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意見を言うこと声に出すこと

2022-09-30
意見を言ってこそ相手を、その場を尊重している
意見を言わない後悔より言った後悔
そしてまた黙読ではなく声に出すことの意義も

小学校も半ばを過ぎるまでは僕はかなり引っ込み思案で、周囲からいじめられるような経験をした。だがいつも心の中で「この場面ならこういうことを言ってやりたい」と心の中で想像していた。例えば、授業中でも周囲が言う意見と違う考えを述べて、画期的な新しい視点を学級に提供するような妄想をよくした。次第に自我も発達し「自分は意見が言いたい人」なのだと明らかに悟るようになる。小学校4年生頃から妄想を実行に移し、社会の授業などでは「先生も知らないこと」をよく発言するようになった。日頃から「地図と年鑑」が好きでよく読んでいたので、音楽が専門だった担任の先生は授業中に、僕によく「内容を確かめる」ように発言を促した。この経験は「発言して場の空気感が変えられる」という面白さを、僕に実感させたのだ。以後、意見は「言った後悔より言わない後悔」の方が大きいと思うようになれた。現在でも研究学会でも、可能な限り質問をするように心がけて参加するようにしている。質問をしないということは、対象となる研究発表に対して失礼なことではないかと思う。

会議や学会で意見を言うのは、「声」で伝える行為である。意見は単に言えばよいのではなく、「言い方」も大切だ。全体の流れを汲み、その場の議論から新しい物を生み出す可能性を持った内容が求められる。論点をズラして自らの考えを滔々と述べるとか、前提から外れた「批判のための批判」を言う向きの輩がいるが、それを「意見」とは言えないとさえ思う。同時にこうした類の多くは、意見そのものの言い方が「何が言いたいのかわからない」場合が多い。もとよりその場の提案や議論の趣旨を、自らが理解していないのではないかとさえ思う。「質問」の言い方が全く整理されていない状態を伴う。また発言する際の「声」のあり方にも、僕は大変に深い興味がある。内容の不明確さは「声」のあり方によってさらに増長もし、補われる場合もある。「どのような言い方をどのような声で伝えるか」内容や場に応じて、僕はこんな部分も調整するようにしている。話は変わるが、11月に宮崎市内で「若山牧水に関する朗読&トーク」の公演に出演する。この日はメンバーとの初顔合わせ、とりあえず僕が読もうとする部分の雰囲気を伝えるために朗読をした。共演する演奏家たちとの実りある共鳴感、やはり伝えるのは「声」なのである。

【11月13日(日)午後「いとしの牧水ー短歌・朗読・トーク」公演・宮崎市内】
詳細はあらためて告知致します
深い思考を持った「声」を出せるよう、今後も心がけていきたい。


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わざわざ言うことの意義と虚脱

2022-09-29
前提であることを言わねばならぬ
「ない」と言えば「あり」、「あり」と言えば「ない」
「水」のように容器に合わせて形を変えらてこその理解

誰しもが小学生の頃、「手のひらを太陽に」という曲を唄った経験があるだろう。もしかしたら年齢によって唄う経験も失われてきているのかもしれないが。アンパンマンで有名になった、やなせたかし作詞、いずみたく作曲、歌は宮城まり子、1961年(昭和36年)に制作され、1962年にNHK「みんなのうた」で放送された楽曲。当初は反響もない曲だったようだが、1965年(昭和40年)になってポニー・ジャックスが歌いレコード発売され、その年の紅白歌合戦で歌唱し大きな反響を得たとされている。1965年といえば戦後20年、高度経済成長の社会の中で「生きている」という前提をみんなが忘れ始めた時期であったのかもしれない。「手のひらを太陽に すかしてみれば まっ赤に流れる ぼくの血潮」という歌詞には、自らの身体に血流があることの発見である。いわば前提となることを敢えて「言った」歌詞なのである。「かなしいんだ」「うれしいんだ」「愛するんだ」という歌詞もまた、人の感情は「生きている」ことが前提であることに気付かせてくれる。命の実感が薄れてきた時代に、「生」の意味を再発見させる歌だったのだろう。

