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真実の最大の敵ー「表現する」虚構という名のうそ

2023-05-02
「かくす」=「ゴマカシ」=「機密・謀略」=保守的
「表現する」=「ホラ」=「虚構」=革命的
「うその中にこそ想像力によって生みだされる真実がある。」(寺山修司の言葉より)

「正直に事実を言いなさい」我々が〈学校〉で教えられるのは、基本的に「事実」第一主義である。「素直・正直・礼儀」などを校訓として掲げている学校は多く、「嘘をついてはいけません」という姿勢を強調される。もちろんこの姿勢に「理」はあるのだろう。ゆえにイソップの寓話「狼が来たぞいう羊飼いの少年」を読むと、「嘘をくり返しつくと信用してもらえなくなるから嘘はいけない」教訓として解するのが一般的だ。だがこの寓話では最後に「羊がすべて食べられてしまう」悲劇に遭遇するわけであるから、村人たちが「この少年がなぜこのように嘘をくり返すのか?」という「なぜ?」を抱き、排斥的にならずに内包して対話をすれば悲劇は防げたはずである。冒頭に掲げた寺山の「うその中にこそ・・・」はそれを如実に指摘している。寓話は「嘘の否定」ではなく、「うそはいつか真実になる」怖さを語るものとして解釈したほうが建設的で革命的である。

前述したような〈学校〉の教えがあるからか、「国語」で「文学」を読む際にも「事実」を標榜して欺瞞に満ちた授業になることが少なくない。「作者の意図」「登場人物の心情」を「事実」をベースに考えるように求めているから、学習者はやがてその「欺瞞」に気づき始める。小中高と〈学校〉生活を送り、大学に入学して来る新入生にまず教えるのは「正解はひとつではない」という姿勢である。『伊勢物語』を教材として、和歌一首にいかに多様な読みが可能かを考えさせる。やがて「人間の心など唯一無二の核心があるのではなく、多様に彷徨い常に揺れている」ことに気づき、試験・入試を目的にした〈学校〉での「国語」の欺瞞から目を覚ます。同様に研究発表とか会議で「実は・・・」という言い方をする話者が気になって仕方がない。「私は真実を言っている」と押し付ける誇大で傲慢な物言いに聞こえてしまう。寺山のエッセイに「私の好きなことば」として「真実の最大の敵は、事実である。」であるが、〈学校〉で言う多くの「実は・・・」は後者であることが少なくない。

「文学は読者が作る」とも
真実を見つめるための想像の果ての表現
あなたも「実は・・・」「事実だ」にはご用心した方がよい。


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