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深く考える人

2024-03-31
詩人・批評家の若松英輔氏が「X」で次のような問いを提起していた。「多く知ると人は傲慢になることが多いが、深く考える人は謙虚な場合が少なくない。」として「知の人」か「考える人」かそれを「融合した人」なのか「若いとき」は「判然としなかった」が、「五十を超えるとそれは、よく分かる」と云うのだ。この投稿そのものが「問いを告白」しているものであり、「答え」を語ろうとする傲慢さがない。同氏の他の投稿も参照して記すならば、「あまりに知に頼っていると、知り得ない問題の存在に気付かなくなる」のであり、「自分とは何か。自分の人生に託された意味は何か。それは考える道でしか出会えない。」と語っている。

他者の言動を、嫌悪するのは簡単だ。自分の「知」では理解できないゆえに「否定的」に捉えてしまうと、憎悪ばかりが増幅してしまう。「知」だけに頼ると「広く見ている」つもりが、実は自らの蛸壺の域を出ないことも少なくない。前述した「知り得ない問題の存在に気付かなくなる」ということだ。他者の言動に「なぜ?」という「問い」を立てれば、嫌悪・憎悪は不思議なほどに消えていく。この世で自分だけしか持ち得ない「問い」、家族のことなどはその「本質」を「どうしても見極めねばならない」と「深く考える」ことが必要だろう。若松氏は次のような比喩も呈する。「知ることは食べること」「考える」とは「ある時は部屋の掃除」「散策」「自分の居場所を作ろうとする試み」なのだと。奇しくも年度末を迎え、この3つの行動の大切さを実感している。


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離任

2024-03-30
年度末2日間が土日なので事実上の最終日、何人かの方の離任に心を寄せた。昨日の小欄に記したが、とりわけ「同じ舟に乗っていた」と思われる方の離任に際し返す返す惜しまれる気持ちがやまない。何がどのように「同じ舟」だと感じるかは、惜別の時にこそ判るものだと思った。その共通点は「自らが何をしたかより誰としたか」を重視していること、さらに「この先も残る人たちの行方」に心遣いがあることだ。学生たちとどのように向き合ったかは、卒業式の日に集約的に実感できるのと同じような意味合いを持つ日である。いずれにしてもこれまでの「あらすじ」ではなく、「誰と何をどのように」と些細なことを覚えていてくれる人が「同じ舟」だと思えるわけだ。

かの坂本龍馬は「私心があっては志と言わぬ」という趣旨のことを言ったと云う。出典は『竜馬がゆく』(司馬遼太郎)なのか『龍馬伝』(大河ドラマ)の脚本なのかは定かではない。しかし龍馬の生き方は、それを存分に体現している。「舟」に乗るからには安易な馴れ合いではなく、研究でも教育での高い理想を求めて同乗する人と「仕事」がしたい。この日に離任された3名の方は、僕にとって「志」をともにする仲間であった。それぞれの新天地でも、彼らはさらに「誰か」とつながりつつ、また僕が歩む道にも思いを寄せてくれるだろう。個別の仔細で繊細な「心」を大切にすること、現代短歌が表現する「心」と共通するのである。


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『舟を編む』

2024-03-29
自らの人生を賭して、成し遂げたいことはあるか?決して独りではできないことを、仲間とともに「舟」に乗って未開の土地に辿り着くことができるか?NHKドラマ『舟を編む』を観ていて、あらためて生き方の問題まで考えさせられている。過去に映画化もされた三浦しをん氏原作の小説、出版社で辞書づくりに従事する人々の奮闘を描いた名作である。「誰しもが言葉の大海を渡ることのできる『舟』を編集する」ドラマに描かれる「言語(日本語)」への情熱は、ぜひとも教員になる学生なら身に付けて欲しい内容だ。我々の日常では、「言葉」を雑に思い込みで使用してしまっている。だが様々な辞書を引いてみれば、「言葉」が豊かな海であることがわかる。冒頭に記した僕の「舟」という比喩と齟齬があるが、ともに「舟」を編集し大業を成すという意味で「辞書」そのものが比喩的なのかもしれない。

地元紙に、県内小中高の校長一覧顔写真が掲載された。宮崎生活も丸11年を終えようとするゆえに、知っているお顔も年を追うごとに増える。眺めているとかつて「同じ舟でともに協力して荒波を越えた」と思える方のお顔を見つけた。11年という宮崎生活で、僕はどんな海を渡りどんな舟に乗って来たのか?10年を越えた今、あらためて自らが乗るべき「舟」を探している。前述の『舟を編む』で描かれるのは、明らかに「辞書編集部」のチーム戦である。「作る側」が良好なチームワークを発揮してこそ、秀逸な「舟を編む」ことができる。教育もまた同じで、「教える側」がチームワークある活動をしてこそ、子どもたちは秀逸な「海の渡り方」を学び取るはずだ。紙面の顔写真は、僕に忘れかけていた「舟」を思い出させてくれた。やはり人生は、人との出逢いである。宮崎で短歌の海を渡ることができることには、いつも感謝せねばなるまい。


