「語らない授業」という指摘
2023-11-30
学生たちと講義について語り合う時間「語らない授業」という指摘に考えさせられる
なぜこれをするのか?先生はこう考えると教科書の行間を語ること
大学全体として学生参加の「授業への意見を聞く会」が企画開催され参加した。昨今、授業ごとにアンケート評価が学生の手によって為されるのは普通のことになった。各前後期ごとに学生側から僕たちの授業は評価され、特に自由記述欄に書かれていることは毎回の改善点として次期の授業に活かすようにしている。アンケートを読んで考えるのは、こうした自由記述にも意見が書きたくなる授業を目指したいということ。もちろん学生に積極的に書かれるためには、正負の両面があり「学生との対話が上質に生成された場合」と「学生がこれだけは勘弁してほしい」と思うことでもちろん前者を目指して授業に取り組んでいるということだ。特に「何のためにこの授業内容をその方法でしているのか?」という必然性が、学生に伝わるよにするか否かは大変に肝心な要素であるように思う。
この日の学生たちから出た「こうした授業は改善してほしい」という部類の意見で、「語らない授業」という指摘があった。「資料や教科書を読むだけ」など、聴いている学生に授業者の意識が向いていないということだろう。一人芝居のように自分だけで一方的に喋り、自分だけが納得しているかのように授業の時間を空費する。お客様あっての落語、お客様あっての音楽ライブとは全く正反対に、聴衆の存在を意識下に置かないような授業を学生は深く憂いていることがわかった。僕自身が生徒や学生の頃、やはり同様なことを大変に強く実感していた。それは僕が幼稚園の頃に「人の話を聴くときは、相手の眼を見てしっかり聴きます」と習慣化されていたため、高校の時などでも生徒の眼を見ないで勝手に喋る先生には甚だ辟易とした。反対にこちらが授業に集中していないことも見抜かれるほど、眼と眼で語り合えた先生もいた。大学となれば人数が多い講義もあるのだが、やはり原則は「一人一人(の眼に)に語りかける」ことだろう。コロナ禍でのオンライン講義のせいか眼を見ない学生も増えたと感じる昨今、「どうして対面に効果があるか?」という意識を常に持ち「相手の眼を見て語りたい」ものである。
自分勝手な自己完結・自己陶酔
いやいや90分をいかに浪費しているか
政治・社会でも横行する「語らない答弁」ばかりの社会は頽廃することを肝に銘じるべきだ。
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かかと体重で眼を上げよう〜牧水に学ぶ切り拓く生き方
2023-11-29
「あの澄んだ眼の人に、悪い人はいない」(妻・喜志子の結婚の際の思い)いつでも眼を上げて前を見つめ旅に出て「みづからを新しくせよ」と歩いた
前のめりでつんのめってはいけないということ
サプリメントを購入しているメーカーが提供する健康アプリを、今月から始めてみた。歩数など日々の健康習慣が記録でき、達成するとポイントがもらえて当該商品の購入にも利用できると云う。アプリ内には健康記事やレッスン動画があって自由に閲覧でき、レッスンを自宅で受けられる。早々に役立ったのは「正しい歩き方」の記事と動画で、「かかと体重」「くるぶしー腰ー肩ー耳の線を縦一直線」「前を見て(膝が前に出るように)」歩くのが要点だと教わった。早速に毎日のウォーキングや生活上の歩行で意識しているが、なぜだか心まで前向きになってくるから不思議だ。例えばエスカレーターに乗る時、スキーをした時などでもそうだが、足元だけを見ているとスピードが恐怖になり、行き先を見据えた判断を失ってしまう。「今日の一歩」は大変に重要なのだが、やはり牧水の歌にあるように「眼を上げよ」こそが生きる上で大切なのがわかる。
最近は若山牧水の二十代の東京での苦悩の生活について、諸々と調べている。泥沼の恋愛に苦悩を極めた5年間を経て、先輩歌人・太田水穂の家で太田喜志子に出逢うのが明治44年。翌春には信州まで喜志子を尋ね、早々に求婚の思いを伝えている。決して経済的に生活の目処が立っている訳ではなかったが、喜志子も縫い物などに勤しみなんとか生計を支えた。明治45年7月には故郷から牧水宛に「父危篤」の電報が届くが、帰郷するだけのお金がない。そこで前年9月からこの年7月までの短歌をまとめた原稿を出版社に預けて原稿料を前借りして金を作り、故郷の父の元へと向かった。この際に預けた原稿は第五歌集『死か藝術か』となって同年9月に東雲堂より刊行されている。先週の公開講座で読んだのはこの歌集の歌だが、牧水が新たな自分を求めて前向きに生きようとする意志が読み取れる。最近、俵万智さんの最新歌集『アボガドの種』を読んでも思うのだが、どんなに困難なことに直面しても歌を詠むことで「前を見る」ことが学べる。若山牧水そして俵万智という文学史に確実に刻まれる歌人の歌に励まされ、今日も「かかと体重」で前を向いて歩みたいと思う。
「問うなかれ今はみづからえもわかずひとすぢにただ山の恋しき」
「雪のこる諏訪山を越えて甲斐の国のさびしき旅に見し桜かな」(牧水)
遠い空を眺めれば今日も月が出てまた陽は昇るのである。
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待っていた!#キッシンクリスマス2023ー仲良くしようよ!!
