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いつの間にか「絶滅」でいいのか?

2012-08-29
ニホンカワウソが「絶滅」と判断されたという報道をみた。最後の目撃が北海道で1955年、本州以南では79年というので、かれこれ30年以上も存在が確認されていないわけである。「カワウソのような比較的大きな動物が長期間目撃されていないことや、生息調査などの結果から絶滅種と判断した。」(朝日新聞8月28日付夕刊)ということだ。もちろん「絶滅」に至る過程で、「絶滅危惧種」に指定されていたわけであるが、そのような形式的な“指定”など、ほとんど意味をなさず日本の国土からカワウソは完全に(感情的には一縷の奇跡を信じたいが)消えた。

カワウソという語彙に、最近出会ったのも「獺祭」という山口県の銘酒によってである。その名前の由来が中国故事にあり、カワウソの習性をユニークな物語風に捉えたものであること。かの有名な正岡子規が雅号に「獺」の文字を使用していることなどを、酒蔵の命名に触れて確認したことがある。その酒の味わいの深さとともに、カワウソという生物が観念的にではあるが、身近に感じられる機会であった。新聞に掲載されていた79年の高知で撮影されたニホンカワウソの写真の表情が、何とも微笑ましくも虚しくも感じられた。

新たに8種が「絶滅種」、419種が「絶滅危惧種」に環境省は指定したという。この自然豊かな国土において、そこに生息していた“仲間”をヒトは次々と死滅させている。何とハマグリさえも絶滅危惧種で、「干潟の埋め立てや護岸工事などで生息環境が悪化」したという。「潮干狩りなどでも外来種を放して客に採らせる場合がほとんど」であるという現状。自然に親しむという行為自体に、何という虚飾の構造が埋め込まれているのか。こうした生物が絶滅して行くことに、まさに本気で「危惧」の念を抱くことなく、開発の波を止めることもなく、いつのまにか「絶滅」と指定し、この国土から完全に名実ともに抹殺してしまう。ニホンカワウソの怨念やいかに、である。

日本人は自然と共生して来た豊かな国土で“生息”していた。しかし、戦後の高度経済成長、いや明治維新以降の近代化の波が、次々と自然を破壊し自らの利のみを追求してきたことか。その間に、環境汚染や戦争という惨禍により、ヒト自らをも多大な犠牲に晒して来た。もういい加減に気付くべきだ。自然との共生とはどういうことかに。さもないと、ヒトそのものが「絶滅危惧種」に指定されてしまうほど、危険なものに汚染し尽くされてしまう可能性がある。

後戻りはできない。
だがまだ間に合う。
今こそヒトとしての理性が試されている時だ。

ニホンカワウソの愛くるしい表情にせめて報いたいと誓う。

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