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月光(つきかげ)

2024-03-28
菜種梅雨と言おうか、桜の時期になっているのに暖かく晴れる日が少ない。開花はしているようなのだが、陽光の実感を伴わないと気持ちが開かない。いやむしろ寒さから暖かさに開いていくには、超えるべき壁があるのかもしれない。今年は特に季節のうつろひのリズムが、不順であるような気がしている。おかしなもので天象のリズムが悪いと、政治でも社会でも闇が広がり晴れない事態が多いのではないか。やはり人間は天地の韻律の中で、生かされているのかもしれない。

昼過ぎからのオンライン会議を終えて、図書館カフェで遅めの昼食をいただく。携行した短歌誌を見開いていると、ある強力な力を持った歌に出逢った。一度は読んだことのある歌集の歌だが、「特集」に据えられたその一首を読んで思わず感涙してしまった。春休み中で学生もまばらな図書館だが、果たして書物を読んで泣く学生などいるだろうかと周囲に目配せをする。当該歌は「月光(つきかげ)」を背景に、自らの亡き父への思いを抱くものだった。冒頭に記したようにこのところ夜も晴れないので、月光を意識していなかった。陽光だけが春の証ではない、あらためて「月光」の歌に深い思いを寄せるのである。


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痛み

2024-03-27
痛みは、きっと僕の身体を護るためにあるんだ。映画館の階段で転び、打ち付けた箇所がまだ痛む。足の脛は、擦り剥いた傷として瘡蓋状になったので既に痛みも無い。問題は右の胸だ。湿布を施すものの、なかなか痛みが取れない。生活上の動きでは痛まないのに、咳や鼻をかむときに痛むとはいかに?心配になって整形外科を受診し、レントゲンを撮影した。問診の看護士さんには「映画の階段で転んだ」と告げたので、「何の映画をみたのですか?」と問われ『君たちはどう生きるか』と答えた。その前に「息は苦しくないですか?」という問いかけは少し怖かった。診察室に入ると優しそうな先生が「災難でしたね」と親身に語り始めた。先生は、骨に異常がないことを懇切丁寧に伝えてくれた。内出血は2〜3週間ほどは癒えるのに要するとも教えてくれた。

人が「どう生きるか」には「痛み」を伴う、象徴的な出来事のようにも思う。僕もこれまで、幾多の痛みに向き合い、跳ね返し、むしろバネにして自分なりの「どう生きるか」を為して来た。「痛み」は、大きなエネルギーになる可能性を秘めている。だが「痛み」に向き合わず、泣き寝入りしては何も得るものはない。身体的な「痛み」よりまして、精神的な痛みは重く自分にのしかかる。骨折をしない骨太な身体があるのだから、きっと心も強くバネになって弾き返すことができるに違いない。先だってあらためて牧水生家を見て、果たして2階から裏山へ跳べたのか?とその距離を現実的に眺めた。納戸で心の「痛み」に耐えた牧水だからこそ、身体がバネのように跳べたのだと想像するに難くなかった。


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2024-03-26

眼 の続きを読む

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長くつづくのは

2024-03-25
学生時代から愛好している服のブランドが、50周年を迎えたと云う。あの80年代のDCブランド全盛時代に、まだ未熟な若造が背伸びして買い求めた。夏冬のセールの時期には朝一番から百貨店前に並び、開店するとダッシュで好みのブランドまで駆け上がったものだ。これまで何度か他のブランドを買ったことはあるが、どうしても当該のブランドが今でも好みである。50周年のうち40年近くは愛好しているのだが、おおよそ3人の店長と顔馴染みになり各年代に合わせた服選びをしてきた。服そのものの好きなのだが、「店長」という「人」を慕う感覚を常に伴っている。学生時代に友人からは「その服は30代40代になったら似合うよ」などと言われたが、その年代も超えて長い付き合いになっている自分がいる。

何が理由かはわからないが、付き合いの長い友もいる。会うたびに楽しむたびに、最強の親友だとその都度に思えてくる。お互いに様々な喜びも苦しみもあり、二十歳になる前からの付き合いだ。学校を通じた友ではなく、異業種で違う道を歩んでいるのがまた面白い。そうした仲にあって特にサザンオールスターズへの愛好が共に絶大であることも結びつく原因でもある。まさに「若造」だった頃に聴いて、身に沁みたあの曲。カラオケでその曲を歌えば、あの頃にすぐに帰ることができる。「二十歳(はたち)」の頃の感覚というのは、どこか人生を豊かに楽しく頑張ろうという思いに溢れていたのだ。その気持ちが彼と会うといつでも蘇ってくる。それぞれに年齢を重ねて来たが、お互いに社会的な利害もなく何でも語れて楽しめる友がいい。相性では済まされない、長い付き合いの意味を今あらためて大切にしたいと思う。