2023-11-28
今この時代だからこそ1986年・87年の聖夜の夢が蘇る
「すべての人の心にLOVE&PEACEを。」
長年にわたり、僕が待っていた夢のような1曲が配信リリースされた。『Kissin’ Christmasークリスマスだからじゃない2023』桑田佳祐&松任谷由実という夢のデュエット共演の再レコーデイング版である。ちょうど僕が大学を卒業しまだ日本社会が活況を呈していた頃、「メリークリスマスショー」というイブに一夜限りの音楽ショー番組があった。桑田佳祐さんを中心に多くのミュージシャン仲間が集まり、音楽の素晴らしを出演者が体現すことで「LOVE&PEACE」を視聴者が心に深く実感できる番組であった。エンディングテーマ曲であるこの曲は、長く音源として世に出ることはなく、ようやく2012年7月18日リリースの桑田佳祐さんの企画アルバム「I LOVE YOU-now&forever」で音源化されたが、その際は桑田佳祐さんのソロ歌唱によるレコーディングであった。それはそれでありがたく楽しんでいたのだが、やはり当時の番組に出演しこの曲の作詞者である松任谷由実さんの黄金のデュエットを多くのファンが待っていたのだ。
個人的にこの一曲への思い入れは深く、一昨年の聖夜に出版刊行した自著『日本の恋歌とクリスマスー短歌とJ-pop」(新典社選書108)の中心的なJ-pop楽曲として著作権許諾を得て掲載した。「kiss」という恋の一大イベントを簡単には至らない心理を踏まえて待つ姿を描いたこの楽曲は、個々の恋人が心に常に「LOVE&PEACE」を願い祈り待つという「恋のアンセム」であると同時に日本を代表する「Christmasアンセム」であって欲しい。自著では人の「待つ」という心理を横軸にして、古典和歌から近現代短歌を折々に縦軸にして「Christmasを待つ」そして「短歌県みやざき」や「人生は旅」であることを描いた一書である。そしてもちろん桑田佳祐さんの他のChristmasをテーマにした曲の歌詞も収録し、さらには松任谷由実さんの名曲「恋人はサンタクロース」も収録している。松任谷さんの事務所とは何度も手紙やメールでのやり取りを得ての収録許諾であったが、それだけに書き上げた思い出も一入であった。今年のクリスマスは、あらためて世界中の人とともに「LOVE&PEACE(愛と平和)」を「期待・希い・祈り」たいものである。
この荒んだ2023年に1986年の頃の平和を
家族も恋人も隣人もみんな「仲良くしようよ!!」
あらためてこの楽曲とともに自著をお読みいただければ幸いである。
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より安全な車で
2023-11-27
運転時の視界が広く車体の剛性にも優れている
車にも目があって危険を回避してくれる
現在愛用している自家用車が、来月10日に満期を迎えるので車検を受けた。コロナ禍であったせいか、この3年間は殊に早かったような気がする。納車されたまま宮崎神宮で交通安全祈願をして、その足で「牧水研究会」へと足を運んだ縁起のよい車である。宮崎に来てから使用していたメーカーから転じて、この時から新たなメーカーの一車にした。その大きな理由は当該メーカーもCMでアピールしているように、高い安全性である。自動車メーカーの販売戦略も一様ではなく、ハイブリッドを売り物に軽量化を図るとか、電動化を進めるために「先進」を標榜するとか方針がある。そんな中で「死亡事故ゼロ」を目指し、安全回避装置と車体剛性を高めている方針の当該メーカーを選択するようになった。何より企業側の事情ではなく、使用者の安全と立場を考慮した方針であるからだ。
車検は朝一番で入庫させ夕方4時には戻せると云う。その間、ワンボックス型の軽自動車を代車としてお借りした。それはそれで買い物には便利であり、燃料消費量も大変に軽減される。日常使いならこの程度でも十分とは思いながら、やはり安全性を考えると不安がないわけではない。もちろん軽自動車とて安全性を高める装置は備わっているが、車体剛性などの意味で不安も大きい。車体価格など経済的にも軽自動車はありがたいのだが、やはり剛性を売り物にしたSUVの普通車を愛用する意味があらためて確認できた。近い将来、ガソリン車も無くなってゆくことになるのだろうが、その転換を含めて「安全性」に妥協しないメーカーコンセプトを支持したい。自動車というのは、僕らにとって何なんだろう?最近は敢えて公共交通機関を使用し宮崎での生活のあり方も考えている。
新しいタイプの車にも試乗を
車と僕たちの未来はどんなことになるのか?
