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趣味ー「遊び」の大切さ

2024-02-26

「遊んでいる」ことに対して、この国は寛容ではない。小学生であれば、「遊んでばかりいないで勉強をしなさい」とたいていは言われる。辞書で「勉強」を引くと、「気が進まないことを、しかたなしにすること。」(『日本国語大辞典第二版』項目2)とある。それゆえか子どもたちの国際的に相対的な傾向として、「自ら主体的にやりたいことをする意欲」が低いとも指摘される。多くのことが「やらされる」という気持ちでの「勉強」になってしまっている。反転して「遊び」は、主体的な言動の宝庫ということになるだろう。最近の学力観では「個別最適に主体性を持って学びに向かう」ことが肝要とされてきた。学習で育むとされる「思考・判断・表現力」には、「遊び」の要素が無くしては成り立たないようにも思う。

遊ばないと自らの可能性がわからない。中高時代の「部活動」を考えると明らかであるが、「授業」よりも人生そのものを啓発する場合が少なくない。さらに言えば「運動」は奨励されるが、「音楽」は偏見視されることもある。その延長で大人になっても「ゴルフ」はよくても、「音楽」には否定的な偏見がある。これは一般的な見方ではなく、たぶん僕自身が父親から強制された感覚だろう。今にして思えば、10代から楽器に取り組めたなら違う可能性もあったのではないかと思う。現に幼稚園の頃には、アコーデオンやエレクトーンを習う機会を得ていた。人はその時の思いに任せて、自由に「遊ぶ」ことが必要だ。欧米では「遊学」という単語のように、「遊び=学び」と考えられている。「遊ぶ」ことで人の優しさや思いやりも「学ぶ」ことになる。最近の母が、「鉛筆画」や「フラダンス」と趣味としての「遊び」を楽しむことが喜ばしい。


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