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「声とどくかぎりが」ふるさとは命で作る

2022-11-15
「声とどくかぎりがわれのふるさとぞ空行く月に呼びかけやまぬ」(伊藤一彦『森羅の光』)
「ふるさと」は幾つでもありまた作り出すことができる
仕事をしていれば苦しいこともあるがふとやってくる喜びに救われる

今回の公演を通して僭越ながら実感したことは、牧水と僕は「ふるさと」を交換したのかもしれないということだ。牧水が先輩として慕い、妻・喜志子の親戚筋である歌人・太田水穂邸があった場所の前にある産院で産まれ僕の実家は徒歩1分。牧水が仕事場として借り受けていた場所が、宮崎に移住する前に住んでいたマンションのある場所であるという深い縁で牧水と僕は結ばれている。もちろん牧水は東京在住時に何度も転居をくり返しているが、そのほとんどの場所が僕にとっても馴染みの場所である。とはいえ、牧水が「東京」を深く愛していたかというとそうではない。文学で身を立てるために「東京」を離れることができなかった、という方が正確だろう。現に妻の体調を気遣い三浦半島に療養に行ったり、喧騒甚だしい東京を離れ最終的に「永住」と定めて「沼津」を選んでいる。海があり山がある、また牧水が「みなかみ(群馬県みなかみ町)」を気に入って訪ねているのは、やはり故郷・日向の坪谷に渓谷という共通点があったからだろう。その「みなかみ町」にも僕は母方の親戚の集いが開かれ幼少の頃から毎年のように訪れていたことから、やはり地の縁の上で牧水先生は僕を宮崎に招いてくれたのだと思わざるを得ない。

「『ふるさと』とは産まれた場所とは限らない」トークで伊藤一彦先生が語った。牧水にとっては坪谷(生誕幼少期)・延岡(旧制中学校時代)・東京(大学時代から歌人として身を立てるまで)・沼津(晩年)と四つのふるさとがあると言ってよい。いずれにしても生業としての「仕事のため」というのが第一条件になるかもしれないが、地理的に同じ場所であるにしても「ふるさと」を創り出す感性が大切なのかもしれない。冒頭に引いたのは、今回の朗読公演で伊藤先生が読んだ自作短歌である。登壇しつつ朗読を聴いていて、思わず涙が溢れてきた。物理的な定義は難しい「ふるさと」を「声とどくかぎりがわれのふるさとぞ」と詠う。様々な意味で「声=命」であると僕は常々思っていたが、肉声が「とどくかぎり」という現実的な意味とともに「自らの命を賭した声」の共鳴する「かぎり」という意味にも取りたくなる。月は日本のうち、いや地球上からなら共通して見えるはずだが、そんな宇宙にある広い存在へ「空行く月に呼びかけやまぬ」と下の句では詠われている。「声」とは「言葉」であり、まさに「言霊」が宿る。日常語では届かないことも短歌のことばなら「ふるさと」に響き他者とつながることもできる。伊藤先生の「声とどくかぎり」に導いてくれた牧水先生、もはやこの縁のうちに僕の「ふるさと」もできつつあるのだろう。

いずれ『牧水の歩いた東京』といった著書も構想したい
夕刻には宮崎大学短歌会の学生が「歌壇賞」受賞の吉報!!!
「不思議のごとき牧水いとし」「ふるさと」の力はなんとも大きいものだ。


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