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「優勝が義務づけられた」という驕り

2012-10-20
MLBファンである僕は、ニューヨークヤンキースが大嫌いだ。最大のライバルであるボストン・レッドソックスの大ファンであることに由来する“常識的”な感情なのであるが、仮にそうでないとしてもこのチームのあり方に対しての疑問は少なからずあるにちがいない。MLB30球団で断然トップの選手年俸総額。要するに、他チームで力を付けて来たスーパースターを資金にものを言わせてかき集める。今季途中で移籍したイチローもその一人だ。イチローに畏敬の念を抱く僕とって、微妙な心境のシーズンが続いた。必然的に嫌いなはずのヤンキースの試合を多く観ることにもなった。

そのヤンキースが、アメリカンリーグ優勝決定戦において、デトロイト・タイガースに4連敗を喫して敗退した。その短期決戦の弱さは際立っていた。かき集めて優秀な打者が並んでいるはずの打線は機能せず、好機に尽く凡打を重ねた。エースかと思われている投手も、無惨にも失点を許した。やや贔屓目に観ることが許されるならば、イチローと黒田の日本人2選手は堅実に自らの仕事を果たした。無得点で迎えた9回にイチローが放った2ランHR。このシリーズを通してもイチローの打率は悪くはなかった。黒田も先発としての役目を十分に果たしながら、打線が得点しないが為に敗戦投手になった。やや主観的に語るならば、この優秀な日本人2選手は、このチームの雰囲気とは異質な「野球」に専心していたように見えた。

イチローがヤンキースに移籍してから「明るく楽しそうにプレーしている」という見方を、日本のメディアなどは喧伝した。確かにシアトル・マリナーズに在籍していた時のような孤高の存在ではなくなった。チーム全体がオールスターのような状態の中で、イチローも一選手であった。同年代の主将・ジーターとの交友など、イチローにとっては野球人生の中で大きな経験であったはずだ。そのジーターがこのシリーズ中に足首を骨折し出場できなくなった。僕は密かに、イチローがチームを引っ張る姿勢を見せるのではないかと期待した。だが、一選手として打撃や守備で牽引することはあっても、精神的牽引者になることはなかった。僕たちは、2度のWBCで日本代表チームの精神的支柱としてイチローが存在していた事実を知っている。その時とは、明らかに違う姿勢のイチローが、初のワールドシリーズ出場を逃したように見えた。それも、このチームの雰囲気からして無理からぬことであったと言えるだろう。

ヤンキースにイチローが移籍した際に、日本のメディアは「ワールドシリーズ制覇を目指す」という修飾句を付けた。そしてそのチームを「優勝が義務付けられた」と定義づけた。試合中継を観ていても、日本のアナウンサーは必然的にヤンキースに偏ったもの言いをした。米国の各地元放送局が、極端にチームの肩を持った実況をするのとも、明らかに異質であった。それは、伝統があって資金力がある巨大な権威に迎合するような、対米関係上における日本の姿勢と極めて類似している。その迎合的論調の中で、日本の宝であるイチローを語られることに、何とも言えない嫌悪感を抱かざるを得なかった。

「優勝が義務づけられた」などというのは驕り以外の何物でもない。
スター選手をかき集めれば勝てるという思惑自体が、野球を蔑視している。
僕は今回、『マネーボール』のモデルとなったオークランド・アスレチックス(MLB30球団中年棒総額29位)がヤンキースを倒す図式を夢見ていた。アスレチックスのような球団が存在することにこそ、米国の理性と知性を感じる。そのアスレチックスは、今回ヤンキースに4連勝したタイガースと、2勝2敗(3戦先取のシリーズにて)に及ぶ好ゲームを展開していた。ワールドシリーズに近いのは、むしろアスレチックスの方に違いない。

日本でも同系統のチームが、
崖っぷちに立たされているのは、きっと偶然ではないだろう。

米国的巨大権威。
日本社会が、これに迎合して来た流れの象徴的現象
などと敷衍して考えるのは、聊か飛躍に過ぎるであろうか。
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