技巧か直情かー明るい未来を築くことば
2022-05-31
技巧があると相手に伝わりやすいのか?「月が綺麗ですね」と言うか「あなたが好きです」と言うか
ことばに出して心にわだかまりがなく明るい未来へ
1年生配当担当科目「国文学講義1」では『伊勢物語』を講読している。日本文化の原点たる「歌物語」であり、「昔男」を中心に「恋の機微」が様々な和歌とともに表現されている。まさに人間の多様な「心の諸相」を読むには格好のテキストである。毎年この時期になると入学後2ヶ月近くということもあり、学生たちが大いに盛り上がる回がある。高等学校でも馴染みの教材である「筒井筒」を扱う回だ。幼馴染の男女が年頃となり和歌を読み交わして、双方が本意のままに結婚をする。しばらくして女の親の財力が衰えると、男は別の女のところへと通うようになる。当時の「通い婚」の風習からしてさして特別なことではないが、女は男に悪い顔一つせず送り出す。男の方がむしろ悪気もなく送り出すことで女こそ浮気をと疑い、庭の植え込みに隠れていると女はたいそうよく化粧もして歌を朗誦する。「風吹けばおきつ白波たつた山夜半には君がひとり越ゆらむ」序詞・掛詞・縁語を駆使した、平安朝なりの雅やかであり自らのことを心配する愛情の深さに男は心を打たれ、以後は通っていた女の元へは行かなくなったという内容が語られている。
さて気になるのは、しばらく通っていた方の女のこと。通わなくなったことに対し「私は恋し続けている」という趣旨の二首の歌を男に贈ってよこすが男の心は動かない。さらには男がなんとか訪ねた際に、自らがお杓文字を手に取り飯をよそう様子が見え、男はこの通い先の女に幻滅する。だがひたすら直情的に男を恋しているという思いを歌に託す。要はこの通い先の女は技巧的ではなく「直情的」に自らの男への恋の思いを歌に表現して贈った。以前からの妻は、技巧的な表現に込めて「男のことを心配する気持ち」を詠み、男に偶然にも伝わる。今「偶然にも」と書いたが、毎年の講義では学生たちから「この元の女」こそあざとく意図的に「化粧して」浮気する男が植込みに隠れているのも知った上で和歌を声で詠みかけるのだという意見が聞かれる。だが「化粧して」というのは、当時は神に祈る際には「化粧」をするものとも考えられ、むしろ真摯に男の安全を神に祈っていたとも解せる。さらに和歌を声で朗誦するのも、当時としては日常的な行為である。今年度の学生たちは、この「元の女」と「通い先の女」のどちらの和歌を支持するかを両者を肯定する立場から対話をくり返し、講義の最後に各自の考えを示してもらった。やや「元の女」の支持者が多かったがほぼ互角の人数、議論の焦点は冒頭に書いたような和歌を詠む方法に及んだ。本文に依拠しない双方の「女」の心情を詮索するのではなく、和歌表現そのものを読もうとする姿勢のある的確な議論に発展した点は大きな成果であった。
思ったことを相手に包み隠さず伝えること
短歌は手紙、相手の心に穏やかに沁み渡るもの
ことばの持つ繊細さを活かして身近な人との関係も良好に保ちたいものだ。
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情報戦争の時代を生きる
2022-05-30
我々が1日に接する情報量平安時代人の一生分
江戸時代人の一年分
ある情報番組にて、冒頭に記したような説が提示されていた。そしてロシアのウクライナ侵攻は、「情報戦争」なのだと指摘されていた。「戦争」となれば手段を選ばないわけであろうが、虚偽情報拡散が行われることで情勢に様々な影響があると云う。また機密情報提供や公開によってウクライナを支援する動きも盛んである。当初の思惑よりもロシア側が苦戦を強いられているのは、どうやらこんな側面も大きいらしい。多くの市民がスマホを持つことで、戦場での惨状がメディアではない視点で世界に拡散される。日本の他の報道でもそうだが、「視聴者による投稿(撮影)」という表示の映像が昨今はTVでも多くなった。特別な取材でなくとも、生々しい映像が世界を駆け巡るようになった。よって捏造や虚偽は露呈する一方、捏造や虚偽を創り出してさも現実かのように公開されているゆえに注意が必要だ。スマホは「1日あたりに画面を見る時間」を報告し前週からの増減を伝えてくれている。いかなる計算かは定かではないが「平安時代人の一生分」を今日も情報に接するのが、我々が生きる社会である。
