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I LOVE YOU—now&forever—桑田のちから

2012-08-20
日中の暑さが夕闇とともにやや収まり、ふと耳を澄ますと草の陰から虫の声が聞こえる。そして風も灼熱度を脱ぎ捨てやや穏やかな涼しさを感じさせるようになった。子供の頃では得られなかった感性が今は持てる。同じように20代の頃の感性と今もまた異なるものがある。そんな自らの心の地層に気付かせてくれるアルバムが、桑田佳祐の新リリースだ。発売(7月18日)から約1ヶ月が過ぎた。

収められた曲のほとんどが過去のソロシングルというベスト盤。であるが、であるがだ、まったくそうは思えないほどの新鮮さがある。サザンの曲はアルバムで聴くが、ソロシングルは断片的に聴いていたという物理的問題も作用していそうだ。それにしても、このようなアルバムになると各曲の良さが一層引き立ってくる。そこに初音源化された松任谷由実作詞のコラボ曲「Kissin’ Christmas(クリスマスだからじゃない)」や「声に出して歌いたい日本文学(Medley)」などが加わり、新作アルバムであるかのような豪華なセッティングになっている。

このように受け止められるのは、たぶん個人的な理由もある。過去のベストシングルを聴くと、確かにその当時のことが思い返される。Disc1冒頭の「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」などは、新卒直後の職場の同僚たちが年末の演芸会でダンス付きで唄っていたことが思い返される。また、若くして白血病に倒れた年上の同僚がカラオケで熱唱していた姿が思い浮かぶ。すると、確実にその当時と現在との距離感が、自らの感性の中で測定できるのである。それは、過去の思い出に浸るというような懐古主義的な感覚ではなく、その当時からよくぞここまで歩んで来たという現在への讃歌として胸に響くのである。

また「波乗りジョニー」などもその曲調同様に、ハイテンポな気分を最高潮な振幅にまで揺さぶる曲だ。この曲が世に出た当時、やはり8月も後半の頃、何ともやるせない孤独感と閉塞感の中で、ただひたすら声を枯渇させるがごとくに、この曲を一人叫ぶように唄っていたことがある。鎖に縛られたような拘束から解き放たれようとしての孤独な熱唱であった。そうでもしないと夏を越えられないような強迫感をみなぎらせながら。

「やがて二人黙って
 つれなくなって
 心変わって愛は何故?
 海啼く闇の真ん中で
 月はおぼろ遥か遠く
 秋が目覚めた」

「いつか君をさらって
 彼氏になって
 口づけ合って 愛まかせ
 終わりなき夏の誘惑に
 人は彷徨う 恋は陽炎
 嗚呼・・・蘇る」

もはやことばはいらない。
夏の誘惑をどう超えて秋が目覚めるか。
再び現在の為に唄うしかないだろう。

他にも詳述したい楽曲ばかり。
その詞と曲の絶妙な平衡感覚に眩暈がしそうである。
またいずれ気になる曲について小欄で述べることにしよう。

これから10日ほどの8月下旬。
今年も夏を見送ることができるのか。
何歳になってもやるせない夏の終わり。

“桑田のちから”が、
またそんな感性に火をつけてくれた。
やはり月末にはイヤホンでアルバムを聴きながら
湘南に赴くしかないだろうか。

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