宮崎の未来も考えながら
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宮崎大学公開講座「牧水をよむ」第4章『死か藝術か』(その1)
2023-11-26
悔恨と苦痛ー牧水が自らを新しくしようとした頃の歌心境が変わると文体が変わる
絶望的自虐的かつ思索的意欲的
宮崎大学公開講座2023後期第1回目の「牧水をよむ」を開催した。9月9日には「特別公開講座」として「牧水没後95年」の節目に大学木花キャンパスにて、40名以上の方々に受講いただいた講座を受けての後期である。9月の講座では第四歌集『路上』から若き日の牧水の恋の情熱と懊悩、また故郷への思いなどを読み解いた。その後、時は明治44・45年に至り小枝子との苦悩の恋愛も終わりをみた。第五歌集『死か藝術か』は、その頃の自らを変えようとする心を歌に込めた作品が多い。ゆえにあらためて「何故に生きるのか?」と「死」も見つめた絶望的自虐的な歌も少なくなく、人間の存在そのものの奥底を見据えた思索的で変革に意欲的な歌が収められている。いつものようにゲスト講師の伊藤一彦先生と僕で各10首の歌を選び、前述したテーマをいかによむかを対話的に講義を展開した。
当該歌集巻頭は「蒼ざめし額つめたく濡れわたり月夜の夏の街を我が行く」という歌で、「蒼ざめし額」はまさしく「死者」のイメージを伴う。「月夜」という場面がさらに「つめたく濡れわたり」を強烈に印象づける。一首は「三人称的視点」で自らを見つめるようで、結句は「我が行く」と「我」を詠むあたりが牧水らしい。他にも「衣服(きぬ)」を脱ぎ捨てて森に寝ようという趣旨の歌や秋に花が咲くことは「虚偽」だと珍しく「漢語」を使用した牧水の歌を僕は取り上げた。また伊藤先生は、自らの四肢を切れ、さらに「飛沫(しぶき)」や「岬の尖利」が自らを刺せという自虐性の先に「秋と親しむ」や「旅をしぞ思ふ」という牧水らしい着地を詠う歌を取り上げた。また「死は見ゆれど手には取られず」という歌も印象的で、「、(読点)」を多用し新たな韻律への試みと挑戦をしている点も指摘された。それでもなお、過去の恋人に似た友人の妻の「すりつぱ(スリッパ)」を持ち去ろうとか、過去への悔恨を深く滲ませる歌は共通して取り上げた。また同歌集には石川啄木の死を看取った歌が掲載される。短期間とはいえ詩歌の親友、北と南の対照的な出身地の盟友の死は、牧水に大きな衝撃を与えた。しかし、牧水は既にこの頃、新たな意中の人がいた、それが太田喜志子である。明治45年3月の信州と甲斐国への旅は、牧水の新たな人生の雪解けの中で見た桜が印象的だ。
啄木との新しい時代の短歌への模索
「眼をあげよもの思ふなかれ秋ぞ立ついざみづからを新しくせよ」
(その2)は明治45年4月以降の歌、元号も変わり牧水にも大きな浪がまた押し寄せる。
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テーマ詠「鍋」ー宮大短歌会23年度11月歌会(2)
2023-11-25
日中の暑さから急速に冷えてきた夜飛び石連休と金曜日ということで参加者は
せめて暖かい短歌で温かい心に
宮大短歌会月例2回目の歌会を開催。今までは火曜日・月曜日の開催を中心にしていたが、曜日が偏ると来られる人も偏るということもあり金曜日の開催。暦の上では祝日後の谷間のような平日というせいもあったか、むしろ参加者は限られた面々になった。出詠6首、参加者3名、それでもなお短歌を通じて様々な話題を語り合えるのが歌会の面白さだ。テーマ詠「鍋」、ちょうどこの日は夕刻にかけて急速に温度が下がり、身体を温めたい気分になる頃合であった。歌の素材は「空想鍋」「鍋と酒」「バイト使用の鍋」「あふあふ」「火鍋」「湯気」であった。
6首の中に2首は具材が「鶏肉」と詠まれており、いささかの地域性について話題になった。「水炊き」が嗜好される九州では「鍋」といえば「鶏肉」なのだろう。同時に鍋の出汁にはあまり味付けをせず手元の「ポン酢」で食べるというスタイルも九州風か。僕などは関東風か新潟風、醤油味を鍋の出汁そのものにつけて、あまり「鶏肉」は入れないのが通例だと思っている。手元で調味料を使うなら「しゃぶしゃぶ鍋」で、むしろ「すき焼き」の方を嗜好する傾向があった。参加者の出身地が僕の東京、あとは宮崎と沖縄ということで地域性が大きな話題になった。また「火鍋」という言い方は、元来は中国料理系の鍋のこと。味を区別するしきりが鍋の中にあり、炭を込められる特殊な装置で沸かしながら食べるものだ。などと鍋談義に花が咲き、早くも忘年会はどうするなどと話題になってお開きになった。