先週金曜日、作・演出・古城十忍(こじょう・としのぶ・小林市出身)ワンツーワークス『民衆が敵』を観劇した。まさにSNS上の誹謗中傷、「反政府集会」に「匿名の正義」を持って参加したことが情報公開されたりする。個人情報の拡散、そして職場においても批判の声を受けて恋人との関係も次第に歪なものとなっていく。そんな情報化社会で現実に起こり得る問題を、正面から劇化したキレのある社会派な劇であった。場面展開の速さや台詞の展開の軽快さは、なかなか宮崎では観られない劇であると感心した。この芝居にも表現されていたが「個人の表現や思想信条の自由」が謳われる反面、過度な情報化社会は「個人」への誹謗中傷を先鋭化させる。「匿名」による誹謗中傷は、時に発信元が突き止められ逮捕される事例も多くなっている。市民が自由に手軽にできるようになった情報公開の権利とともに、個々人を守るのも個々の理性であることを忘れてはならない。時に大手のTV 局の情報でも、精査すべくと慎重に考えたくなる。思うに平安時代人は、余計なことを考えずに花鳥風月を愛でることができたことに納得もする。
スマホの情報を信じて万能感を持ってはいないか?
その情報が危うい、そして知らぬ間に「あなた」に降りかかることも
都会に住まずとも情報の喧騒は僕らの身近にあり、それが利点にも脅威にもなる。
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宮崎大学公開講座「牧水をよむ」第1章「永遠の旅」その1
2022-05-29
「あくがれて行くー牧水永遠の旅」なぜ第一歌集『海の聲』に名歌とされる歌が多いのだろう?
ゲスト講師に伊藤一彦先生をお迎えし対談形式の新講座開講
いくつかの「何年ぶり」がある中、新講座が開講日を迎えた。感染者数はそれなりに高止まりだが、大学でも全面対面講義が実施されることもあり、公開講座もまちなかキャンパスに定員20名は遵守されつつも対面開講できた。もとより僕自身がもう5年ほども学部業務や役職で公開講座を開講できていなかった。赴任2年目から3年間ぐらいは「朗読」で多くの文学作品をともに読む講座を実施していた。その後、伊藤一彦先生との深い出逢いに恵まれ短歌と牧水に執心し、2016年頃から『牧水研究』にも毎号評論を執筆してきた。牧水の命日たる「牧水祭」においては、2019年に伊藤一彦先生との対談もさせていただき、「牧水短歌の力動性」という自分なりの牧水研究の切り口も見つけることができた。こうした長年の蓄積があって、今回はゲスト講師に伊藤先生をお迎えしての講座を開講できたことは誠に嬉しい限りである。そこであらためて牧水短歌を第1歌集から読み直してみようという試みを掲げ「第1章:永遠の旅」というタイトルの4回シリーズを本年度の前期に計画した次第である。
牧水の代表歌とされる「白鳥は」「けふもまた」「幾山河」などの名歌は、いずれも第1歌集『海の聲』に収載されている。だが早稲田大学卒業の頃の若き牧水は、出資予定者が隠遁してしまい師匠の尾上柴舟に借金をし700部ほど出版するものの、ろくに宣伝もしなかったことから歌壇・文壇で認知されることはなく大いに落胆したのだと云う。しかし後に歌人として著名になってからは、もちろん重複をして後の歌集に再掲した歌があったのも確かだが、今でも高い評価を受けている歌が多い。