「生」を自覚するには、宿命たる「死」を自覚する以外に方法はない。言い換えれば「死」を意識してこそ、「生」を貴重なものと認識できるわけだ。前述の曲が人口に膾炙して60年近くが経過した今、まさに「生」の自覚なき時代になってしまっているもではと危惧する。前提として当然のことを人々が自覚するためにあるのが詩歌、だと言える。その詩歌はもとより、文学そのものが社会での影を薄くしている。だが望みがないわけではなく、若者たちの短歌ブームなどは「生の自覚」をことばに乗せて求めようとするゆえのことだろう。こうした発見の詩歌のことばは大いに意義あるものだ。これに反して、社会には虚脱する言葉も溢れている。無いことを有るかのように言う、空虚な言い訳めいた言葉だ。真実を隠すために十分に吟味されたとも思えない言葉で「ハリボテ」のように形作る。「聞く力」という言葉は、それが無い体質だから前提ながら言っているに過ぎないのが明らかだ。詩歌に比べたら次元が違いすぎる言葉、僕たちは注意深くことばを吟味していく必要がある時代なのだろう。

丸にも四角にも三角にもなる「水」
柔軟な思考こそが平和を形作る
言葉に騙されず、ことばを信じて。


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銃弾と分断のなき社会へ

2022-09-28
銃弾により人の命を殺める非道
塀を作りたて「こちら側」「あちら側」と分断する野蛮
多様で熟慮ある社会を我々一人ひとりが作り上げるために

かつての職場にこんな人がいた。闇のあだ名は「横綱」、恰幅の良さはもとより見えない権力の持ち主で多くの人たちがなぜか服従してしまう存在であった。管理職であってもたやすく逆らえない存在で、多くの人たちの弱みでも握っているのか?と疑うほどであった。本来なら正されるべきことであっても、誰も諌めることもなく我が物顔で自らの思い通りの言動を通していた。周囲にはその見えない力の傘下で擁護をしてもらおうと露わに擦り寄る人たちがいて、反発を持ちながらもお世辞しか言えない人たちが大半であった。ひとたびその人に嫌われたならば、職場の枠内に留まるのは難しいと思えるほどの存在。「私に従うのか?従わないのか?」という詰問的な圧を日頃から発している。もちろん僕も疑問に思うことが山ほどあったが、相撲取りならぬ「裸の王様」に「王様は裸だ!」という子どもにはなれなかった。「ムラ社会」的な因習なのだろうか?この国の社会には、公平公正よりも「見えない力」こそが社会を動かすと信じて疑わない通念が身近にも蔓延ってはいないだろうか。

今年の7月8日(金)、あってはならぬ銃弾による元総理の暗殺。深い衝撃と弔意を持ったのを忘れない。2月のロシアによるウクライナ侵攻以来、「武力による現状変更」という言い方を聞くようになった。近現代史で2度の世界大戦という蛮行への反省の先に、今の時代は立つ。だが未だに「武力」から脱却はおろか、他者排斥のような状況で行使されている。「蛮行」という言い方もよく使われるようになった。「前近代的な粗野で乱暴なふるまい」という意味だが、あくまで僕らは「ペンは剣よりも強し」と信じて社会を構成しているはずだ。「話し合いで解決できる社会」ではありながら、前述した「見えない力」に支配される事例が後を絶たない。「ガキ大将」が「子分」たちを囲うように、「従うか?従わないか?」とされた分断社会。今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に見る抜きん出た功臣を殺めて力を維持するような方法が、現代においてあってはならないはずだ。だが「近現代」という概念自体が幻想であるのかもしれない。僕ら一人ひとりがどう考えるか?「近現代社会」を支えるのは、その「民」の力なのだと信じていたい。

考えよう語り合おう
「見えない力」には溺れないことだ
東京の何人かの親友が伝えた状況を静かな宮崎で聞いた1日となった。


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偶然の友にもらう元気

2022-09-27
2日間のオンライン研究学会の疲れが
研究室で眠気に襲われ頭が冴えない
近所の親友と偶然に近所の店で元気をもらう

オンラインによる研究学会は、出張移動の負担もなく研究費も節約ができる。誠に利点ばかりと思いきや、ほぼ1日半を丸々パソコンに向かっているのは身体にそれなりの大きな負担なのだと実感する。講義でも同様のことを感じるが、「オンライン」で研究室から「動かない」ことで余計に疲労度が増す。パソコン画面の光は眼精疲労を増長させ、身体は歩かないことで脳も活性化しない。講義や出張で「動く」ことには、人間としてそれなりの意義があるのだろう。単純に考えて脚が退化したら脳も働くなるというのが、高齢者などの問題としても顕著なことである。スマホを始め「オンライン」の利用によって、更なる「生活習慣病」の増加が懸念されてもおかしくない。この2年半の「コロナ禍」により、僕たちはさらに「動かない」生活を余儀なくされている意識を持たねばなるまい。冒頭に記したように疲労のためか、この日は研究室での仕事にまったく精彩を欠いた。

