「引き分け」という理念〜山古志牛の角突き
2012-10-09
母の生まれ故郷である新潟は小千谷市。そこから山あいに深く入ったところには、中越地震(2004年)の被災地である山古志がある。地割れ・土砂崩れで道路が寸断され、川の流れが変化し水没してしまった地域もある。あの時、山古志で飼われていた牛たちが、ヘリコプターによって救助される光景を映像で見て、いたく感激を覚えたことが記憶に深く刻まれている。その後も復興を目指して山古志の人々は奮闘し、今や道路整備も進み“日本の原風景”ともいうべき美しい棚田の光景が広がっている。その山古志で、長い歴史のある国の重要無形文化財「牛の角突き」を観ることができた。月に1〜2回程度しか開催されないこの行事が、ちょうど母の親戚を訪ねるこの日に開催されていた。やや予定を延長して山古志闘牛場を目指した。秋晴れの鮮やかな空に山並みの美しさ。山古志の美しい光景は、筆舌に尽くし難い。そこで行われている闘牛は、長い伝統のある「理念」をもとに実施されていた。
僕がこの闘牛を観ることになった時に思いついた最初の疑問は、「勝敗の決し方」である。どうなれば勝負がつくのであろうか?まずはそんなことを考えてしまった。審判のような判定者がいて、いわゆるボクシング等でいうところの「判定」が下されるのであろうか。果てまたどちらかが戦意を喪失するまで激しくやり合うのであろうか。闘いには「結果」がつきものであるという単純な考え方しか脳裏に浮かばなかった。
だが、いざ角突きが始まると思い掛けない説明が為された。「引き分け」が原則であるというのが、この闘牛の大きな特徴であるというのだ。それが「重要無形文化財」に指定されている要因であるともいう。古来からこの山古志で実施されている伝統が、この崇高な理念を産み出したのであろうと、いたく感心した。そこには、歴史の中で牛と人間が共生してきた豊かな歴史があることも説明されていた。世の中、「勝敗」という「結果」だけが全てではないのである。
角突きが始まると、最初は若い牛から。まだ闘牛に慣れておらず、勢子と呼ばれる方々が紐を付けたまま取り組みが行われた。牛もまだ相手との組み方に要領を得ず、何となく頭同士を合わせているだけの闘いぶり。まさに前座が2番ほど行われた。次第に年齢が上がる牛が登場するとその闘いぶりが一変した。闘牛場である楕円形の砂地に入って来た時点から、雄叫びを上げて闘争本能を剥き出しにしている牛もいる。そうかと思えば、冷静に相手の出方を伺う“クール”な牛もいる。その角突きを行う「過程」すべてに見所がある。中には、鋭い角が相手の脇腹に入る場合もあり、裂けた傷が見えて血液が角に付着しているという激闘もあった。そんな攻撃を受けた牛もその後、奮起して逆襲に出る。果たして、どれほどの「感情」をもってこの闘争に挑んでいるのだろうかと、牛たちの“心の内”をあれこれと想像してしまった。
闘いが潮時とみるや、周囲にいる勢子たちが後ろ足に縄を掛け、双方の牛を静止させようとする。片後ろ足を取られて前進を止められた牛の角に、左右から勢子たちが取り付く。頭部と鼻先を押さえ込まれた牛は、闘いの終わりを悟るのか静かに動きを止める。しかし、中には闘いはまだ終わっていないという本能が強く刺激されるのか、暴れる牛もいる。両角を押さえた勢子が2人とも振り飛ばされるという一場面もあった。まさにそれは人間と牛との真剣勝負である。さらに観客の声援や拍手が一体となって闘牛場全体が、独特の雰囲気に包まれる。「お互いの健闘を称えながら引き分け」にする人間の牛への愛情。それが山古志牛の角突きの“意義”である。
自然との共生とは何だろう?もちろん、牛に闘争をけしかけ、それを観て楽しむ「人間のエゴ」を感じない訳でもない。だが、この山古志の牛の角突きには、そんな“ヒト”の「我欲」が感じられない。実施している勢子たちは、深い愛情で牛たちとともに生きている。動物の持つ闘争本能を「自然」と呼ぶことが許されるならば、人間も自然に参加しその沸点までの迫真さに関わろうとする。その闘いを観戦して、一抹の爽やかな風を心の中に感じた。闘いは、「勝敗」を決める為だけに行うのではない、ということに気付かせてくれた爽快さである。
「結果」「勝負」の為だけならば、「我欲」そのもの。
山古志の人々は、この土地を愛し、牛たちとともに生きている。
ゆえに中越地震後も、復興への強い意志を持っていたのだ。
山古志が“日本の原風景”だといえるならば
「引き分け」の理念もこの“故郷”の人々の生き方なのだ。
都会の喧噪の中で「結果」「勝負」だけに目くじらを立てている人々。
この牛の闘いぶりを見せてあげたい。
「引き分け」に理があることが、すぐにわかる。
「闘争」とは、実は「愛情」なのである。
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