書斎ひとり回顧そして年末の諸々
2022-12-31
書斎の今年の雑誌を書棚・書庫に整理資料を辿れば諸々の人々の顔と短歌が浮かぶ
そして馴染みの店や親友へ年末の挨拶なども
今年も大晦日となった。日頃から「毎日を大晦日・元日」のように過ごせたら、どんなにか時間意識に敏感になれるものかと思う。だがそれでは毎日が窮屈すぎて、息継ぎができなくなりそうなので363日間を「日常」と呼ぶのだろう。その大晦日にならないうちにと、30日はあれこれとしたいことが山積している。まずは正月の買い出しを母と、時代は変わったとはいえ「正月の準備」は僕が幼少の頃からの昭和時代に経験した雰囲気で過ごしたい。「すき焼き」など「我が家の定番」の材料を買い出す。宮崎に移住してから「宮崎牛」を安価で購入できるのも大きな土地の恩恵となっている。帰宅して年賀状コメントを仕上げ、やっと郵便局に投函。その足で知り合いの地元産品市場へ、玄関飾りのしめ縄をスーパーではなく購入するのも宮崎に来て以来の慣習だ。長らくコロナや日常の忙しさで訪れていなかった市場だが、店主の屈託のない明るさに救われて元気をもらった。帰路には、これも馴染みの蕎麦屋で年越し蕎麦を購入。どこのお店の人とも馴染みであるのが、やはりこの地域に住むことの利点でもあり喜びである。
その後は書斎の整理に入る。「日常」に任せて今年の歌会やイベント企画などに使用した資料や新聞記事が時間順に山積されている。引き出すには時間順が便利なのですぐに仕舞い込まないのだが、ここで区切りをつけて指定の棚や書棚に納める。ついつい自らが記した文章などの一節を読み耽りそうになるが、この日の時間も限られているので先に進める。それにしても今年も様々な企画に参加したものだ、とあらためてコロナから回復しつつある「短歌県」の豊かさが知れる。あらためて今年の元日の目標を手帳に見返すと、達成できた目標も多い。だがまだ物足りないと思う部分も少なくない。「目標」とは達成できるかできないかの境目の一歩上の塩梅が大切。「物足りない」と思う部分に「悔しさ」を感じ、そのバトンを来年に繋ぐのである。夕刻になり、母の故郷の新潟から届いた餅を親友に渡したくて電話する。すぐさま親友は、我が家の玄関先に寄ってくれた。縁起物の「晩白柚」と初物「苺」をむしろいただく。毎年毎年の積み重ねだが、この10年間で得られた人との交流は誠に尊い。年末の宮崎事情など世間話を玄関先でして、「気が向いたら・・・」とさりげなく別れる感覚もよい。かくして年末の準備が整いつつ本日を迎えている
「年の瀬になっちゃったね」と親友の言葉
この365日をどう生きたのだろう
明るい来年がやって来ますように!
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「ぶんぶん分裂して飛んでゆけ」自己同一性と偏り
2022-12-30
「我という三百六十五面体ぶんぶん分裂して飛んでゆけ」(俵万智『サラダ記念日』)果たして常に変わらない「自己同一性」などあるものか?
