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ChatGPTそして「寺山修司ー情念の反動化への挑戦」

2023-04-17
AI(人工知能)が生成してくれる文章
「答え」を導く「計算性・合理性」として優秀
そして観た映画「日の丸ー寺山修司40年目の挑発」

いまあなたが読んでいるこの文章、一定の人間たる執筆者が書いていると確信が持てますか?もしかしたら、AI(人工知能)がテーマの情報を合理的に集積し瞬時に書いているのだとしたら、小欄の価値や読もうとする意欲は萎えますか?「ChatGPT」とは、「言語表現の生成可能な事前学習済み変換器」とでも言ったらよいだろうか。質問を入力すると幅広い分野の回答を人間らしく自然に感じられるように生成できる人工知能で、昨年の11月に公開されいま様々な分野で話題になっている。例えば、我々が大学講義で課すレポートなどもかなりの質の高さで生成されると、実際に試してみたという同僚に聞いた。データ集積・計算性・合理性では、既に人間レベルかそれ以上である可能性もある。「AI(人工知能)」の活用など未来の話と思っていると、既に開発・公開・拡散の速度は我々の予想を超えて進化している。果たしてこれから先、僕らはこの進化に対応していけるのか?大学の学び一つを考えても、早急な対応が必要に思われる。

昨日の午後は「日の丸ー寺山修司40年目の挑発」というドキュメンタリー映画を観た。1967年に「日の丸の赤は何を意味していますか?」等の挑発的な質問を街頭にて、ある意味で「情念」を交えず機械的にくり返す様子をそのまま伝えるTVドキュメンタリーがあった。放送直後から抗議殺到、「偏向報道」だと閣議でも問題視された曰く付きの番組である。それから55年経った現在、同じ質問を街頭でくり返したら何が見えてくるか?双方の映像を交錯させながら、まさに「国家とは?」「日本人とは?」を問い掛ける現代に蘇る「挑発」の作品といえるだろう。67年当時の番組に関わったのは寺山修司、僕の場合はその短歌に喩えようのない「格好よさ」を感じるが、文芸に限らず、脚本・エッセイ・評論・劇団主宰など数限りなき才能を発揮したマルチな思想・表現主体である。没後40年となる寺山が、現代においても何を我々に「挑発」してくるのだろう?このドキュメンタリーの単調で本質的な質問は、インタビュアーをChatGPT化したような印象を持った。だが答えるのは錯綜した社会を生きる生身の「我々」なのである。突然に問われることで「自己」と「国家」とか、「自己」と「外国人」などの隙間の渦に溺れそうになりながら「反動化」の作用を引き摺りつつ答える「情念」を持った一人の「民衆」が映し出される。それは奇しくもChatGPTが提供する「計算性・合理性」に対して「反動」的な「共感・愛・情動」の機微を浮かび上がらせているようにも見えた。寺山は果たしてAIなどを想像し得ていたのか?この時において出逢った映画として、自らの情動の揺れを挑発された思いである。

1964年東京五輪・ベトナム戦争・1970年大阪万博
2021年東京五輪・ウクライナ侵攻・2025年大阪万博
この55年の相似形において、僕たちは過去にはなかった人工知能にも向き合っている。


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