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米国小学校銃乱射事件の悲劇

2012-12-16
また悲劇が繰り返された。米国コネチカット州の小学校で銃乱射事件が発生し、児童ら26人が死亡の報道を知り、何ともいえない悲哀と憤懣の感情に襲われた。20代の容疑者が銃を4丁所持、防弾チョッキを着用し小学校正面入口から乱入。無差別に児童や教員を撃ったという。日常は治安もよく平和な小学校での事件を想像するに、地獄絵以上の惨劇といわざるを得ない。犠牲者の方々に慎んで哀悼の意を表する。

この事件に限らず、米国での銃乱射事件は後を絶たない。涙ながらに会見をしたオバマ大統領の心中には、公約をしながら銃規制に動けなかった4年間の悔恨の情が読み取れた。毎度、毎度、多数の犠牲者が出ながら連邦国家全体で「銃規制」に動けないという米国社会の現実。今回の事件後に出された各方面からのコメントでも驚くべき発想のものもある。「(学校職員に)銃を持たせないからこういうことになるのだ。」という暴論である。「銃に脅える恐怖」を払拭する為に、「銃を所持する」という負の連鎖。その結果、膨大な数の銃が米国社会に放置されている。

果たして「銃を持たないから危険」なのか。
それとも「銃を持つからこそ危険」なのか。
人を殺傷できる武力を持つことへの普遍的・根本的な問い掛けでもある。
そして武力が容認される社会である以上、
必ず理不尽な犠牲となるのは弱者である。
未来ある児童が多く犠牲者となってしまった今回の事件は、
それを端的に物語っている。

米国を訪れる機会も多い僕であるが、
今までは幸いにして、銃の恐怖に遭遇したことはない。
それでも米国社会がいつでもどこでも、
銃の危険性を回避できない場所であるという自覚は持っておくべきである。
そしてオバマ氏には、今まで誰もできなかった
「銃規制」に踏み込む政策を展開してくれることを切に願う。
それだけを考えても、オバマ氏再選の意義は、
相当に大きなものであると考えられよう。

米国における個人レベルの銃所持を憂えるにあたり、
敷衍して考えてしまうのは、国家レベルの武力所持の問題である。


「銃を持たないから危険」なのか。
「銃を持つからこそ危険」なのか。


一人一人の命が尊重される社会を目指す為には、
どちらの道を選択するかは自明であるはずなのだが。

僕らの本日の行動が問われている。
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