妻も仕事がハードで、残業を余儀なくされると言う。先に帰宅してカレーでも作ろうかと思いきや、妻は夕食も出る残業だというので余計に料理のモチベーションが下がる。そこへ来て前述のような疲労、身を引き摺るように帰宅して自宅至近の焼き鳥屋の扉を開けた。すると近所に住む親友夫妻の顔が飛び込んできて、向こうも偶然に驚きの笑顔を見せた。まさに「渡りに船」だと心の中でつぶやき、彼らの隣のカウンターに座らせてもらった。前週の台風通過にまつわる周辺の諸事情、コンビニを含めて多くの店が臨時休業で食料調達が困難であったとか地域の話題でも新たな情報が入ってくる。この親友夫妻との付き合いは、まさにこの地域に住むことの意義を実感させてくれる。また何より異業種なのがいい。諸々の話題によって脳内の違うところが刺激されるようで、疲労感が焼酎お湯割りの湯気のように飛んでいくようだ。まさに「対面」の妙を実感。そういえば「オンライン学会」に決定的に欠けるものは、懇親会(飲み会)であることを忘れてはなるまい。

話題は日本の将来を憂えることまで
「気の置けない友」とはこういうことだ
動いて人に出会ってこそ生きている実感が持てるものだ。


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研究発表司会として

2022-09-26
自分が発表をした際のことを思い出し
質問を予想して事前に要点をまとめるべく資料を読む
時間内での進行を心がける陰の存在として

第41回和漢比較文学会大会オンライン2日目。研究発表が5本行われるにあたり、午前中最初の司会を担当することになっていた。司会担当は準備理事会で決定されるが、発表される研究分野に近い領域の研究者がするのが慣例である。所用で準備理事会に出席できなかったゆえ、学会事務局の先生からメールをいただき発表内容からして快諾をした。2日前からダウンロードできる発表資料を事前に読み込むと、参考文献に僕自身の論考もあり当該の素材の和歌が引用されている。あらためて自らの過去のの論文も読み直し、今回の発表の論点と絡む点を確認しておく。若い方の研究発表に関わるに、やはり自らが若い頃に発表した際のことを思い出す。その時の気持ちになって、発表者が十分に質疑応答で成果があるように司会者は努めるべきと思う。

今回のご発表者の研究内容は、今後においての論文化などもあろうから小欄での言及は控える。発表時間の35分間は実に適切に遵守され、提示された資料も的確な内容であった。司会を担当した際に質問者がいるかどうか?は実に大きな焦点である。もし質問が出ない場合は、司会者自らが質問を準備し議論を活性化せねばならない。前述したように自らの研究領域に関連した内容であるゆえ、特にこの日は僕自身が自信のある論考に関する内容なので発表を聞いた段階で3点ほどは質問が用意できた。同時にこうした質問を用意することが、参加者からの質問の予想ともなり議論を整理していくのには役立つ。極論をすれば研究学会に参加するのは、「質問をするため」であると言っても過言ではない。短歌実作も同様であるが、発表を聞いて「ああそうですか」という思いを抱くのではなく、「謎に突っ込みたくなる」のが魅力ある表現であり研究ということが言えそうだ。

様々な分野の発表からの刺激
自らの今後の研究へ扉を開く意識が発動する
2日間、自宅書斎でのオンライン学会が終了した。


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訓読という行為ー解釈・翻訳としてー和漢比較文学会大会シンポ

