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記憶の奥底にある公園

2012-12-22
両親の住む実家を用があって訪れた。現在の居住地からバスに乗れば程なく行ける場所であるが、この日はたまたま買物をして隣接する地下鉄の駅から、故郷の街を歩いてみた。昔から健在であるお店もあれば、すっかり違う店構えになってしまっている街角もある。その変化を目にすると、自分の記憶の奥底にある、最近では起動していない中枢が刺激されるようで、妙な感情に支配されるひとときとなった。

酔いどれで帰宅途中によく寄ったラーメン屋は、既に違う店に。髭面の店主は麺を釜から上げると、上下に大きく揺さぶり全力で湯切りをするのが印象的であった。幼少の頃に憧れであった、多くの玩具が展示されているお店は左右の店をも巻き込むマンション建設用地として、鉄塀で囲われていた。パンク修理をよく持ち込んで、おじさんが作業しながら世間話に興じていた自転車店は、まったく跡形もなく暗い街の一隅と化していた。

どうも人間は、変化しているものから強い印象を受けてしまうようだ。僕が通学していた小学校の方面に道を辿ると、道路区画が大きく変化していた。行くつもりはなかったが、ついつい小学校まで足を運んでしまった。校舎は色こそ塗り替えられているが、建物はそのまま。1年2組・2年2組・3年3組・4年4組・5年4組・6年4組の教室が塀の外から今でも目で追うことができた。僕の学びの出発点である〈教室〉がそのまま存在していた。

学校の裏手には、親友が住んでいたアパートがあったはずだ。しかし、今やそれはマンションに。そのアパートの親友の家には何度となく遊びに行ったことがあった。ある時、校庭で野球をしているとそのアパートが火事になってしまった。「火事だ」の声に僕たちは野球を中断し学校の裏門に走った。僕は呆然としながら自宅が燃えてしまっている親友の表情を見た。苦悶を押し隠し、自分で自分に「大丈夫だ」と言い聞かせるような気丈な表情が今も忘れられない。彼は今どうしているのだろうか。

そして学校の裏手から、よく遊んだ児童公園へ。そこは驚くほど昔と変わっていなかった。思わず「ひょっこりひょうたん島」を模した砂場に囲まれた中央の山に駆け上がった。遊具からトイレまで何も変化していない。時間旅行で小学生に戻ってしまったような不思議な気持ちに支配されながら、公園を見回した。“缶蹴り”の“鬼”が、缶を置く場所はあそこ。僕たちは山の陰から公園の外を巡る道路、トイレの屋根の上、果ては公園に隣接するマンションの踊り場まで駆け上がり、そこから“鬼”を観察し、缶を蹴るタイミングを計っていた。けっこう危険かつ無法なことをしていたものだとも今にして思うが、その経験が行動力や戦術性を学ぶよい機会であったのではないかとも思う。

小学校方面に今一度戻り、そして実家の方へ。意義が感じられない道路計画により、通学路であった区画は大きく変化していた。明治・大正期から文士や芸術家が多勢住んでいたこの街の雰囲気を、道路工事が破壊していた。果たして街の発展とは何か?大きな道路が中央突破し、マンションが立ち並べば“発展”なのか。街に存在していた「文化」を貴重な足跡として保存しようとする優しく温かい眼差しがあってこそ、街は喜ぶのではないのだろうか。そして人もまた。

故郷未だ忘れ難く
時折、こうした記憶の奥底に眠る襞を刺激することも必要だろう。
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