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「イブを待つ」宮崎日日新聞「くろしお」欄に自著が!

2022-12-25
「待つ間に膨らむ期待が心を豊かにさせる。
 また喜びも倍加することを同書は教えてくれる。」
刊行1年「今年の思い出にすべて君がいる」ようなイブを

今年もクリスマスイブを迎えた。大好きな曲「Kissi’n Christmas(クリスマスだからじゃない)」(作詞:松任谷由実・作曲:桑田佳祐)の一節に「今年の思い出にすべて君がいる」「今年の出来事がすべて好きになる」がある。「クリスマス」が「恋人と過ごす」という「強迫観念」が社会的に刷り込まれた80年代の曲にして、実は曲全体ではサブタイトルの「クリスマスだからじゃない」という思いの芯が響く曲だ。仮に「クリスマスが特別」だとしても、その日に至るには「今年の思い出」「今年の出来事」を積み重ね、日々を愛する人たちとどのように重ねてきたか?が年末にして問われる日でもある。ちょうど昨年のイブを刊行日とした自著を世に問うて、1年を「待った」ことになる。朝一番から若山牧水記念文学館の懇意にする方からメッセージが届く。先行して小欄を執筆するゆえ、「宮日新聞に何が載っているのか?」と想像しながらポストの新聞を手に取った。まずは開いて文化欄などを探すが目を惹く記事はなし、「もしや!」と思って1面コラム欄「くろしお」を読むと、自著のことが名前入りで丸々書かれていた。冒頭にあるような自著の読みは著者の思いを超えており、誠に深くお読みいただき社会にそれを投げ掛けてくれたわけで感謝しかないありがたさだ。誠に宮崎のイブは温かい。

さてイブ当日であるが「第四土曜日」に設定している公開講座「牧水をよむ」を、伊藤一彦先生をお迎えして開催した。ある意味で受講者の方を含めてお忙しい中、宮大「まちなかキャンパス」まで出向いていただいた。キャンパスの前の若草通りアーケードではクリスマス飾りの手作り教室が開催されていて、幼い子どもたちが親御さんとともに手作りに挑む姿は微笑ましかった。牧水が若き頃、1905年(明治38)日露戦争戦勝に沸き返ったことを契機に日本の「クリスマスの大騒ぎ」が始まったとされるが、牧水短歌を検索してみてもエッセイを読んでもほとんど「クリスマス」を題材にはしていない。1歳年下で懇意な関係のあった詩人・萩原朔太郎が詩や新聞投稿で「クリスマスへの羨望と違和感」を述べていることからすると、牧水の意識が敢えて「クリスマス」に向かなかったのだと考えられる。朔太郎が詩に「耶蘇教」と表現するように、明治大正の流れの中では未だ「宗教観」を根にした「クリスマス観」があったのだろう。他の宗教を含めて牧水の意識は薄く、むしろ自然への親和と同化に牧水の生き様はあったと伊藤先生との対話で至った結論である。講座では昭和から平成の「クリスマス短歌」10首に対して受講者から所感を述べていただき、同時に日本のクリスマス受容のあり方を紹介した。自著出版の背中を押してくれたことをはじめ、「短歌県づくり」活動や日常の歌作に研究まで、「今年の思い出にみな伊藤先生がいる」と思える時間であった。

帰宅して妻と義母と僕の両親とクリスマスパーティー
家族はみな、お互いに支え支えられて「今年の出来事」を乗り越えてきた
家族とともに「日々に生きていることが好きになる」ことを誓うクリスマスだった。


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