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あの部屋の広さー40年前の記憶

2024-03-24
一枚の写真を見せてくれた。それは新年会で交換したお互いの色紙を手に持ち、床の間の前に二人で座っているものだ。大学1年生の時の4年生はとてつもなく「大人」だと映り、ある種の憧れを抱いていた。言うこと為すこと、みんな哲学的で国際的だと思った。そんな「先輩」と40年ぶりに再会した。しかも当時に写真を撮ったその床の間のある、歴史ある建造物においてである。当時の写真と見比べればお互いに歳をとったのは明らかだが、会話や相対する感覚は変わらなかった。不思議なのは大学時代と現在では身体の大きさはそう違わないはずだが、床の間のある部屋はだいぶ小さく思えた。広さの記憶とは、誠に曖昧でそんなことより「人」の印象が記憶になっているのだと気付かされた。

教員になるなら字が上手くあるべきという実利的な理由で、早稲田大学書道会というサークルに入った。今年70周年を迎える当会は夏に記念展を計画しており、卒会生と現役生の交流の機会を設けていく活動が始まっている。この日は大学から少し離れた日本庭園の由緒ある建物「松聲閣」で、交流練習会が催されたのだ。この建物は僕が現役当時も「新年会」や「練習会」で使用されていた思い出深い場所である。その場所に行くこと、そして前述の先輩に会えたことは誠に貴重な時間になった。終了後は現役生の案内で、当時より新しくなった学生会館にある現在の会室・練習室を訪れた。「会室」には、いつも先輩後輩と仲間たちの顔があった。それが大海のような大学の中で、自分の居場所だった。他のある先輩曰く「この歳になると新たな人たちと関係を作るより、昔の人間関係を今一度大切にすべきではないか」と。誠に至言である。


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コロナは現場で起きていたー普通の卒業式にあたり

2024-03-23
これまでの4年間に大学生活を送った学生の卒業式、式場は保護者の入場制限もなく、式後には学生・教職員参加で立食の祝賀会も行われた。向こう4年間はできなかったことが、普通にできるようになったいま。4年前、卒業する学生たちは入学式もできず4月の授業開始も1ヶ月遅れとなった。オンライン授業が続き、新しい友だちを作るのもままならなかった。などと4年前の「あらすじ」を述べるならば、容易に述べられる。当然ながら、卒業式・祝賀会の随所でそれは語られた。学生たちは何もなかったかのように、笑顔で立食を食べている。ゼミ生の傍にいて、あらためて個々の学生がどんな思いでこの4年間を過ごしたかに思いを馳せた。

PC画面に映るオンライン上の個々の学生たちの顔を思い返す。立食に興じながら話していれば、途中で大学を去った仲間たちの名前が学生の口から漏れてくる。単純に「オンライン」を悪者にするのは簡単だが、個々に様々な苦しみの末に自らの人生を選択せざるを得なかったのだろう。「感染拡大で大変な思いをした」というだけのことなのか?僕が学生と共有したことは、そうそう簡単には語れないという思いがした。世間は忘れやすいから、やはり言葉を刻んでおきたい。普通にできることが急にできなくなることに向き合う、個々の人間の苦しみよ。人類史的な事態ゆえに、個々にどうしようもない苛立ちがあった。個々の歯車は、そう簡単に噛み合わなかった。『踊る大捜査線』が久しぶりにリバイバル制作される報を聞いたが、やはりこの4年間「コロナは現場で起きていた」のである。卒業した個々の学生たちの貴重な経験、ゆえに人生に幸あれと願う。

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甘くない世界

2024-03-22
MLBソウル開幕シリーズ中継を、2日間すっかり観てしまった。開幕戦をNHKは21時のニュースもやらずに放送し続けた。この前提として大谷翔平さんの巨額契約の移籍、追うように山本由伸さんの高額契約、さらには大谷さんの結婚報道をこの国のメディアは盲信的に煽り立てて来た。奇しくもちょうど1年前は、WBC準決勝メキシコ戦でのサヨナラ勝ちに国を挙げるように沸き立った日だ。大谷さんも山本さんも素晴らしい選手であるのは間違いないが、「WBC優勝」に我々はどこか傲慢になってやしないか?僕自身を含めて山本さんはMLBでも快投を見せると思っていたのだがやはり上には上、野球最高峰の世界はそれほど甘いものではなかった。友人の元プロ野球投手とLINEのやり取りをして、こんなことに気づかされた。

30年前からしたら、MLBでの「日本人選手」の活躍は特別なことではなくなった。だがその階梯として、個々の選手の底知れぬ準備と研究の努力があったことを忘れてはならないだろう。とりわけこの20年ぐらいで、スポーツのデータ分析主義が普通になった。スコアラーの情報のみならず、映像機器を駆使してあらゆる面から選手は解剖解析されている。昨日の山本投手の立ち上がりも、明らかに研究し尽くされている印象があった。今や高度な機器による解析を超える力こそが、超一流の持つべき力となった。こう考えるとあらためて自らの研究や仕事の「プロ意識」を問い直したくなる。デジタル機器・データベース検索・人工知能の発達の中で、自らは一流で通用する意識で研究しているだろうかを再認識すべきだろう。「甘くない世界」そこで普通に息をしている研究者でありたい。


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