2022-09-25
中国文の直訳的翻訳
外国語が日本語として読める解釈行為
「訓読」そのものが日本語の文体を鍛え育てたことも

第41回和漢比較文学会大会が、オンライン開催された。新型コロナ第7波の感染状況が見通せない中、計画段階からオンラインによって進められて来た。本年度は対面を復活させる学会もあるところ、地方や海外からの参加も容易な「オンライン」を活かしていく方策として一つの選択であるように思う。個々の参加者の出張費の節約、また会員数減少が問題とされ会費収入の減少が見込まれる学会経費の節減にも有効な手段であるといえる。昨今は大学施設で学会をするにも、費用を請求されるご時世であることも手伝っての選択だ。さて初日は標題のように「訓読」という行為についてのシンポジウムが、長時間に渡り行われた。『新釈全訳日本書紀』(講談社2021)が本格的な注釈ながらも、訓読が付されなかったことを問題意識の出発点として議論は始まった。日本では長年の蓄積から「訓の体系」が編み出され、中国文である漢文を自由に読みこなすことができるようになった。特に『日本書紀』の訓は「字音語」が無い「意訳的」な訓読であり、漢文の一般的な訓読とは異質なものであるなどが、基調講演や報告によって示された。

また「国語教育」の立場から「訓読の学び」のあり方がどのようになっているか?という報告もあり、個人的には大変に興味が惹かれた。現在の学習指導要領では、小学校高学年から中学校1年生まで、漢文に親しむことを意図して「音読」により「訓読文」の学習が設定されている。中2になって「漢詩」を「原文」で扱い、中3で「原文」と「訓読文」の差を意識した学習となり高等学校へと連なる。「探究」という色彩が強くなった今回の学習指導要領の改訂で、高等学校では一層「中国など外国文化との関係」を「国語」の上で考えることが強調された。以上のような報告に対して「音読」から導入される学習段階の成否、また原文を示さず「訓読文」のみを「音読」して、学習者の日常の言語生活といかに関わりがあるかという点について僕は質問を投げ掛けた。オンライン学会として「質問フォーム」への記入のみで発言はないとされていたが、議論の展開から発言を求められ、前述の内容を「例えば唱歌(校歌なども含み)の歌詞の文語を意味がわからないままに唄う音楽の学び」などを例に、「親しむ」という学習目標のあり方の意義を投げ掛ける発言をさせてもらった。「訓読」は歴史の中で「書記言語」の「解釈・翻訳」的な行為であるところ、「訓読文」そのものを「音読」するという「歴史の流れには反した学習過程」があることへ疑義が示される意見も出された。結果、日本語・日本文学の中に生きて来た「声」として通行・慣習化される「訓読」の効果と、まさに「解釈・翻訳」として開発されて来た「体系化」の問題が双方向に絡み合いながら発展して来たのが「訓読」の実態であることも炙り出せたように思う。こうした「訓読」への理解を、特に中学校・高等学校の先生方が深く認識することが大切であることも再認識するシンポジウム内容であった。

「漢文」を「国語」で学ぶ意義の基礎基本
「文化」として「国語」を教えるという教員の意識を醸成しないと
「訓読」という偉大なる文化的遺産を将来に引き継ぐために


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エリザベス女王追悼

2022-09-24
若き日にバッキンガム宮殿前にて
映画「エリザベス 女王陛下の微笑み」
英国を再認識した国葬に女王を悼み

1990年の新年を迎えた(日本時間)のは、ドーバー海峡上のホーバークラフトの船内(1989年12月31日夕刻)だった。ドーバーの白碧が聳り立つのを横目にして港に着岸し入国審査を受けると、かなり厳しい審査官に当たった不幸だろうか?滞在先を問題視された。当時は初任校の同僚が同校のロンドン校に出向していたので、そこへ転がり込む予定だった。だが事前調査もしておらず、「滞在先住所」がわからない。審査官は「不法就労」かのようなことを低音の声で語り、「入国を許さない」といった構えだった。もっとも髭面に革ジャンという出で立ちは、そう思わせることを助長していただろう。英語で必死に「私は日本の教員で同僚がロンドンで教員をやっている」ことを力説し続けた。時間にして15分間ほどはアピールしただろうか、僕の審査ブースの後は長蛇の列になっていた。最後には1週間後にパリから日本へ帰国する航空券を見せると、「不法就労」ではないことが理解されたらしくようやく入国の運びとなった。これが僕の「英国初体験」である。

