニメに息づく日本古典ー古典は生きているー』(新典社新書51)である。本書は、「世界に誇る文化となった日本アニメーションの中で生き続け、これからも受け継がれていくであろう日本古典文学・文化の要素とは。」(当該書帯より引用)という命題に答える好著である。その「Ⅱ現代における「異界」—「千と千尋の神隠し」」に名前に対する言及がある。「ご存知のように千尋は、お湯屋に就職させてもらった時、元の名を奪われて「千」という名に変えられてしまいました。」(当該書P51)という事象に注目し、古典的な考え方では「言霊」があると指摘する。また『陰陽師』で「うかつに本名をあかすと呪い殺されることがある(と思われていた)からです。」(当該書P53)とした例も示し、「昔の日本人は極力そのファースト・ネームを呼ばないようにした」(同P53)という古典的事象をアニメとの関係から提示している。

古典における語彙などを鑑みても、「見る」という語で「面倒を見る」という意味から、果ては「夫婦となる。異性と関係を持つ。」という意でも使用されているのは古語辞典をみれば容易に確認できる。これと同等に「名前を呼ぶ」という行為に「支配する」という意味合いがあったはずである。「言霊」思想からすると、「名前」は人そのものであり、それを“声で発する”ことは、自分の“ものにする”ことと同等な意味が生じるわけである。前掲書においても、「親や主人などは例外です。何故なら、こういう人たちはファースト・ネームで呼ぶ人を所有しても問題がないからで、逆に言えば、そういう立場にない限りは、ファースト・ネームを呼ばないことが、その人に対する敬意を表していたのです。」(当該書P54)と明解に示されている。

日常生活の中には、日本古典の文化的伝統が息づいている。それらがアニメの中にも仕組まれている。それを多方面から自覚する為にも、前掲好著はぜひともご一読いただきたい。実は、僕たちの些細な行動の一つ一つが、古典的文化の延長上にあるのではないだろうか。国際化の波が高ければ高いほど、むしろこうした些細な点から、「日本文化とは何か」という命題を思考する必要がある。それこそ古典を学ぶ意義ということになるだろう。

ファースト・ネームで呼ばないで!
と言いたいわけではない。
そこに根付く「文化」を自覚せよということである。
「言霊」と「敬意」という文化がある中で、
唐突な呼称が行われることを「軽薄」という場合もある。
西洋文化も含めて、思考ある行動を日常からとりたいものである。

(*冒頭に示した他校部活動顧問の名誉の為に言及しておくが、部員と時間を掛けて友好的な関係が成立していれば、むしろ家族的(父娘)関係としてファースト・ネームで呼称することには何ら問題はないだろう。むしろそれを唐突に見聞した若かりし頃の僕自身に思考がなかった、ということを言い添えておく。)


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