偏りも好みもぶんぶん分裂すべし
「広い視野で偏りなく物事を見たい」中学生の時に思って以来の人生の信念である。中学3年間を通じて担任教師で教科も国語だった恩師が、いつも「広い世界へ視野を拡げよう」と言い続けていたことが契機であった。だが高校も通じて部活動にも明け暮れたあの頃、「視野を拡げる」ことそのものがどうしてよいものか?わからなかった。中高一貫の男子校で荒々しい学校であったので弱味を見せて「やられる」ことを避けるため、部活動でも活躍しクラスの多くのタイプに馴染めて成績も良い三拍子揃う「兜」を纏うことで自己防衛をしていたのかもしれない。中学の入学当初は、たまたま席が近い者に傾き話ばかりしていて成績が落ちたこともあった。彼はその後、いわゆる「不良の総大将」のような存在になったが、僕は「野球部」に夢中な自分を見せて彼から離脱することに成功した。当時まだ現役で活躍していた王貞治さんの野球への取り組み方をみて、生きるには「誠実さ」が必要なのだとも考えた頃だった。意識はせずとも自らがいくつかの「仮面を使い分ける」ことをしている「分裂体」であることを、今思うと中学校時代にも経験していたわけである。
「学校」というのは、「いつも変わらぬ自己同一性がある」ことを「強要」する場所でもある。児童・生徒が思わぬ行動を取ると「あなたなそんな子ではないでしょう?」と指導する教師が多くいるような気がする。そのように言うことで、反発や疑問があっても年度当初に被っていた「仮面の性格」しか許してもらえなくなる。人によっては「先生に受けのよい仮面」を意識的に着用し地歩を固め、裏ではとんでもない言動をしている「表裏」が横行する温床でもある。否、「分裂体」の理屈からすると「表裏」が悪い訳でもない。問題なのは「裏」にして見せず、利害関係のために暗躍するのがいかがなものか?と思うのである。また「物事は公正」であるのがいいとされるが、果たして「真に公正な考え」などあるのかと思うこともある。「分裂体」として「偏り」を経験することで、その是非や善悪を悟り自らの中心軸を作るのではないか。大学生になってまさに大海のような思考・思想に触れるようになった。未だ学生運動の名残のあるキャンパス内で、「僕って何?」という疑念ばかりが渦巻いた。恋愛や失恋を含めて精神的な「自己倒錯」や「自己嫌悪」をくり返し、とりあえずの「広い視野で偏りなく」になったと思い込んだ。だがその後の人生でも失敗がなかったわけではない。今もなお、「自己同一性」という幻想ではなく、「三百六十五面体」なのだと毎朝のように思う。年末年始にあたり、あらためて宮崎で生きる「中心軸」を見定めてみようかと考えている。
「世の中を嘆くその前に
知らない素ぶりをする前に
素直に声をあげたらいい」(『時代遅れのRock’n Roll Band』より)
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朝霧に包まれた休日
2022-12-29
早朝日の出時間の散策朝霧に包まれた冬の高原の景色に出逢う
重い鞄をおろして過ごす休日
数日前に偶々、「匠の蔵」という番組を観た。九州地方の優れた「匠」を俵万智さんがインタビュアーとして紹介する小番組である。紹介されていたのは平成になって湯布院を人気の観光地にした中谷健太郎さん。1975(昭和50)年に大分中部地震で被害を受けた湯布院において、「何かやらなくては」と様々なイベントを練り上げ現在の興隆を作り出したのだと云う。イタリアの盆地を見習い、「盆地には特有の文化を作る可能性がある」という信念をお持ちの方だ。「非日常が人を呼ぶ」というコンセプトの通り、湯布院の街にはどこか昭和の過去と天空に近い未来が同居しているような不思議さがある。「九州の軽井沢」と呼ばれつつ温泉も充実している魅力的な保養地である。その真髄を味わうためにはと、早朝から街の散策に出た。未だひと気のない街ではあるが、次第に日の出時間の7時を過ぎた頃に「匠の蔵」の撮影されたであろう施設の前を通り過ぎた。
