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色々な師に出逢うということ

2024-02-18
学部・大学院・生涯
「師」と慕う何人の人に出逢えるだろうか
教え子の宮崎への里帰りに思う

本年度もゼミ活動が落ち着き、あとは卒業式を待つばかりとなった。毎年、それまでの2年間が思われて、成長の喜びとともに一抹の寂しさを感じる時季である。それでも最近は県内の小中学校で活躍しているとか、大学院に進学して新たな学びを開拓しているなどの近況を聞いて教師冥利に尽きると思うことも多くなった。昨日は昨年卒業して東京の大学院へ進学した教え子が、宮崎へ里帰りをしてくれた。もとより東京で僕と同じく下町の出身、私立中高一貫校という生育環境も同様である。それが東京にも大学が多い中で4年間、宮崎での学生生活を選んだことが僕との出逢いとなった。この11年間、僕が宮崎で生活して思うのは、一生のうちに何度かは大きく居住地を変えてみる選択が必要なのではないかということだ。その「あくがれ」こそが、自分自身を見つめ直し、新たな境地への導いてくれる。教え子の宮崎生活は、公私ともに充実していたのが昨晩も話していて理解できた。

教え子は、僕の母校の大学院へ進学した。指導教授をはじめ、僕自身が懇意にする多くの先生に新たな学びを受けている。進学が決まった後に先方の先生とやりとりをするにあたり、「学生は指導の先生を大学院進学などで変えることが、本人の適応力という意味でも大切なのではないか」という意見交換をした。昨晩は、その意味がさらに深く理解できた。大学教員であれば、指導にあたり各自の信念があって然りだろう。例えば、学生が書いたものに対してどのように対応するか?という大きな問題がある。直接的に赤を入れて直すのか、それとも対話をくり返して書き手自らが気づくのか、どちらかというと僕は後者の方法を採っている。だがあらためて考えるに、相当な密度で深い対話をしない限り、なかなか学生の文章を高級なものにはできないのではないかという思いがよぎる。教え子が母校の大学院に進学してくれたことは、当然ながら僕の指導の試金石となる。母校の先生方の諸々の顔を思い浮かべつつ、最近の大学院進学者の多さに深い意味を見出せそうである。

宮崎という地域に住んだ意味も十分に
現職教員として大学院へ進学した僕自身の意味も
教え子とはやはり僕自身を映す大切な鑑(かがみ)である。


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