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イチロー「止まる」という選択

2012-10-10
MLBはポストシーズンに入り、各リーグ5チームがワールドシリーズに向けた闘いを繰り広げている。ダルビッシュが所属のテキサスレンジャーズのように、ワイルドカード決戦の1試合で敗退してしまったチームもある。そんな中で、今年はイチローが11年ぶりにこの10月にプレーをし続けている。7月まで所属していたシアトルマリナーズの成績低迷によって、なかなかこの段階の闘いにイチローが参加することはなかった。その為か時折、「イチローはチームの為を考えてプレーしないので嫌いだ」という人に出会うことがある。だがしかし、2度のWBCでの日本代表での牽引力を見れば、イチローがどれほどチームの勝利の為に身を削る選手であるかは明らかである。そんな意味で、今のイチローを見れば、そうした“思い込み”をしている人は、考えを改められるかもしれない。ただしそのどんな場面を見ても、僕自身はヤンキースが大嫌いなので、複雑な心境を伴いながらであるのだが。

昨日の試合は、元中日ドラゴンズに所属していたチェンが好投し、ボルチモアオリオールズがヤンキースを1点差でかわした。この試合の先制点はヤンキースであったが、イチローが「忍者のように身をかわして」本塁生還したプレーが話題になっている。本塁前3mほどのところで既に外野からの返球を捕手がキャッチし、確実にアウトという状況である。そこでイチローが採ったプレーは、「止まること」だった。たぶん、多くのMLB選手であるならば、間違いなく捕手に体当たりをして落球狙いをするはずだ。豪奢な年棒のヤンキース選手“様”ならば、尚更そうした選択をするだろう。過去には、相手がタッチしてきたグラブを故意に手で叩いて、落球を誘発させた“プレー”を堂々とした選手もいる。(その後、審判が協議をして守備妨害でアウトになったが、その選手は、走る為に手を振っていたのが当たったのだと主張し続けた。スロー映像を見ても、あれが故意でなくて何なのかという動きにも関わらず。)その選手は、今もイチローの後の打順に居座っている。

話をイチローに戻そう。あの場面で「止まる」ことができる発想は、たぶんMLBの選手にはない。走りが減速されたので、捕手はチェンジアップを空振りするかのように、はてまたバレーボールの一人時間差でブロックに飛べなかったかのように、イチローにタッチできなかった。捕手の先まですり抜けたイチローは、更に追い来る捕手のタッチを、再び上を越えるようにかわして本塁プレートへ手を伸ばした。もちろん捕手も再びボールの入ったミットを伸ばす。それをもかわしてイチローの手は本塁に接触した。判定はセーフ。野球ルールにある、走者は3フィート内で走塁するという領域からはみ出すこともなく、捕手の“追撃”をかわした。見事なヤンキース選手らしからぬプレーである。

捕手側の立場から“敗因”を述べるならば、イチローを追ってしまったことに尽きる。「止まった」イチローにタッチできなかった後に、ただひたすら本塁プレート上でイチローを待てばよかった。本塁の先まですり抜けたイチローを追ったが為に、肝心の本塁プレートに隙ができた。走者の目的は、ただ本塁プレートに接触するただ一点なのであるから。と考えると、イチローは3塁側から走って来たとき、本塁を越えたとき、そして手で本塁に触れようとしたときの3度にわたってフェイントを掛けたことになる。さながら“鬼ごっこ”でタッチされないようにする子供のように。MLBを見慣れたアメリカのファンからも、特異な動きに注目が集まったということであろう。

力任せでない柔軟な発想が窮地で道を拓く
イチローの打撃哲学にも通ずる走塁
チームがどこまで勝つかは別問題として
やはり10月にプレーするイチローが観られるのは嬉しい限りだ。
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