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文の京12hリレー参加結成会

2012-09-24
昨年から地元カフェ店主夫妻と常連さんで構成するチームで参加している大会。今年も来月20日と開催が近づいた。この日は、そのチーム結成会が開かれる。新たに加わった方2名を含み、昨年の参加メンバーが顔を揃えた。昨年は暗中模索の中、12時間で公園の周回コースを93周走った。あくまで結果は結果として後からついて来た。この経験がどうしても基準値となる今年の大会。チームの目標は、ズバリ100周である。

経験値は、様々に功を奏する場合もあれば、むしろ邪念となる場合もある。知らない道を歩き通していたら、いつしかある地点に着いていたというとき、その道の距離はあまり苦にならないことが多い。距離を意識せず、ただひたすら“今”を走り続けるからであろう。知っている場所に行こうとするとき、その場所までの距離が観念化して、人の中で“感情”が付加される。ゆえに、予想以上に困難を極めるという経験は誰しもあるのではないだろうか。今回は、明らかに後者である。こうして文章として語ること自体が、邪念そのものであるともいえる。

無心に帰るならば、ただ自分のベストを尽くすのみということになるだろう。周回の順番が来た時に、襷を受け取り次の走者に繋ぐ。その繰り返しに他ならない。次の走者に、ただ襷を渡すという小さな感慨を求めて1周1.2Kmを走破する。そのたびごとに“焦り”の心境よりも、無心になれるや否や。まさに小欄のタイトルにも掲げている「虚往」の心境が求められるのではないかと思っている。


僕たちは、マラソンや駅伝で専門的に鍛え抜いた選手たちですら、その身体性を超えて、精神的な邪念で自らの身を持たせることができない光景を、何度も映像を通じて目にしている。マラソンのTV中継で一定の視聴率がある稀少な国の住民である。マスコミの喧伝による期待に押し潰された選手の悲劇をいくらでも知っている。苦闘に歪む表情をカメラが捉え続ける映像を、2時間半近く見続ける精神性を有している。敢えて、そんなことに自覚的になってもいいのではないかと思う。

かつて、サッカーW 杯に日本代表が初出場したフランス大会のとき、試合中にガムを噛むとか、笑顔でプレーしている日本人選手が批判されたことがあった。世間は「必死でない」ということばを選手に浴びせたと記憶している。だがしかし、「必死(な表情)」とは何だろうか?欧米のB級映画に登場する“侍”の、あの妄信よろしき洗脳的表情であろうか。一方では、移籍後好調であるイチローが、笑顔でプレーする姿を好む“感覚”を、最近では耳にするようになった。

かつて、米国のカールルイスが短距離を走るとき、ゴール前の追い込みでこそ笑顔であるから記録が伸びるのだと語っていたのを思い出す。長嶋茂雄さんが、「カール」と得意の英語で呼びかけて、相互に笑顔でインタビューしていたことが懐かしくもある。やはり笑顔が身体を躍動させるのである。と僕は信じている。

地元の方々と、未知への時間を楽しむ。
僕は、こうした笑顔での挑戦こそ
最善の身体性を発揮するのだという感覚を楽しみたいだけでもある。

さて、結果は如何に?
来月20日午後6時に号砲が鳴り響く、
文京区教育の森公園である。
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