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宮崎に生きる価値ー便利さと豊かさの違い

2022-11-07
新幹線が通っていること
様々なお店で何でも買物ができること
否、豊かな自然と食材と柔和な人々と

仙台・東京の旅を続けている間に、伊藤一彦先生が「旭日小綬章」を受賞されたという嬉しい報に触れた。早速、仙台の夜にお祝いの電話を差し上げたが、「思いがけぬ受勲」であるといつもの元気な声で謙遜をされていた。僕としても多分近いうちにこんな機会があるはずだと、最近考えていた矢先で先見的なご縁を感じる機会でもあった。今回の報道記事などでも既に評価されているが、伊藤先生の大きな功績の要因として昨年出版の自選歌集にの副題にもあるように「宮崎に生きる」という点が大きい。歌人として大成するには都会に居住し歌壇に関する活動に取り組みやすい便利さを備えているべき、とされる時代に伊藤先生は生きてきた世代である。しかし、大学卒業後は潔く故郷の宮崎に帰られ、県立高校教諭やカウンセラーとしての仕事でも教育に貢献しつつ作歌を続けて来られた。その結果、高校に取材した作品をはじめ宮崎の自然の豊かさとあらゆるものへの慈しみを詠んだ作品に長けている歌風を確立した。伊藤先生の短歌を読めば、宮崎に生きる素晴らしさが、まさに哲学的に理解できるといってよいだろう。

今回の旅で感じ取ったことは、ここ数日の小欄で記して来た。得たものは桑田佳祐さんライブと友の大切さであるが、副産物のように印象深かったのは「新幹線」と「銀座」である。350Kmほどある東京ー仙台間を1時間半で結ぶ「速さ」は、あまりにも便利と言わざるを得なかった。車窓から感じる速度の実感が相まって、それは「脅威」にさえ感じてしまった。比較するならば1200Kmを1時間半で結ぶ宮崎ー東京間の航空機の移動は、さらに「驚異」の速度とも言えるのだが。またあらゆる店が立ち並ぶ銀座で買物をするに、「物欲」を叶えるにはこれ以上ない場所だとあらためて実感した。長年、生まれ育った故郷・東京であるが、宮崎で10年間の生活を経てそれは「化け物」のように見えてしまう。「物欲」を中心にした「便利さ」がそんなに必要なのであろうかと。隙間なくなるべく交通機関に近く便利なように建てられた高層マンション、短時間で都内の至る所に移動できる地下鉄網など、「便利」に向けて東京は空に向け地下深く「自然」の「人工」による掘削をくり返している。羽田に着陸する際に見えた黄色く濁った大気、「便利さ」の代償として東京は「生きるための空気」を手放して来たようにも見えた。

新型コロナ禍による都会からの移住の動き
溢れ返る人並みの銀座歩行者天国
「豊かさ」とは何か?あらためて自らの心に問いかけている。


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