その近くに朝霧で一面が覆われている金鱗湖がある。この季節で気温は氷点下に達しており、水温との温度差で朝霧が立ち込める冬ならではの光景に「非日常」を実感する。明治初期の儒学者・毛利空桑が、湖で泳ぐ魚の鱗が夕日で金色に輝くのをみて名付けたと云う。湖畔には多くの観光客が写真を取っていたが、湯布院に来たならば早起きをしない手はないとさえ思う。霧に視界を遮られると、人はなぜか現実的な日常から遥か遠くの世界に来たような気になる。しばし湖畔を眺め、その後は街中を散策して宿に戻った。冷え切った身体には、再び部屋の露天風呂が温めてくれる。前夜から現実的な時間に囚われない過ごし方を心がけていたが、思うがままに温泉に浸かれるというこれ以上の幸せはない。昼まで宿で過ごし温泉には通算5回入っただろうか。その後は別府市に下り、名物の地獄めぐりへ。とりあえず「海地獄」を見学し、近いところにある茶屋で「とり天」「だんご汁」の大分名物を堪能。もちろん帰路も渋滞などの支障もなく、すっかり保養し心身を大いに回復させる2日間となった。
次回はぜひ両親などとともに訪れたい
まだまだ九州の魅力はたくさんある
「休日」を上手に過ごすのも人生には大切なことだ。
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山頂踏破と心身の解放
2022-12-28
別府鶴見岳山頂踏破今年初めて雪を踏みしめて
湯布院温泉にて数か月の忙しさを癒す
今年は10月頃から、夫婦ともども忙しい日々が続いた。自ずと定時に夕食が取れなかったり、睡眠時間を削る結果になったり、疲れが取れない朝も多かった。僕は土日の研究学会・公開講座・イベント出演・集中講義などゆっくりできる日も少ない実情であった。年末年始の休業より一足早く夫婦で年休を取得し、この2日間は完全休養にしようと目論んだ。時間に追われず、「せねばならない」を作らず、心と身体を解放する時間が必要だと思ったのである。九州宮崎に移住して来年3月で10年となるが、温泉の名所である別府・湯布院にまだ行ったことがないことに気づいた。ならばと湯布院の宿を予約した。東九州自動車道で約3時間北上、延岡から先はなかなか行かないのだが、無料区間など思いの外、宮崎県は縦に長く抜け出るのが遠いことを実感した。別府インターを降りて向かう先は鶴見岳ロープーウェイ、往復券1人1600円を支払い別府湾を背景に見つつ山登りが始まった。
登り着いた駅からさらに山頂までは、徒歩15分から20分あると云う。しかも先週の寒波で雪に覆われている山道、どうしようかと迷ったがやはりここまで来たらと妻ともどもトレッキングシューズを履いてきたので山頂を目指した。雪道ながらほぼ道がつけてあり、足元は楽に歩を進めることができた。最近は吉田類さんの「日本百低山」をよく観るが、標高1375mの山頂を踏破した気分は最高であった。休養を目的に来たのだが、このくらいの身体への動きの刺激はむしろありがたい。大自然の一部になり人間社会の雑事を全て忘れられる感覚になった。その後、湯布院に向かいWebで評判のカレーうどん店へ。山椒のピリ辛が効いて季節野菜やチーズ餅などが入ったうどんは美味しかった。その後はチェックイン時間直後の宿へ。温泉に身を委ね、しばし俗世の時間を忘れる世界へと没入している。
心なしか顔色がさらに良くなった朝
心身は時に解放して休めてあげないと
まずは心身の大掃除になるような2日間を
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生徒・学生の方を向いているといふこと
2022-12-27
初任の高校に勤務した時「生徒の方を向いている先生」と言ってくれた先輩教員
向き合う心なくして自らの心も見えない
クリスマスが終わると、一気に年末モードになる日本社会。「もういくつ寝るとお正月」と言うための狼煙(のろし)が日本のクリスマスともいえよう。講義は先週で終わっている大学に行くと閑かな佇まい、〆切原稿1本といくつかの残務を集中して終わらたいと思っていた。だが今月21日付小欄に記したように、この時期は「卒論」の追い込み時期である。学部の最終〆切は1月末日だが、ゼミでは「仮提出」を毎年「成人の日」明けに設定している。あと2週間というこの時期にあって、凝り固まった頭をほぐす必要のある学生がいる。というわけで、オンラインを活用して午前中にゼミ生1名の卒論に対する「対話時間」を設けた。本来なら自らの仕事を集中して終わらせるとも考えたくなるが、学生の要望には極力応えたいと思っている。「対話」の時間を進めると次第に自らがこのクリスマスに考えていたことと重なる点が炙り出され、日本の近現代社会における「アイデンティティ(自己同一性・この用語の翻訳自体に大きな問題を孕む)」の問題について興味深く話している自分がいた。学生にはいつも教えられる、と考えるのが教員としての学びだ。
