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「鳥肌が立ちました!」その文脈でいいのですか?

2012-11-13
若者を中心に「鳥肌が立ちました」という表現が頻用されている。日常語はもちろん、先日はスピーチクラスである学生が使用し、その後、使用する文脈・状況を考えるべきではないかと指摘し、クラス全体に問題提起をしておいたばかりだ。たぶん、TVのバラエティー番組において、お笑い系芸能人などが映像に対するコメントとして使用し始めてのことではないかという独断と偏見を持っている。問題なのは、この表現を“素晴らしいもの・素敵なもの”を見たという文脈で使用することが適切か否かということである。

日常口語ならまだしも、昨日(2012年11月12日)付朝日新聞夕刊一面最下段の広告に、「あの時の母に思わず、鳥肌が立ちました!」と大きく出ていた。広告は若さを保つ健康食品のものだが、その内容は次のようである。ある女性が社会人となり結果を出すまで実家には帰らないと決意し1年が経過した後、念願かなって“ライター”になることができた。そこで実家に帰省すると、母親は娘がいないことで張り合いを失い急速に老け衰えた様相であった。そこでこの女性は、自らのせいで母親が落ち込んでいると責任を感じ、知人から若さを保つ健康食品を仕入れて母に贈る。そして数ヶ月後の週末、再び実家に帰省し玄関から出て来た母を見て女性が曰く「ぶわっー!て鳥肌が立ちました」となる。

果たしてこの文脈において、「広告文の「母」はどのような状態になっていたと想像できるであろうか?」という問いが仮に試験問題としてあるとしたら、みなさんはどう答えるであろうか?

「鳥肌が立つ」とは辞書に拠れば、「急に寒い空気に触れたり、恐怖に襲われたりして、皮膚が反射的に収縮し、一種変な気持ちになる。」(『新明解国語辞典第6版』三省堂)要点は、「恐怖」で「変な気持ちになる」ということだ。元来、この表現は、想像もできない負の出来事に遭遇し恐怖におののく場合に使用する表現である。幽霊を見てしまったとか、悲惨な事故に出くわしてしまったという文脈が適しているということである。となると、前述の広告文の「母」は、「恐怖を感じるほど想像もできないほどに老け衰えてしまっていた。」という解答が、試験であれば“正解”となるだろう。

もうおわかりだと思うが、話題にしている広告文の「母」は、健康食品が功を奏し大変“若々しく”変貌を遂げているという文脈になる。この女性は母から感謝の気持ちを伝えられ、「親孝行ができた」と感激するという結末。更に気になるのは、この女性が“ライター”を職業として成功しているという設定である。日本語を使用し文章を書くことのプロが、この文脈で「ぶわっ!ーて鳥肌が立ちました」と擬態語を含めた表現は、ないのではないか。もちろんこれは広告文の物語性なのであるが、それであるからこそ“ライター”という設定がいただけない。しかも、「あの時の母に、思わず鳥肌が立ちました!」を大見出しにしているのである。“ライター”「名前」付キャプションのある女性の笑顔の写真が、実にむなしく見える広告といわざるを得なかった。

古典語などにおいても、「甚だしい・並々ではない」という意味を表現する「いみじ」などは、「素晴らしい・立派だ」という意味と「ひどい・恐ろしい」というように正負両面に使用する。元来、「忌み避けなければならない」という原義から「それほどに甚だしい」という語義が生まれる。究極の感激は、正負両面を表現するともいえよう。だが、この場合は、「いみじく〜」といった修飾表現としての使用を基盤とするからこそ、両面性を持ち得たということになるだろう。「鳥肌が立つ」というのは、あくまで具体的な身体状況に限定した心象表現である。水泳をしていて際立った寒さを感じたとき。あるいはお腹の調子が悪く厠に長く籠ったとき。心霊的な恐怖を感じたとき等々、まさしく「身の毛がよだつ」という表現と同類なのである。まさか、「あの時の母に、身の毛がよだちました!」といった表現であったならば、「母が若返った」という文脈に“誤読”する人は、稀少なのではないだろうか。


表現の深層に潜む真意を汲み取る知性が求められてはいないだろうか。
言語への無頓着さは、自国の文化の軽視に他ならない。
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