ロンドン市内を巡り一番感激したのは、バッキンガム宮殿を前にした時。思わず「エリザベス!」と大声を上げると、同行していた同僚が「やめとけ」と制止した。何か得体の知れない感情が僕の中に湧き起こり、宮殿の主である女王陛下に「私は此処に来た」と知らせたい心境だった。入国審査の苦い思いも忘れ、幼少の頃から映像で観ていた女王の住んでいる場所に来た感情の高まりが抑えきれなくなったのだろう。この度の女王陛下の逝去にあたり、謹んでご冥福をお祈り申し上げたい。国葬の様子を映像で観ていて、再び英国に行ってみたくなった。そして入国審査の厳しさも、当地での料理の味も、オックスフォード大学の雰囲気も、なぜか僕らの親和性があるのではないかなどと考えるようになった。こんな思いから、昨日はドキュメンタリー映画「エリザベス 女王陛下の微笑み」を観た。これまでの女王陛下の様々な場面での微笑み映像を精査し、「エリザベス」が君臨した時代を語る内容であり、抱いていた思いに納得することができた。天皇皇后両陛下とも関係の深い英国、日本でも自動車が左車線を走るように、明治以降の関係などからして今一度考えてみるべき時なのかもしれない。

もはやトンネルができてホーバークラフトは
あの頃から今日までのエリザベス女王陛下を偲び
英国のこの先に思いを馳せながら


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合格とか抽選の発表

2022-09-23
研究費用の採択とか
学生の進路関係の合格とか
そしてライブチケットの当選とか

人生で決して忘れることのない合格発表が、2度ある。一度は大学学部の合格発表、私立大学でも最後の最後に設定された志望大学の入試日程。しかも「その大学にしか行かない」と決意していただけに、「浪人覚悟」で後が無い合格発表であった。当時は受験者数も桁違い、志願票を早く出した僕は「2桁の受験番号」で合格発表の掲示板に近づいていくと、2桁が「10人」程度しか並んでないのが最初にわかった。(倍率からみてそういうことだろう)恐る恐る掲示板に最接近し見上げて2桁の数字を確認していく中に、僕の受験番号を見つけることができた。まさに人生が大きく動き出した瞬間であった。2度目は大学院入試、現職教員ながら社会人入試ではなく一般入試で受験した僕は、正直なところ試験にまったく自信がなかった。合格発表の日も仕事を終えてもう誰もいない薄暗い掲示板を見ると、僕の受験番号があった。教員から研究者へ再起できる第一歩の合格であった。

最近は「発表」というと、「研究費の採択」「指導学生の就職試験や院試」さらに個人的ではあるが桑田佳祐さん(サザンオールスターズ)のライブチケットあたりがドキドキする。研究費は以後の研究推進に大きく影響し、一覧表による事務的な発表が実に冷徹な感じを受ける。もちろん申請書を書き尽くす苦労が常に思い返される。また指導学生の合格結果報告の手段も多様化した。LINEですぐさま報告してくる者もいれば、直接面と向かってという者もいる。(コロナ禍で後者はだいぶ減ったが)いずれにしても吉報を聞くと、指導者としては実にありがたい気持ちになる。「教育」とは「自分の体験した意識を次の者へ引き継ぐために追体験をさせる行為」だと、大学学部の教職の講義で最初に教わった。まさに指導学生が「人生を開く」体験をして吉報を聞くときは「教師冥利に尽きる」と言える。最後にライブチケット、もちろん前二者と同一視するわけにはいかないものの、僕にとっては「人生の」という次元だ。最近はWeb上で結果確認画面にアクセスする方式で、メールも随時届くというシステム。当選結果発表の時間になっても、見るかどうかとそわそわする。落選の虚脱感、当選すれば当日に向けて心が躍る。前二者は「自らの実力」が試される発表だが、自分ではどうしようもないチケット抽選へ向き合う非情さを楽しんでいるような趣だ。