午後にはゼミ卒業生が帰省し「夏に出産した赤児を見せたい」と家を訪ねてくれた。昼食がてらいったん帰宅し、彼女を出迎えた。年末の予定としてこの日しか合う日がないこともあったが、1時間でも再会の時間を取ることが大切なのではないかと思った。「教員」としての最上の喜びは、卒業生が立派に活き活きと生きている姿を見ることだ。この日もすっかり「お母さん」になった彼女の姿に、大きな元気をもらった。再び大学に戻り事務関係にご挨拶もして、原稿の最終仕上げに入る。午前・午後と時間を限定したことで、むしろ原稿の執筆具合は良好となった。我欲ばかりで「この日は自分の時間」などと思うと、むしろダラダラと頭が凝り固まることもある。学生・卒業生に元気をもらい、集中モードを作るのがむしろ得策だった。冒頭に記したように、初任校に勤務した際に採用面接から担当してくれた国語科の先生が「生徒の方を向いている」という賛辞を僕に送ってくれたことがある。考えてみれば、その先生も「生徒」や「後輩教員」の方を向いてくれていたのだ。その先生が「教員1年目」にして僕の目指す目標でもあった。既に鬼籍に入られたと聞くが、あらためてこの日は先生のことを思い出した。こうして「教員が後輩や生徒の方を向く」という姿勢が、受け継がれていくのだ。少なくとも僕は今、「教員養成」の最前線にいる。この大切な「リレー」のバトンを、次の世代に確実に渡さなければならない。
今この時を生きて
日々に向き合う人々からいただくちからがある
生徒・学生の方を向かなくして、どうして自分なりの短歌ができようか。
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宮崎県知事選挙と「短歌県日本一」へ不断の決意
2022-12-26
宮崎県知事選挙クリスマス投開票諸々の用件や牧水研究会総会へ出向きつつ
これからの宮崎へ向けて投票率56.69%
宮崎県知事選挙のクリスマス投開票、向こう4年間の県政の方向性を決する大切な1票を投じる日である。全国的なニュースとして、ワイドショーなどでも取り上げられているこの選挙。前職である東国原英夫氏が、復帰を目指し12年の時を経ての立候補が話題を呼んだ。現職・河野俊嗣氏は東国原氏が知事時代の副知事、ともに宮崎を全国に売り込むために手を携えていた二人が対決する構図となった。さらにはスーパークレイジー君という若手の立候補、規定の路線に固執して何も変わらない宮崎に新たな風を吹き込む可能性を秘めた選挙となった。3候補の選挙戦によって期日前投票から投票率の高さが報じられていたが、最終的に56.69%となった。前回2018年の選挙が33.9%という目を覆いたくなるような数字であったゆえ、今回の数字から可能性を秘めた候補が立つ意義が感じられた。最終得票で「河野氏258646票」「東国原氏235602票」「スーパークレイジー君7679票」と河野氏と東国原氏の差は、「23044票」と票を分け合う構図となった。前回選挙の河野氏の得票が「279566票」であるから、未来の県政を考えた県民の方々が多かったことがわかる。
結果、河野氏による県政の4期目が始まることになったが、あらためて今回の県民の意志を尊重した県政をお願いしたいとも思う。安定した宮崎を求めていると同時に、新たな宮崎への期待を持った県民が多くいるわけである。かつては手を携えた同朋との闘いに「精神的な苦汁の思い」があったと河野氏は当選インタビューで漏らしたが、ぜひ「かつて」の時代を思い返し真に豊かな宮崎を目指して欲しい。僕としては何より「短歌県日本一」を目指そうとする文化政策、そして少子高齢化が進む教育・福祉政策に今まで以上に力を注いでもらいたい。考えてみればこの二つの課題は融合して進むことでより効果的な社会が生まれるはずだ。老いも若きも山間部の小規模校の子どもらも、自らの心を短歌で表現することで「三十一文字の宮崎の希望」が形になる。「生きづらさを超えていく短歌」をさらに全県的に、多様な年代に拡げていくことが望まれる。それでこそ「経済最優先」ではない、個々人が些細な日常で笑い合える社会を築き上げることができるだろう。そんな意味では東国原氏やスーパークレイジー君への期待を込めた票を、無駄にしてはなるまい。
個々人の思いが「ことばで通じ合える」こと
投票率があと10%増え7割に迫るとどうなっていたのだろう?
みんなで宮崎の未来を考えるための「短歌」をみんなが表現できる県を目指したい。
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「イブを待つ」宮崎日日新聞「くろしお」欄に自著が!
