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文系理系そして多様性

2024-03-02

あなたは文系か理系か?そんな問いが日本では平然となされる。高等学校の早い段階から大学入試のみを目指す効率性から、学びの志向をこの二つに区別されてしまう。文系に進めば国語・社会の授業、理系ならば数学・理科の授業が多くなる。すると真実はそうでないのに、自分は授業が少ない方の科目が苦手だと思い込み一生を送ることになる。例えば、短歌がわかりますか?の問い掛けに「私は理系だからわからない」となる。だが先月お逢いした世界的な細胞生物学者の永田和宏さんは、歌人としても一流である。他の歌人で医師など、理系が生業である人は少なくない。高等学校の学びについて改善が求められるとともに、大学そのものがこの二項対立に絡め取られていてはいけないのではないか。

昨今、「多様性」という言葉が世の中に溢れている。「多様性を認める」と言えば、大抵は世間の抵抗を逃げられる。だが果たして「多様性」の内実は何であろうか?対義語は「画一性」とされるが、その奥行きには「独自性」などが潜む。例えば文化的視野で物事を見たとき、純然たる「独自」なものというのはあり得ないとも言える。短歌は必ずや、形式や言葉の文化を継承している。現代の音楽でも、必ずモチーフとする音楽がある。その他、芸術文化を相対的に考えれば例外は見つけ難いだろう。「七夕」はもとより大陸由来で、『万葉集』の時代に漢詩文などにより伝承され、日本的に変質して歌の世界に流れ込む。「菊」は「日本独自の花」と思っている人は多いが、『万葉集』には一首も詠歌がなくその後の遣唐使による交流で大陸からもたらされ、『古今和歌集』の時代になると漢詩文由来の詠歌が出現する。まずは自らの「思い込み」に疑問を持ち相対的に見つめ直す、それでこそ初めて「多様性を認める」ことになるのを忘れてはならない。


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