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沈思黙考のとき

2012-09-18
数日間、小欄の更新も休止していた。
特段、何かがあったわけでもない。
ただ、1年に何度かは”今”の自分を考える時間が欲しくなる。
それがこの数日であったようだ。
「沈思黙考」とことばで語るのは簡単だが、
なかなかその境地に達するのは難しい。

日常を忘れ、時間も忘れ、自分と向き合う。
そこには自分を映す鑑が必要だ。
だが、過去と未来を映し出す可能性があるものには、
それほど簡単には出逢えるものではない。
この5年・10年を振り返ることのできる鑑とは何だろうか?

日常の中では、どうしても何かに追われている。
Web上に往来する無数の情報の存在、
そしてまた小欄のような自己発信という行為。
それに乗り掛かる生活を送れば、自ずと追跡の渦中に足を踏み入れているわけだ。
時に離脱することでしか見えてこないものもあるはず。

目を開けながらにして真の暗闇に出逢う。
動物の囁きが聞こえて来そうだ。
肌に接する風の感触が心地よく。
波も立たない湖面に自らの妄想で絵を描く。
数奇な出逢いがそんな場所に自らをいざなう。

信じ難いほどの無数の星座が地球を見つめる。
その地球上の一点で、小さな存在が宇宙を見上げる。
中心にいるのか、末端にいるのか
それは思考の問題でもある。
今一度、個々人がこの相対化の問題を考えてみたい。

大地も海も、森も湖も
自然の均衡の中で保たれている。
そこに国境という線を引くのは人間だ。
自然が育んだ雄大で健全な流れでも、
人間の欲望が”黒い線”を地図上に刻みつける。

沈思黙考のとき。
自分に語り掛ける今。
同次元で語れる人とのことばのやりとりを経て、
今また、無からの回帰が近づいて来た。




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