2022-12-25
「待つ間に膨らむ期待が心を豊かにさせる。また喜びも倍加することを同書は教えてくれる。」
刊行1年「今年の思い出にすべて君がいる」ようなイブを
今年もクリスマスイブを迎えた。大好きな曲「Kissi’n Christmas(クリスマスだからじゃない)」(作詞:松任谷由実・作曲:桑田佳祐)の一節に「今年の思い出にすべて君がいる」「今年の出来事がすべて好きになる」がある。「クリスマス」が「恋人と過ごす」という「強迫観念」が社会的に刷り込まれた80年代の曲にして、実は曲全体ではサブタイトルの「クリスマスだからじゃない」という思いの芯が響く曲だ。仮に「クリスマスが特別」だとしても、その日に至るには「今年の思い出」「今年の出来事」を積み重ね、日々を愛する人たちとどのように重ねてきたか?が年末にして問われる日でもある。ちょうど昨年のイブを刊行日とした自著を世に問うて、1年を「待った」ことになる。朝一番から若山牧水記念文学館の懇意にする方からメッセージが届く。先行して小欄を執筆するゆえ、「宮日新聞に何が載っているのか?」と想像しながらポストの新聞を手に取った。まずは開いて文化欄などを探すが目を惹く記事はなし、「もしや!」と思って1面コラム欄「くろしお」を読むと、自著のことが名前入りで丸々書かれていた。冒頭にあるような自著の読みは著者の思いを超えており、誠に深くお読みいただき社会にそれを投げ掛けてくれたわけで感謝しかないありがたさだ。誠に宮崎のイブは温かい。
さてイブ当日であるが「第四土曜日」に設定している公開講座「牧水をよむ」を、伊藤一彦先生をお迎えして開催した。ある意味で受講者の方を含めてお忙しい中、宮大「まちなかキャンパス」まで出向いていただいた。キャンパスの前の若草通りアーケードではクリスマス飾りの手作り教室が開催されていて、幼い子どもたちが親御さんとともに手作りに挑む姿は微笑ましかった。牧水が若き頃、1905年(明治38)日露戦争戦勝に沸き返ったことを契機に日本の「クリスマスの大騒ぎ」が始まったとされるが、牧水短歌を検索してみてもエッセイを読んでもほとんど「クリスマス」を題材にはしていない。1歳年下で懇意な関係のあった詩人・萩原朔太郎が詩や新聞投稿で「クリスマスへの羨望と違和感」を述べていることからすると、牧水の意識が敢えて「クリスマス」に向かなかったのだと考えられる。朔太郎が詩に「耶蘇教」と表現するように、明治大正の流れの中では未だ「宗教観」を根にした「クリスマス観」があったのだろう。他の宗教を含めて牧水の意識は薄く、むしろ自然への親和と同化に牧水の生き様はあったと伊藤先生との対話で至った結論である。講座では昭和から平成の「クリスマス短歌」10首に対して受講者から所感を述べていただき、同時に日本のクリスマス受容のあり方を紹介した。自著出版の背中を押してくれたことをはじめ、「短歌県づくり」活動や日常の歌作に研究まで、「今年の思い出にみな伊藤先生がいる」と思える時間であった。
帰宅して妻と義母と僕の両親とクリスマスパーティー
家族はみな、お互いに支え支えられて「今年の出来事」を乗り越えてきた
家族とともに「日々に生きていることが好きになる」ことを誓うクリスマスだった。
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イブイブ補講ー若い人の未来へのクリスマスと短歌
2022-12-24
若い世代の好きなクリスマスソングこの日本で未来へどんなクリスマスにしたいか?