この日の講座で伊藤先生の弁によると、「第一歌集というのは歌人が意識・無意識を問わず自分の全てを出してしまう」のであるという興味深い見解が聞けた。それは与謝野晶子『みだれ髪』、斎藤茂吉『赤光』塚本邦雄『水葬物語』佐佐木幸綱『群黎』俵万智『サラダ記念日』などを見ても同様だと云う。いわば、その歌人の骨格たる歌が第1歌集に見えるというわけである。牧水の代表歌は何といっても「白鳥は」であるが、『海の聲』の中には他にも多くの「白鳥」を題材にした歌が見える。そうした同じ題材を多様に試作する姿勢があったからこそ、究極に素朴で普遍的な名歌として「白鳥は」の歌が人口に膾炙したということだという見解が具体的な資料とともに示すことができた。また僕が選んだ10首の牧水短歌は、「韻律の冒険が見える」という伊藤先生の指摘も重要であった。単なる五七調ではない「句割れ」のような歌作試行がこの時期の短歌に読める。「海」を甚だ意識することは「山」を意識し、双方をつなぐ「川」も意識することになる。その円環が「聲(反転した沈黙・しじま)」により循環するという牧水短歌の真髄が、既に第1歌集『海の聲』に読めるという再発見の講座となった。
次回(6/25)は「故わかぬかなしみどもー牧水と故郷」
伊藤先生と双方の資料から再発見のある講座
短歌を求めることそのものが「永遠の旅」であると再認識する機会であった。
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なぜ覚えられているのか?ー馴染みになるためのことば
2022-05-28
飲食店をはじめあらゆるお店などで些細な一言が心をつなぐ契機になる
しばらく行けなかったお店の笑顔の嬉しさ
しばらく行けていなかった街中のうどん屋さんに行った。かつて教育実習委員会副委員長を担当していた頃、仕事の用件で頻繁に附属学校に行く必要があり、その頃から大変にお店のご夫婦と親しくなった。たぶん間違いなくその天ぷらは宮崎でも指折り、東京なら2倍の値段でも売れる人気商品だろう。天丼としてあるが具材は海老のみならず各種野菜にきのこ類まで、ほとんど天ぷら盛り丼と呼んだ方がよい絶品だ。現に皿に天ぷらを盛っておにぎりが付く選択も可能、痩せた海老に幻滅するチェーン系丼とは大違いの個人経営店である。この日は久しぶりに妻と出向いたが、いつもと変わらず笑顔で奥様が迎えてくれた。前述したような美味しさゆえに昼時などは入店するのも困難で、限られた駐車場に入庫させるのにも苦労する。それでも何より、奥様の対応とカウンター内で調理している旦那さんの素朴な表情に惹かれる。
よく妻や友人に「なぜそんなにお店の人と仲良くなるのか?」と問われることがある。自分でも「なぜ?」はよく分からない。だがたぶん会計の際やちょっとした折に、何らかの一言を投げかけるからだと思う節はある。この日も「久しぶりですね」という奥様に、「ここのところオンライン会議も多くてね」とやや言い訳めいてあまり街まで出てこない理由を告げた。長くダラダラと話すのもお店には迷惑、その時の事情や時節を捉えた最短で効果的な内容が大切である。同時に事務的な言葉ではダメで、相手の心の琴線に触れる言葉が必要だと思う。とはいえ何も技術的・作為的に、そんな一言を投げかけているわけではない。あくまで自然に出て来る一言であることが肝要だ。子どもの頃に父母と買い物や飲食店に行くと、会計後などに母が何やらお店の人と話しているのが気になっていた。当時は引っ込み思案だった僕は「なぜお金を払ったのに話を続けているのだろう?」と不思議にも思った。だが年齢とともに話すのが大好きになった僕は、当時の母と同じことをしているように思う今日この頃である。
馴染みになりたい宮崎のお店
どこも人々の優しさに満ちている
Web上の無機質な世界とは違う人と人との温もりを大切にしたい。
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読むのではなく語ることからー音読教材研究