人生は実力、自らが開拓していく
そしてどうしようもない抽選の運命に身を委ねる
発表という楽しみとして、これからも多くの機会を味わっていきたい。


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仮面としてのマスクを考える

2022-09-22
市役所の支所へ行けば
馴染みの方々に2組も偶然に会えた
マスクで顔がよくわからないなどと言いつつ

必要があって市役所支所へ赴いた。申請書に書き込み、順番待ちのカード番号を発行し待合椅子についた。すると見たことのある方が、近くの椅子に腰掛けた。ただし、お互いにマスクをしているので、「たぶん」とは思いながら確信が持てない。僕の方からほぼ間違いないと思い、「こんにちは」と声をかけると、「私、知っていますけど」となかなか誰だかわからない様子。それを察知したので、「・・です」とこちからか名乗ると、「あ〜!」と僕だということをわかってくれたようだ。「マスク」といのは、感染対策の用途以外にある種の「仮面」になってしまっている。ほぼ眼と頭髪の情報しかない。街を歩けば「似たような」人だと思うことも、以前より多くなった気がする。有名人が所謂「変装」するのは、帽子とサングラスが定番だが、「マスク」が加われば最強だろう。僕たちは公共の場で、顔の全貌を曝さない社会に生きている。

勤務校では今年度4月から「全面対面」が貫かれている。ゆえに新入生の「仮面を剥いだ素顔」を僕は知らない。感染対策に効果があるとされ、ほぼ日本では着用が暗黙で義務付けられている。エリザベス女王の国葬に参列された天皇皇后両陛下であったが、往復の航空機では「白マスク」、英国到着時は「黒マスク」、国葬参列時は「ノーマスク」という変化があった。一部の報道によると「宮内庁の熟慮」だそうだが、まさに日本の国家国民を象徴しているかのような事例であった。周辺の状況に「和をもって」同調していく、という訳だろう。欧州では、ほとんど公共の場でマスクを着用している人は見かけない。特に「白マスク」は「病人か医療関係者」に見えるらしい。あの荘厳な女王の国葬の場で、仮にマスクをしていたら明らかに場違いな印象を世界に与えることになる。顔全体の表情や喋る際の口の開閉など、マスクが個々人の身体に影響を与えている面も否めない。「みんながしているから」という同調主義の際たる現象が、コロナ禍の「マスク」ではないか。翻ってこれほど「マスク」を着用している国が、しばらく感染者数世界一であった現実を僕たちは、どう評価していったらよいのだろうか。

この2年半「マスクをしないで過ごした」という親友も
ウォーキングなどの機会には僕も既にノーマスクだが
「国民総マスク」製造販売業者は潤っているのだろう。


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題詠「空」ー宮崎大学短歌会9月例会(2)

2022-09-21
「大空」のことと「空っぽ」のこと
題詠の文字を初句の最初に使用するのは?
「空の青海のあを」牧水の「空」と「海」と

宮崎大学短歌会9月第2回目の例会、本年度は夏季休暇中ながら前期の定例火曜日開催が安定して継続実施されている。オンライン開催という効もあるようだが、参加者としては帰省しているなどの理由でやや少ない。それでも継続することに、大きな意義を覚える機会となる。出詠10首、参加者7名、題詠「空」の歌が並んだ。題詠を決めた司会担当者によると、多様な「空」の歌が出ることを願っての設定という。だが、全体的にみて「大空」のことを詠む歌と「空っぽ」を詠む歌に二局化した結果となった。「多様な」という意味では、「空気」「空白」などの語義に関連した歌があってもよかった。そんな中で「空中給油機」の歌があったのは、個人的に惹かれた。ただしこの世界情勢にあって、軍事装備を讃えるかのような歌を詠う意義については一考すべきかもしれない。

以前に心の花全国大会に参加した際、選者の谷岡亜紀さんが言っていたこととして「題詠の漢字を歌の最初に置くことの疑問」を思い出し、この歌会でも学生たちに紹介した。谷岡さんはその折に詳細な理由は述べていなかったが、題詠の文字を活かすために一首全体の構造を捉え十分に考えた上での表現かどうかという趣旨であったように思われる。今回の10首の中で、初句の最初に「空」が置かれた歌が4首と半分近くに及んだ。学生らの批評の中で、冒頭に「空」を置くとどうしても「景色の説明」になりがちであるというものがあった。一首全体で言いたい「心」を表現するのが「歌」だとするならば、「人の心」を「種」とせず「文字の説明」に流されて行くという傾向を帯びやすい。短歌構造全体において、「空」をいかに活かしイメージを膨らませ、言いたい「心」を韻律に乗せて言うかが肝要ということだろう。新たに牧水短歌甲子園経験者も加えて、充実した歌会は2時間半に及んだ。

歌会あれば咏い続けるという意義も
この夏季休暇のうちに新たなメンバーも増えて
後期10月からは曜日を変えて開催予定である。


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