音楽をかけながら「生きづらさを超える短歌」について
今年もいよいよクリスマスイブの「イブ」となった。本務校での年内講義は、前日に全て終わらせていた。この日は非常勤先の補講(創立記念日式典の分)を設定しており、午後に車で10分ほどのキャンパスへ向かった。既に10回ほどの講義日を経て、出勤印・印刷・教室の位置や機器の使い方にも十分に慣れた。1年生配当の「文学」では、自著である『日本の恋歌とクリスマスー短歌とJ-pop』(新典社2021)をテキストに、このクリスマスをめがけて時節に適した内容について学生たちと考えてきた。80年代クリスマスJ-popの数々の曲を紹介し、明治以降のクリスマス受容史を短歌で綴ってきた。これまで「当然」の「年中行事」だと思っていた「クリスマス」を「なぜ?日本にこのように定着してきたか?」を考えるだけでも、アカデミックな「文化論」に触れる機会として学生たちに貴重だと考えている。山下達郎「クリスマスイブ」とか桑田佳祐「白い恋人達」は、現代の学生たちにも広く知られ、クリスマスJ-popの王道なのだとあらためて僕自身が確認できる機会でもあった。
さて補講では、冒頭に1987年「メリークリスマスショー」での出演者全員による「Kissi’n Christmas(クリスマスだからじゃない)」を映像で視聴してもらった。若き日の明石家さんま・松任谷由実・小泉今日子・Char・吉川晃司・原由子らが出演していて、最近も音楽のみならず俳優(吉川の朝ドラ出演)などの方面でも活躍しているこれらのミュージシャンの姿は、学生たちにとってどのように映るのだろう?そんな触発から、むしろ学生世代はどんなクリスマスソングを楽しんでいるのか?と「好きな曲」を提供してもらった。昨今はYouTubeを活用すると様々な「学び」さえできると言われているが、学生のリクエストを配信で投影していく方式は新たな可能性を感じた。「ナヨン・Santa tell me」「Twice・メリーハッピー」「Boa・メリクリ」「稲垣潤一・クリスマスキャロルの頃には」「Back number・クリスマスソング(現在の朝ドラの主題歌を歌うミュージシャン)」など、学生たちの挙げる曲は韓国のミュージシャンを含め国境なき東アジアの世界観が感じられた。その後は「世界では今どんなクリスマスを迎える人々がいるのか?」という投げかけに思いを馳せるようにして、クリスマスこそ「平和」を希求するべきことをみんなで再確認した。そして「平和」とは一人ひとりの心が健全であることで、苦しい時こそ「短歌」で「心の丈」を「ことば」にしてみることで救われることを伝えた。「生きづらさを超えていく短歌」若き心を支えていくのは短歌、この「文学」の講義で伝えることは「知識」のみにあらず、「生きる」ことにこそ「短歌」は活かされる実学であるのだ。「日本の未来のためのクリスマス」を学生たちに想像させ、さらに「今年のクリスマスには何を祈るか?」を考えてもらった。最後にわずかなクリスマスプレゼントにチョコを提供し、来年1月の講義での再会へ笑顔で学生たちは教室から去っていった。大学1年という人生の1ページに、「生きる今」を考えるクリスマスを過ごしてほしい。
YouTubeカラオケで熱唱の学生さんも
文学は短歌は音楽は人をつなぐ
桑田佳祐さんの素晴らしい音楽とともに人生に「短歌」を添えよう。
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質問はクレームにあらずー考えを擦り合わせること
2022-12-23
質問や意見を言うことは先方への敬意双方の思いが擦り合わされて考えが先に進む
質問のできる学生を育てるために
大学学部・大学院を通して母校から学びを受けた大きな点は、「質問をする姿勢」かもしれない。研究室での発表においても学年や年齢を問わず、妥協のない質問がくり返される環境で育った。学部の指導教授は自説に安易に迎合する発言などをすると、大いに𠮟咤されたものだ。大学院では現職教員として在籍した僕だが、むしろ学部卒院生と平等に扱って欲しいといった趣旨を願い出ていた。年齢は下となる研究室の先輩方は、まさに妥協なく僕の研究発表に厳しい質問や意見を提示してくれて大いに鍛えられた。研究発表をして見解を提示すれば、必ず少なからず疑問が伴うものだ。疑問を呈されて初めて、自分の主張の妥当性とか甘さを自覚できる。「culture(文化)」には「耕す」という語源があると受験英語の単語集で学んだが、まさに研究は「耕され」てこそ「文化」に昇華するわけだ。よって僕自身も心がけていることだが、母校の先輩後輩は研究学会でもよく質問をしている。学会に参加する意義は、「質問・意見」を言ってこそと思う。