「湯気」というのは「幸せ」な場面をなぜか描写する
「鍋」からの飛距離ある表現という指摘
独りではなく「鍋を囲む」ということが温かいことなのだ。
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青島の海で心を開いて
2023-11-24
休日に心を休ませるためにはやりたいことは色々あるが
まずは海を見てみることにしよう
昨日は勤労感謝の日であったが、どんな思いを抱けばよいのだろう。妻にとっては両親の結婚記念日だと、くり返し僕に伝えてくれた。子どもにとってそれは自らの存在の出発点として、大切な日付であるように思う。出発点という意味では、僕にとっては11年前のこの日、現勤務校の採用面接を受けに東京より前泊して宮崎を訪れた日であった。あの日があったから、今がある。ちょうど面接を受けている時間帯になって、この日はそんなことを考えた。11月23日をもって宮崎のあらゆる縁が始まったといってよい。
既に小欄で何度も書いているが、宮崎への扉を開く縁結び的な地が青島である。面接の前泊の地であり、英気を養ったマグロ丼を食べた店のある地だ。そんな深層的な思いからか、この日も青島まで車を走らせた。いつもとは違った場所から島を眺め、漁港周辺を散策した。檳榔樹の色が季節ごとに微妙な変化を見せ、まさに神の島と思えるような様相をこの日も呈していた。人は海を見ると心が開けてくる。それはやはり生命の根源、自らの存在の出発点が其処だからなのではないだろうか。穏やかに懐かしく感じながら、次第に心が開いていくのである。
青島に来れば
あらゆることが新たに出発できそうな
そして宮崎に赴任できたあらゆることに感謝。
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血液循環のように動きながら考える
2023-11-23
移動から移動の1日隙間にも着実な一歩の動き
まずはやってみることである
朝一番で小さな打ち合わせ、その後は非常勤の講義、昼休みに私用をはさみ、その後は再び附属中学校へ。このように、目まぐるしく展開する1日だった。こうした中でも、移動間にあれこれと考えて実行できることも少なくない。所謂「隙間時間」を有効活用するかどうかである。とはいえ何事も順調に進むわけではなく、壁にぶつかったり上手い流れに乗れないこともある。そんな時に肝心なのは、まずは「やってみる」方向を選択することだ。負の思考は逡巡しなかなか前に進めなくなり、更なる停滞に陥る。ゆえに「行動」が肝心であり、可能性があるかどうかはやってみないとわからない。
さらに思うのは、情報は自分の目と耳で確かめることだ。曖昧な情報のままが前述した「負の思考の逡巡」をもたらせてしまう。小さな可能性は、どこで待っているかわからない。ゆえにたとえ駄目だと思っても、尋ねてみる行動が大切なのではあるまいか?時に物事は思考段階で詮索をしすぎて、固着した思い込みに至ってしまうことがある。身体が寒くてこわばるように、思考も固着させないことが肝要であろう。ゆえにまずは問い掛けてみることで、小さな物事は動き出すのである。今までの人生を振り返ってみても、「ダメもと」で問い掛けたら貴重な出逢いであったことは少なくない。「動きながら考える」は落ち着かないように思われるが、血液循環のようなものだと思って大切にしたい。
一歩を踏み出す
小さな窓口に問い掛けてみる
「小さい」ことに注目し前を向いて歩む。
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じゃかいよ「国語捨てちょる」
2023-11-22
「『点滴の針は抜いちょきましょうね』と優しく針を抜かれちょる午後」(俵万智『アボガドの種』より)
方言と短歌県みやざき