2022-05-27
音読劇『ニャーゴ』三匹の鼠と猫の心が通う物語
場面を創り表情と動作で読むから語る声へ
今週から4年生が、公立学校での教育実習に入った。よってゼミも3年生のみとなり、何をしようかと学生たち自身に発案させることになっていた。すると学生たちは、小学校2年生の教材で宮西達也さんの『ニャーゴ』の音読劇を創りたいと提案があった。教材も全て自分たちで準備し、附属図書館の「itanoma(板の間)」を予約していた。ゼミこそが仲間たちと今自分たちに必要なものは何か?と考えて学びを深める場であろう。個々人の色を尊重しながらも、仲間との学び合いでむしろ個々の特長を伸ばすべきと考えている。このような趣旨に学生らが呼応してくれたのは、誠に嬉しくも逞しい展開である。教材研究や作品解釈は机上の理論はいくらでも言えるが、自らが作品そのものを「体験」するまでの深度はなかなか成し得ないものである。もちろん「音読劇」をしたからといって「作品の本質がわかった」などと、安易に短絡的な考えで実施しているわけではない。だが単に「字面を読む」だけではない、「作品世界を語る」ことが特に小学校教材では重要であると考えている。
所謂「教科書読み」は学校特有な「音読」であり、一般的な「朗読」と比べると違和感を覚える読み方である。句読点で均質的に休止し常に同速度による濃淡緩急のない、日常口語にない特有な読み方となる。その目的の多くが「正しく読む」ことに置かれており、「場面を再現して読む」意識は低い。「黙読」が中心的な読み方として社会的に定着して120年ほどが経過し、たとえ「音読」をしたとしても「字面読み」の声による再現でしかない。その120年は、語りの芸能をはじめとして演劇的要素を「教育」に取り込まない「歪な音読」が続けられて来た歴史でもある。ゆえに、小学校教員を目指す学生らには「音読劇」を通じた教材研究や解釈が求められるべきであろう。「下読み」では未だ「字面」から解放されない、場面ごとの台詞の心情を様々に検討するが多様な坩堝に迷い込み混迷を深める。理詰めでの表面的な「理解」しか指導者がしていなければ、「多様な解釈」とは名ばかりで「教材を体験」する学習には至らない。登場する先生・鼠たち・ニャーゴ、さらには語り手・心の声などの配役が舞台稽古のように設定されてこそ、「生きた場面の声」になるものだ。作品の見せ場「ニャーゴ」の鳴き声をいかに読むか?たぶんゼミの学生たちは、この教材を生涯忘れ得ないであろう。
他のコースの学生らも2名参加
定期的な朗読会なども附属図書館で実施したい
「生きた声」で教材作品を「生きた解釈」をしてこそ多様な学びを創る基礎となる。
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あの頃欲しかった研究日
2022-05-26
私立中高教員で土曜日は半ドン日曜日も部活指導・引率がある生活
「研究日」がどうしても欲しかったあの頃
大学というのは個室の研究室にいることで、同僚がどのように研究や実務をしているかはわからない。夜になって研究棟を見上げて「遅くまで灯がついているな」とか、僕の場合徒歩10分ということもあり休日に忘れ物を取りに行くと「今日も来ている人がいる」とか、思う程度である。時間の使い方は多様であり、研究に集中できる時間帯も人によって様々だろう。ともかく研究業績が問われる仕事であるわけで、昨今は給与なども「業績連動性」などの選択を大学は促進している。だがプロ野球なら打率が低かったり勝ち星が上げられなければ自由契約になるものだが、指摘はされても契約解除には至らない。国立大学法人になって以降、交付金の減少で研究費が年々減額になっている厳しいい状況だが、潤沢だった時代の業績との関係や使用用途などにも問題はなかったのか?と思うこともある。それは中高教員だった頃からの僕の信念でもあって、専任ポストにあって「胡座をかかない」ことが肝要ではないかということだ。少なくとも大学教員は、「研究してなんぼ」ということを前提にすべきと思う。