「質問・意見」を言うことを欧米の文化では、「先方に敬意を示す」ことだと捉えられる。主張を精密に捉え尊重するがゆえに、「質問・意見」が出るというわけである。ところが日本社会では「質問・意見」を「クレーム」と混同してしまう人々が少なからずいる。よく会議の発言でも冒頭に「異論があるわけではないのですが・・・」と断りを入れる人も目立つ。反対に「質問・意見」は相手の主張を敬意をもって「開墾」するためのものだが、明らかに「否定ありき」で反論されるとズラしながら「否定し続ける」ような場面に遭遇することがある。いずれにしても「主張する者への敬意」なき、「質問・意見」の物言いに思えて潔さがない。「擦り合わせる」という言い方があるが、物理的にも当然ながら摩擦が生じる。その「摩擦」はむしろエネルギー源になり、主張する者を活性化させる力になるものだ。「擦り合わせる」ことで主張した者も、「質問・意見」を述べた者も、それまでに気づかなかった点に気づくことができる。これでこそ初めて「対話」と呼べる創造的な向上になるわけである。ゼミを始め日常の講義で、学生たちにも適切に「質問・意見」が言える資質を身につけさせることは、大学での学びの大きな役割だと自覚している。
意見が言える環境を作ることも
相互に「質問・意見」が出ない予定調和な「報告」では
少しでも物事を前に向けて動かすための「質問・意見」こそ平和をつくる。
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朝ドラ「生きるための短歌」を宮崎でこそ
2022-12-22
「屋上を巡り続ける伝書鳩飛べるよ高く浮き雲よりも」主人公に幼馴染が贈った短歌の秘密は・・・
そして歌を紙飛行機に託して飛ばす粋な計らい
朝の連続テレビ小説は、ささやかな出勤前の楽しみである。元来は「ラジオドラマ」が発祥という15分間に「生きるドラマ」が仕込まれており、ついつい涙腺を刺激する場面に出逢うことも少なくない。今作の「舞い上がれ」では、主人公がパイロットを目指す過程で、航空学校宮崎校で学ぶ場面が1週間で構成された週もあり親しみが増した面もある。ジェンダー平等観念の低い日本社会にあって、女性パイロット(この言い方自体にジェンダー観念がないのだが)を目指すヒロインの苦労の階梯を描く物語は社会の風穴を開けるという意義もある。現に宮崎に本社があるLCC・ソラシドエアでは初めて女性機長が就任したとのニュースも今年に聞いた。サッカーは先日のW杯で「9位」という位置付け、そして世界ランキング20位まで上昇したと云う。しかし「ジェンダー男女平等」や「報道の自由度」に関しては、かなりの後進国であることを我々は自覚すべきだろう。
さて朝ドラで何より注目しているのは、主人公「舞ちゃん」の幼馴染「たかしくん」が短歌で心を伝える場面である。就職したのちに会社を飛び出した際も五島列島の灯台で三日三晩を過ごし、短歌で生きることに光を見出す場面があった。そして昨日は、主人公がリーマンショックで就職が1年延期になった状況を冒頭に記した短歌を贈って励ました場面があった。上の句「屋上を巡り続ける伝書鳩」は「舞ちゃん」が「飛びたくとも飛び出せない」現状の苦悩を比喩的に表現している。しかし、下の句で「飛べるよ高く浮き雲よりも」と将来への希望を詠い激励している。さらには「折句」といって「五七五七七」の各句の頭の音を辿ると「お・め・で・と・う」というメッセージになるという技巧的な言葉遊びが隠されている。これは現行の高等学校学習指導要領「言語文化」において、創作的な活動として実践せよと明記されている技法である。それを「生活実感」がある場面でメッセージ性を含んで使用された例として、貴重な場面をドラマは描いたといえる。しかもその短歌が「紙飛行機」に記され飛ばされる。こんな「文学」を生活の中に活かしたあり方、この国はせめてこうした「豊かな心」を持つという点で、世界ランキング上位を目指すべきではないかと思う。
せめて「宮崎県」では日常に短歌を!
歌言葉を紙飛行機に載せて世界に飛ばそう
本当の「豊かさ」が目指せる県を思い25日の県知事選に投票したい。
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