大学が県と協働で実施する教員研修を、附属中学校を会場にして担当した。午前中は同僚の先生による『百人一首』を中心にした研修、昼休み前に僕は会場に到着し午後の出番に備えた。今回まず最初の30分でお伝えしたのは、次の4点となる。(1)宮崎は「短歌県」(2)文学教材=散文という教材観の偏り(3)「叙景+抒情」という短歌構造(4)短歌は「説明」でなく「描写」。特に(3)には力を注ぎ、「場面・風景」と「内面・モノローグ」がどう重なるかが歌の基本的な「よみかた(読・詠)」であることを実例を挙げて体感してもらった。『古今集仮名序』以来、「歌は抒情詩」なのだとすることは、知識としてわかっていてもなかなか「経験」として理解されていない。作者(主体)の「立ち位置」や「視線」の問題とも関連させ、「歌も文」としてどうよむか、について俵万智さんの歌なども例に実感してもらった。
俵さんの最新歌集『アボガドの種』にある冒頭に記した宮崎弁を含んだ歌が、受講者の中でも人気だった。奇しくもこの日の宮崎日日新聞には、「探・九州弁」の「4紙合同企画」が掲載され、宮崎弁への愛着やエピソードが紹介されていた。「じゃかいよ(同意の意)」や「〜ちょる(〜している)は「後世に残したい宮崎弁」10選にあった。俵さんの歌に対する受講者の評では、「針を抜く」という痛そうな行為が、「抜いちょきましょう」「抜かれちょる」ということで和らいだように受け取れるという趣旨のものが多かった。「てげてげ(ほどほど)」「いっちゃが(いいよ・大丈夫)」にも通じて、宮崎弁の優しさをあらためてこの歌は実感させた。最後に受講者に各1首の歌を詠んでもらい、まとめの歌会を開催。教師視点のユニークな歌が詠草を賑わせた。中には生徒の「国語捨てた」という発言に衝撃を受けた作もあり、中学校国語教員の人材不足が深刻化している県の現状を窺わせた。まずは教師自身が「歌をよむ」こと、短歌県みやざきの「国語教師」に求めたい、日本で此処だけの研修を今後も続けたい。
短歌は抒情、ゆえに国語は「心を考える科目」
県内20名以上の国語の先生方との貴重な時間
短歌をよんだらいっちゃが!
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偶然は小さな行動の積み重ね
2023-11-21
中学校登校時に会っていた人起きるところからその偶然は積み重ねられていた
たぶんわずか数分の道で会うための必然
あれは中学校1年の夏頃のことだった。家から徒歩20分ほどの私立中学校男子校に通い始めた僕は、通学時の道に出会う公立中学校の女の子が気になり始めていた。登校というのはほぼ毎日同じ時間に家を出るので、毎朝のように会うようになった。彼女がその直線の道を歩くのは、時間にして3分程度、ある路地から通りに出てきてある路地を公立中学校方面へと曲がってしまう。その「数分」が早過ぎても遅過ぎても「すれ違う」ことはできなくなる。実際に僕がその「数分」に到達する前に遠方で彼女が路地を曲がってしまったり、早過ぎればまだ左手の路地の奥に姿が見えたり「すれ違う」一瞬の楽しみは泡となって消えた。次第に思いが募り、必ず毎朝の登校時間を精密に固定するような習慣づけをするようになった。
7時42分に家を出れば、家から8分程度で当該の「直線数分間」に7時50分に至ることができる。たぶんその小さな恋のおかげで、僕は「朝のルーティン」を組む習慣がついたのかもしれない。現在でも朝の行動は、毎朝測ったように同じである。だが考えてみれば、彼女の方も常に定刻に家を出る習慣がなければ成立しないことでもあった。人が道などで「偶然に会う」ということは、それ以前の様々な行動の蓄積が相互に合致しなければ叶わないことなのである。家を出ようと思っても靴の紐が絡んでしまったとか、家の中の電燈を消し忘れていたとか、小さな行動で微妙な変化が生ずることもある。結果的に中学校時代のその彼女には声を掛ける勇気もなく、そのまま「朝の数分」を楽しみにするだけの関係で何ら進展はなかった。だが人生にはこうした「もしも」がたくさんあって、幸福もまた災いも「偶然のような必然」に依存している不思議があるものだ。
なぜ?いま此処で
「いま」している行動の積み重ね
今日もまたどんな人と道で偶然に会うことだろう。
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