私立中高一貫校の教員だった僕は、初任校では「研究日」がなかった。「私立」ゆえに土曜日も4時限まで授業があり、運動部が盛んで部活指導をしていないと半人前扱いされるような風潮もあった。最初は部活指導や全国大会に出場する部活動の応援に夢中になったが、いつしか教員として僕がしたいことは「国語を豊かに教えること」であると気がついた。すると反転して「学校のための時間」から「個人研究のための時間」へ多く配分をしたくなった。その志が募り勤務時間後に週3回語学学校に通い外国語の勉強も進め、「一般」で大学院入試を受けて合格した。ちょうど部活動に部員が集まらなくなって来た時期とも相まって、勤務時間が終わるや否や自転車で校門を飛び出し大学院の研究室に向かう日々となった。30分の行程を最短の道を開拓し、到着すると汗をかいた衣服を大学のトイレで着替えてストレート院生が余裕で来ている研究室に向かった。この時に抱いた思いは「研究日が欲しい」という強烈な願望であった。その後、公募採用に応募し中途採用、経験があることを大きな戦力として認めてもらった。週1回は研究日があったが、それはそれで様々な思いをした。この顛末は機を改めて記すことにしよう。こうした経験は、僕が「研究日」という言葉や概念にこだわる一因となっている。
一般の人々は「講義がない」と「休み」と解するがいやいや
講義さえも「研究」を常に更新していないと良いものにはならないはずだ
教材研究の浅はかな授業を中高現場でも山ほど見て来た経験もあるのだが・・・
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世界に誇れるオヤジたちー『時代遅れのRock’n Roll Band』緊急配信
2022-05-25
桑田佳祐 feat. 佐野元春・世良公則・Char ・野口五郎全員66歳(1955年・56年生まれ)同級生
桑田さんが、まず世良さんに呼びかけ全員に手紙を書き協調し短期間で発表
イントロ立ち上がりでいつか聞いたギターの音色が響く、そうだ!Charさんの音だと思い既に痺れた。Aメロで桑田さんが歌い出し、世良さんがバトンをもらう。朝の連続テレビ小説「カム・カム・エブリバディ」でBARの主人役を演じていた世良さんが、ドラマ内でも進駐軍のクリスマスパーティーで歌う場面があったが、ツイスト時代の太く芯のある声は健在だ。さらには佐野元春さんの80年代ヒット曲「SOMEDAY」を彷彿とさせる歌詞もあり、まさに「あの日」がこの胸に蘇るような仕掛けもある。そして、僕らにとっては「新御三家」の一人であった野口五郎さん、今も特徴ある歌い方であの「私鉄沿線」で聞かせた間が生きている。66歳同級生のオヤジたち、僕らが80年代に憧れたミュージシャン世代、桑田佳祐作詞・作曲 feat.つまり4人が歌唱とギターで参加して、ほぼ1ヶ月で配信に漕ぎ着けたのだと云う。5月23日0時配信、まさにロシアによるウクライナへの侵攻から3ヶ月を前に、世界に発信したいオヤジミュージシャンたちの誇りである。
担当科目「日本の恋歌ー和歌短歌と歌謡曲」の第6回目は、「『百人一首』の待つ恋 feat.平和への祈り」とこの緊急配信の意志に呼応した。自著で取り上げた『百人一首』の歌は、いずれも長い夜をひとり待つ恋の心が述べられている。恋する人を「身もこがれつつ」待てる、ということそのものが「平和」であるということだ。待てど引き裂かれる恋人や家族らの悲惨、強引な強欲がひとりの市民の恋や愛を奪うという許されない惨状。「平安時代人」は、やはり社会が平和であったからこそ多様な「文学」が花開いたわけである。言葉や芸術を信じてこそ、人間の生きる価値がある。あまりにも過剰な科学的な進歩が、人類・地球を危機に曝している。親愛なる「人の心」を考える人文学の圧迫された退行は、そんな暗い未来への予兆だ。「この頃『平和』という文字が 朧げに霞んで見えるんだ 意味さえ虚ろに響く」と始まるこの曲の奥行きには、そんな音楽・芸術への矜持が覗き見える。「子どもの命を全力で 大人が守ること それが自由という名の誇りさ」の歌詞こそ、今全世界が考えねばならない思いが深く込められている。
