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スーパースターの生き様を思う

2012-09-10
先日、MLB中継を観ていると「代走・イチロー」が起用されるという場面があった。野球で「代走」といえば、もちろん「足が速く走塁が上手いから」起用されるのであるが、それでも「控え選手」という意味合いが強くなる。その場面でイチローは、3塁まで進んだ後、二塁ゴロの間にほぼアウトのタイミングにも関わらず本塁突入を敢行し、相手の送球ミスを誘いチームの得点に貢献した。さすがは、プロフェッショナルという“結果”であった。だがしかし、やはり「代走」に起用されるイチローの姿を、僕は許せない心境で一杯であった。

高年棒のスター選手ばかりをかき集める球団への移籍。「下位打順起用・左投手の際は控え・移籍拒否権なし」といった条件をイチロー自らが承諾しての移籍だと報道されている。シアトルでの10年間は、イチローにとって地元のスターとしてばかりではなく、MLB界のスーパースターになる道であった。逆説的に考えれば、スーパースターだからこそMLB最高年棒球団が獲得したとも言えよう。愛着の深いシアトルを去るイチローの心境は複雑であったのは、会見を通しての涙目が物語っていたが、若手中心で再建を期すシアトルの球団を、むしろ愛するがゆえの移籍とも感じる会見であった。

シアトルにはイチローがいたがゆえの産物があった。右翼での広範囲かつ捕殺率の高い守備力によって、(シアトル)セーフコフィールドの右翼守備位置が「エリア51」と呼ばれていたのは有名である。「エリア51」とは元来、ネバダ州にあるという米国最大の機密軍事基地があるとされる地域の名称。共通する「51」という番号に掛けて、この“神秘”の世界の呼称として愛されていた。そのフィールドには独特な風が吹き、ライトスタンドにはファンが自主的にヒット数をカウントする表示を出していた。また、寿司の太巻を「Ichiroll」と名付け、他の球場にはない名物として「sake」とともに販売されていた。日本の食文化を浸透させる役割も果たしていたといえよう。

シアトルでは、大量に生産していた「Ichiro Tシャツ」や首振り人形が今や50%OFF。イチロー去りし後の残務整理に追われているようだ。しかし、シアトルのファンの中に「Ichiro」は今もなお鮮烈な記憶として残っているに違いない。移籍後も「Ichiro Tシャツ」を来て来場するファンは少なくない。MLB最多安打記録の更新を始め、彼の並々ならぬ実績は、確実にシアトルでの10年間が産み出したものであったことをファンは知っている。

さて、スーパースターであるIchiroは、今後どのような道を歩むのだろうか。まずは高年棒球団でワールドシリーズ出場というのが、当面の興味ということになるだろう。そして来期以降はどの球団でプレーするのか?いずれにしても、日本人野球選手として誇りたる彼の存在を、最大限に輝かし続けてくれる球団に所属して欲しいと願う。

同時に来春、日本代表チームの参加が決定したWBCに対して、彼はどのような姿勢で臨むのだろうか。3度目もまた日本代表を精神的に牽引してくれるのだろうか。だが、06年・09年での日本代表への入れ込み具合は、やはりシアトルマリナーズが、全面的に参加を容認していたことも大きいだろう。よく対極的に語られる松井秀喜が、最高年棒球団にいたがゆえにWBCへの出場を果たせなかったことも好対照な出来事だ。あの日本中が興奮する野球の試合の場に、今一度必ずイチローの姿が観たい。何者にも阻害されないスーパースターであり続けて欲しい。イチローは決して“代走”ではない。僕たちの誇りなのだ。

ある意味で、イチローはMLBという米国を代表する文化の中で、日本人として完璧な勝利者であった。記録においも記憶においても。それゆえに、これからの選手生活晩年の生き様が気になる。MLBの文化的理念として地域との連動・共生があるが、ぜひとも地元ファンに愛されるスーパースターであり続けて欲しい。そしてまたアジアの“一地域”である日本の野球を牽引してくれる偉大な存在であり続けて欲しい。少なくとも、米国文化の悪質な部分を露出した環境の中には、決して埋没しないで欲しいと願う。

王貞治が、福岡に身を置いてから、監督として会長として新たな輝きを放ち続けているように。

スーパースターの生き様は難しい。
ゆえにIchiroならばきっと・・・
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