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「和」の作用〜一喜一憂おもてうら

2022-11-28
「和」の精神
「なごむ」「やわらげる」「柔和」「親和」
「一喜一憂」を警戒したが「強豪に勝利」の奢りなのか

物事は諦めれば何も始まらないのと同時に、奢れば必ず落とし穴がある。FIFAW杯「日本対コスタリカ」を観たいと思いTV放映を調べると、NHKは衛星を含め生中継なし、民放で放映権を持っているのがTV朝日系列、こうなると民放2局の宮崎では「TV」で生中継が観られない。スポーツ中継で結果を知っての「録画視聴」ほど、興奮度が半減するものはない。ひとたびは諦めかけたが、調べてみるとWebTVで観られることを知った。早速、登録設定をすると、思いのほか簡単にスマホ・タブレットで視聴できるようになり、TVにつなぎ生中継を楽しむことができた。こうしたスポーツ生中継の放映が無いのは「宮崎あるある」だそうだが、それもWeb社会への変革により状況は一転している。短絡的に諦めれば、生中継を観る醍醐味を失うところだった。もひとつの葛藤は大河ドラマ「鎌倉殿の13人」、この日は「三代将軍実朝暗殺」という山場、こちらはBS放映で18:00から観て、辞世の和歌が朗詠され思わず涙する場面もあった。その後、19:00からWeb中継に集中することができた。

それにしても「ドイツ戦に勝利した」という点が、メディアも我々ファンも頭から離れない「空気」に支配されていたのだろう。どこかで「選手たち(日本代表チーム)はそう思っていない」と信じつつも、スペインに「7対0」で敗戦したコスタリカには「勝てる」という奢りばかりが先立たなかったか。森保監督の「一喜一憂せず」というドイツ戦勝利後の言葉の背後には、「一喜一憂する」という危険性が語られていた。考えたのは「和」という、この国の精神性。試合後のスタンドやロッカールームを綺麗に清掃する点が、「なごむ」文化として外国メディアから賞讃された。しかし我々が接する国内メディアでは、「歓喜の勝利」「ドーハの奇跡」などという喧伝が目立っていなかったか。それは僕自身も自省するところであり、「欧米列強」という語を使用しサッカー界の30年の躍進を小欄でも讃えた。思うに、まるで「日露戦争」の勝利のようにメディアの発信と世論が交錯し「たかが奇跡による一歩」を「肩を並べた」と勘違いする「空気」を醸成した。この時点で来るべき戦いで奢りによる大きな代償を受けねばならぬことを、僕らは歴史で学んでいるにもかかわらずである。コスタリカ戦はまさに相手のペースに「なごむ」ことで、「守り切って1チャンスで得点する」という術中に嵌り切った印象があった。昨今よく「一丸となって」と吐く各分野の人々が多いが、「一丸」は「変化」に脆弱であることを心得ておくべきだ。

無垢に向き合う謙虚さ
相手への「慈しむ心」があれば自ずと視野は広がるが
相手への奢りがある時点で落とし穴があることを自覚するべきだろう。



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