この楽曲の収益の一部は「セーブ・チルドレン」へ寄付される
講義課題は「待つ恋」と「平和」をテーマにした創作歌詞
受講する学生たちとの90分間が、平和のための小さな渦になりますように。
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小さな出逢いをくり返すこと
2022-05-24
研究学会での小さな契機親しい先生を通じた新たな出逢い
そして諸々の親友たちからのお誘いも
3年ぶりの対面開催の学会について、週末から所感を諸々と書き連ねている。大括りにしかも大胆に一言でいうならば、大切なのは「雑談」だとあらためて気がつく機会でもああった。些細な雑談が、自分でも意識しない新たな契機をもたらしてくれるからだ。今回の学会で総会議長に推薦いただいたのも、事務局担当の先生との過去からの懇親会での雑談が契機である。かの先生の著書などは担当科目のテキストでも使用しており、何かとお世話になっている感がある。また「懇親会での雑談」が過去に弾んだ契機としては、やはり酒の力が大きいのも事実だ。ゆえに懇親会は大変に重要なのだと思う。また今までなかなか機会がなく、お話できなかった先生たちもいる。この2年間のオンライン開催中に自らがパネリストをした内容について、お話を伺いたかった先生との新たな契機もできた。するとその先にはFacebookを介して大変に親しい大学の先輩の先生がいて、その先生方の投稿に僕の名前が匿名で書き込まれていた。ともかく対面学会に行ったならば、必ず何か新たな契機を掴んで帰るべきと思う。
さらに東京に行くと、研究以外でも親友たちと逢いたくなる衝動に駆られる。こちらもなかなかこの2年間は思い通りに逢えなかったこともあって、あれこれと思う浮かぶ顔がある。今回も先方からお誘いいただいたが、学会関係の都合でお断りせざるを得なかった親友もいる。さらには長年にわたる馴染みのお店や、10代からの付き合い長き親友と貴重な時間を持ちたくなるものだ。頻繁に東京へ往来していた際は、こうした親友と逢えることが「普通」のことと思っていた。しかし2年間の感染拡大による隔絶期間は、親友こそ宝であるという思いを強くさせてくれた。そして親友との時間も、その都度その都度を貴重なものと大切にすべきであろう。隔絶があってこそあらためて、僕らは人と人が繋がることで生きることができていると悟るのである。今秋の中古文学会は地方開催で「山口大学」であると総会で承認された。西日本での文学研究者の仲間を拡げることと、他の地方大学を知る意味でも、再び貴重な小さな出逢いがあることを期待して既に手帳に予定を書き込んだ。
人と人とが繋がり研究に向き合う
親友たちのそれぞれの生き方に接し自らを鏡に映す
「対面」の意味は、むしろ研究発表以外にあるということが明らかになってきた。
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ただ元に戻ったと喜ばないためにー研究学会の方法
2022-05-23
研究発表25分・質疑応答15分午前3本・午後4本の発表後に総会
無事に対面学会を終えて考えたこと
