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だまって海を見つめていたいー「私のお母さん」寺山修二の言葉

2023-04-30
「時には母のない子のように
 だまって海を見つめていたい」
(作詞:寺山修司・作曲:田中未知・唄:カルメン・マキ)

先ごろ、ある一人の今は宮崎を離れた卒業生がいささかの悩みを抱えていると連絡があったので、「海を見ればいい」と返信することしか僕にはできなかった。それから数ヶ月の月日が経って、卒業生は僕が言ったことを短歌に詠み、月例の会誌で特選となっていた。何事も月日というものは必要で、選歌・編集・出版の過程とともに年度が変わり卒業生の悩みも癒えてきたようだった。先週に機会があって東京で直接に会ってみると、一皮剥けたように成長した大人となっていた。寺山修司の言葉に「むかしのようにじめじめとした血縁的なつながり、人間相互の私有関係から、次第に社会のなかでの選択自由の愛情関係へとうつりかわりつつあります。」を読んで、僕にも少しは「父母」のような愛情関係を持てたものか?などと考えている。

1969年にカルメン・マキが唄い、その年の紅白歌合戦にも出場した「時には母のない子のように」。あのもの悲しげなメロディーは、幼少ながら僕もライブとして身体に残っている。前段の寺山の言葉の引用は、当該歌に対するエッセイからのものだ。「ひとは何時も、自分自身のものでしかないのであり、そこから出発した思い出だけが、コミュニケーションの回路に辿りつくことができるのです。」とも書いている。「私のお母さん」という個人的な思い出ではなく、「大きな思いやり」「もっと素朴な本心の声の中」にあって、「私の」がないことがむしろ「ほんものの情念が感ぜられるのです。」とも記している。親子関係に様々な様態が見られる昨今、芸術的な想像力によって、「時には母のない子のように」の詞を噛み締めたい。それでこそ真にみんなが生きるための「愛情」に近づくことができるのだろう。

母への愛情・義母への愛情
そして卒業生の「生きる」に一言の栄養を
「家事」は誰にでもできるが「愛は代用できない」のである。


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