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富士山の頂上に登る気なくしてー「欧米列強」という意識

2022-11-25
岡田武史さん解説での比喩
「奇跡」ではなく「一喜一憂」せず
スタンドやロッカールームの清掃が話題にもなって

やや眠気に襲われる1日を過ごした、というのも前晩にW杯「日本対ドイツ」を最後までTV観戦したからだ。終盤に興奮する場面が集中していたからか、あまり深く寝付けなかった気がする。それにしても「よく勝った」という思いを持っていたが、いくつかの点で省みるべだと考えた。もとよりW杯本戦に出場できているのに、対等に向き合えない筈はない。スポーツは「水物」であり優勝4回・準優勝4回と決勝まで8回進出しているドイツであっても、今回のチームがどれほどかは未知数であるはずだ。またサッカーは守り切って「0対0」ならば勝ち点1、個人技で劣っても組織で守れば勝機はある。冷静に考えればこうなるのだが、どうしても「ドイツ(欧米列強)には敵うわけがない」という劣等意識が僕たちのDNAに刻まれているのを感じざるを得ない。ところが今回の日本代表は違っていた、前半のPKによる痛い失点がありながら1点で凌いだ。前半最後の方でドイツのシュート機会が「オフサイド」と「VAR判定」で認定されたことも大きな岐路であった気もする。後半へ向けてシステムを変更したことが、前半の劣勢を忘れさせる組織的戦術が功を奏した。

昨日になっての番組において、元日本代表監督の岡田武史さん曰く「富士山の頂上に登る気なくして本当には登れない」と、「頂上に登るための準備をしてきたはず」という弁に納得した。今回の開催地のドーハは、1993年10月28日、W杯初出場まであと1勝の日本代表が対イラク戦で終了間際ロスタイムに同点とされ、出場を逃したという日本代表にとって「悲劇の地」であるのだ。まさにあらゆる「劣等感」を引き摺らざるを得ない環境でも、冷静さと高い意識を失わなかった日本代表チームに学ぶことは多い。あの日、相手のショートコーナーから「同点にされた」瞬間を僕は今でも忘れない。当時はサッカー部が全国優勝をするような勤務校にいたので、翌日の授業ではサッカー部の連中と「悲劇のショック」について語り合ったのを記憶する。あれから「29年」、日本という国の政治・社会はともかく、明らかに「サッカー日本代表」は進化したのだ。その後のW杯出場経験や、日常的なJ1・J2・J3を始めとする国内のサッカー界の積み上げには敬意を表したい。組織力と戦術、そして多くの選手が欧州などで個人としての力も上げている。明治以降154年の「欧米列強」意識は、これによってやっと大きな分水嶺まで辿り着いた印象だ。最後に、選手のロッカールームやサポーターらのスタンドがいずれも使用後に綺麗に清掃がなされていた、という点を海外メディアが盛んに喧伝している。SDGsなどを考える上でも、清掃や整理整頓におけるこの国の意識は、「世界が求める範」になる可能性を感じさせた。

思考は現実化する
思いを抱くのみならず意識と実行と決断と
世界の中で劣勢なことが多いここ最近、一抹の希望をサッカー日本代表が見せてくれている。


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