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春秋と夏冬の比率

2012-11-02
外出してもやや寒さを感じるようになった。それはまた早朝の書斎でも同じ。慌てて冬の部屋着を衣類収納する葛籠から出した。これまで半袖・半パンで過ごしていたので、やや唐突さを覚える。外出でも特に夜のジム通いの場合は、帰りがサウナ入浴後なので、冷えることを警戒しやや厚着を決め込む。霜月11月を迎え、一気に冬支度の様相である。

果たして秋はどこにあったのか?9月中はかなり暑く10月も気温の上下が激しかったように感じる。東京地方の日中など25度近くになったりすることもあり、爽やかさよりも、少々暑さを覚えることが多かった。正直なところ、スーツなども夏仕様を継続しているほうが快適さを覚えた。

中国古典詩では、日本の和歌と比較すると、圧倒的に春秋を題材にした詩が多い。それはむしろ気候環境が、春秋が短く夏冬が長いという中国風土に由来すると、大学学部の時代に「中国詩歌概論」で学んだ。稀少で快適な季節を言語芸術として表出し、その良さをことばとして保存しようとする発想。近い傾向をある時期の和歌には見出すことができるが、平安朝中期にもなれば比較的四季が均衡した和歌の量になる。日本人はやはり平均化するという傾向を好むのだと言えるかもしれない。

逆に考えれば、春夏秋冬が均衡していると考える方が不自然なのかもしれない。自ずと偏りがあり、年によっても傾向が違うはずだ。旧暦に従うと昨日11月1日(新暦)が、9月18日(旧暦)。本年は「閏三月」が挿入されている歳なので、昨年と比べて同じ旧暦9月が半月ほど遅い。古典の観念からすると今しばらく秋と呼ぶべき時間が残されている。何事も型に嵌め込み均衡を旨として物事を制御して来た近代化。季節の“気まぐれ”を許すぐらいの余裕を人間として持ちたいとも思う。

温暖化ゆえの秋の短さなのか。
都市生活者として季節を捉えるアンテナに狂いが生じているのか。
四季のうつろいを文化とするこの国では、
自然を見つめる温かな眼がもっとあってもよい。
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