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題詠「バス」ー宮崎大学短歌会10月歌会

2022-10-18
「バス」」への個々の多様な思い
地方におけるバス路線のあり方なども
バスは果たしてecoな乗り物なのだろうか?

後期初の宮大短歌会歌会、今期は定例が月曜日とされほぼ隔週での開催が計画されている。創設時から顧問として、必ず歌会には出詠して参加するという主義を貫いて来た。今回は出張の最中の詠草〆切と帰還して直後の歌会となったため、オンライン参加で主義を貫くことにした。出詠10首、参加者6名(うちオンライン2名)題詠「バス」である。生活に身近な「バス」であるが、実に多様な捉え方や向き合い方があるものだと、詠草を読んでしばし考えさせられた。地方都市では特に「バス」は、重要な交通手段である。しかし、赤字廃止路線の問題など実情はかなり厳しい現実も表面化しつつある。個々に多様な目的を持ち、一つの車両に乗る人々の何を運んでいるのだろうか?「座席」「降車ボタン」「タイヤ」「乗車口」「時刻表」「特定路線」「バス停」などを素材とした歌から、あらためてその存在理由を深く考えさせられた。

今回はオンライン参加によりあまり十分議論に与していないので、いささか僕自身の体験を記しておきたい。幼少時の鮮烈な記憶は、「バス」よりも「都電」である。家の近所の大きな通りに路線がありそこには車庫もあった。祭日などには「花電車」が運行され、沿道で見物をする人も多かった。だがいつしか、路線が次々と廃止され「都バス」に転身していった。今現在、あらためて地球環境への配慮が叫ばれる中、「路面電車」の廃止はいかがなものだったのかと考えてしまう。中学校に入学するとバスの「定期券」を持たせてもらった。だが次第に「歩ける範囲」だと自覚するようになって、バスと競争するように歩くようになった。「歩ける範囲は歩く」という主義は、この頃からの僕の発想の根本にある。今回の山口大学への出張でも、宿泊地や懇親会会場から大学までは2Km少々の距離があった。会場校からは「バス時刻」の案内があり、タクシーを使用する人々も少なくなかった。懇親会へ向かう際も、1便と2便のマイクロバスがあり僕は「2便」に指定されたので30分待つよりは歩けば先に到着すると見越して歩いた。夕刻ゆえに途中でやや道路が渋滞し、路線バスを容易に抜くことができた。2Kmは毎朝のウォーキングの標準的な距離である。イメージとして若山牧水が歩いて各地を訪れ、短歌を作る頭も活性化させていたように、僕は山口でもひたすら歩き続けたのであった。「SDGs」が盛んに喧伝される昨今、過剰に「乗り物」を使用するのは生活習慣病も誘発するだろう。高齢化社会も配慮しつつ、公共交通のあり方が問われている。

確か採用面接の際にも「次のバスを逃すと」と配慮された覚えが
市内への歌会や呑み会に向かうバスの思い出も多々ある
観光バスや高速バスの歌が見られなかったのも一つの特徴であったかもしれない。


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