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技巧か直情かー明るい未来を築くことば

2022-05-31
技巧があると相手に伝わりやすいのか?
「月が綺麗ですね」と言うか「あなたが好きです」と言うか
ことばに出して心にわだかまりがなく明るい未来へ

1年生配当担当科目「国文学講義1」では『伊勢物語』を講読している。日本文化の原点たる「歌物語」であり、「昔男」を中心に「恋の機微」が様々な和歌とともに表現されている。まさに人間の多様な「心の諸相」を読むには格好のテキストである。毎年この時期になると入学後2ヶ月近くということもあり、学生たちが大いに盛り上がる回がある。高等学校でも馴染みの教材である「筒井筒」を扱う回だ。幼馴染の男女が年頃となり和歌を読み交わして、双方が本意のままに結婚をする。しばらくして女の親の財力が衰えると、男は別の女のところへと通うようになる。当時の「通い婚」の風習からしてさして特別なことではないが、女は男に悪い顔一つせず送り出す。男の方がむしろ悪気もなく送り出すことで女こそ浮気をと疑い、庭の植え込みに隠れていると女はたいそうよく化粧もして歌を朗誦する。「風吹けばおきつ白波たつた山夜半には君がひとり越ゆらむ」序詞・掛詞・縁語を駆使した、平安朝なりの雅やかであり自らのことを心配する愛情の深さに男は心を打たれ、以後は通っていた女の元へは行かなくなったという内容が語られている。

さて気になるのは、しばらく通っていた方の女のこと。通わなくなったことに対し「私は恋し続けている」という趣旨の二首の歌を男に贈ってよこすが男の心は動かない。さらには男がなんとか訪ねた際に、自らがお杓文字を手に取り飯をよそう様子が見え、男はこの通い先の女に幻滅する。だがひたすら直情的に男を恋しているという思いを歌に託す。要はこの通い先の女は技巧的ではなく「直情的」に自らの男への恋の思いを歌に表現して贈った。以前からの妻は、技巧的な表現に込めて「男のことを心配する気持ち」を詠み、男に偶然にも伝わる。今「偶然にも」と書いたが、毎年の講義では学生たちから「この元の女」こそあざとく意図的に「化粧して」浮気する男が植込みに隠れているのも知った上で和歌を声で詠みかけるのだという意見が聞かれる。だが「化粧して」というのは、当時は神に祈る際には「化粧」をするものとも考えられ、むしろ真摯に男の安全を神に祈っていたとも解せる。さらに和歌を声で朗誦するのも、当時としては日常的な行為である。今年度の学生たちは、この「元の女」と「通い先の女」のどちらの和歌を支持するかを両者を肯定する立場から対話をくり返し、講義の最後に各自の考えを示してもらった。やや「元の女」の支持者が多かったがほぼ互角の人数、議論の焦点は冒頭に書いたような和歌を詠む方法に及んだ。本文に依拠しない双方の「女」の心情を詮索するのではなく、和歌表現そのものを読もうとする姿勢のある的確な議論に発展した点は大きな成果であった。

思ったことを相手に包み隠さず伝えること
短歌は手紙、相手の心に穏やかに沁み渡るもの
ことばの持つ繊細さを活かして身近な人との関係も良好に保ちたいものだ。


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