この2年間の感染拡大期に一般化したのが、テレーワークなども含めたオンライン化だろう。我々が関わる研究学会もオンライン化して、最近でも「ハイブリッド方式(対面会場もオンライン視聴も双方を選択できる方式)」などがほぼ一般化している。地方在住の僕などにとっては時間的・地理的・経済的に誠にありがたい発展であるとも感じている。今回の中古文学会も同時双方向ハイブリッドではないが、2日間の様子を録画撮影してありしばらくの間に視聴が可能となる。参加者名簿には300人以上のお名前があったが「録画視聴」のみという方もいる。当日の受付での接触を減らす配慮ということだが、資料の事前配布などはシンポジウムや研究発表の予習ができるという利点もあった。開催校や事務局としては、こうした開催方法の選択だけでも大変なご苦労だと察するに余りある。それだけにコロナ以前よりも有効な議論ができて、研究のさらなる発展を期する方法はないものかと欲も出て来るものだ。
大学講義のオンライン化にあたり、必須な条件は「双方向の対話があること」であろう。一方的に動画を提供するだけでは、オンライン講義としては不十分だ。対面学会の良い点は、休憩時間や懇親会の時間に、質疑の延長が語り合えることのようにも思う。今回は先月の他の学会ハイブリッドに参加した際に、僕が質問をした院生の指導の先生としばらく立ち話で議論を深めることができた。同様の意味では、この2年間に開催されたオンライン学会の振り返りなども懇親会の席上で対話したかった思いがあった。研究発表は大切であるが、果たして対面でオーラルで語る意味を十分に成したものであるかは、今一度考えてみてもよいかもしれない。ラウンドテーブルとかワールドカフェなど、同分野の研究者がお互い刺激し合う方式などを既に取り込んだ学会もある。「話す聞く」ことで自らの考えが刺激を受けて更新するような方式を、文学系の学会でも模索しても良いのではないだろうか。ただただ「元に戻った」と喜ぶだけではない、いわばこの2年間が暗闇ではなく次へのバネになる期間であったことにするために、これを期しての革新が求められるのではないだろうか。
総会の議長を務め次期大会や事務局も決定
挨拶を交わして地方へ帰る事情などを話す風景
「この学会が本来やるべきこと」を乗り越えたところに未来があるはずだ。
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中古文学会春季大会ー3年ぶりの対面開催
2022-05-22
受付は置いてある名札を取るのみ資料は事前配布にて会場要員を減らすなど
懇親会はシンポジウム会場にて黙食弁当から
東京地方は午前中からやや激しい雨、スーツの革靴を濡らしつつ会場となる専修大学神田キャンパスに向かう。靖国通り沿いにお洒落な商業施設かと見紛うほど、全面ガラス張りの校舎のエレベーターホールに入った。3階の学会会場に行くと受付に名札があり各自で探してそれを身につける、会場校の学生さんの手伝い人員を減らす配慮と聞いた。横広の真新しい教室に横を一席ずつ空けて座る。3年ぶりの開催とあって、久しぶりに会う研究仲間との再会が嬉しい。思わずその場で話し込み、マスクながら「密」などという概念を忘れている自分がいる。シンポジウムは「源氏物語を〈読む〉ー現在の研究」で中古文学会の原点のような内容であった。仔細に掘り下げられた「源氏研究」では、もう「落穂拾いしかできない」のではないかという危機感、あらためて「主題」「読者」「准拠の重層性」などへの問い直し、上中古の「無常」というキーワードを概観し『源氏』の「世」について時代の「気運」を読もうとする試みなどが基調発表された。その後、熟練した御三方同世代の発表に対して若手世代の司会者から鋭い突っ込みのある討議。これぞ「中古文学会」だったなあとやや懐かしさまで感じる雰囲気が漂った。それにしても会場校の方々は、マイクカバーを一人ずつ替えるなど感染対策に余念なくご苦労されていた姿には感心した。
懇親会も感染に深く配慮した方法が考案されていた。シンポジウム会場で事前申し込みをした高級弁当が配られ、そのままの席で各自が「黙食」。食べ終わる頃にシンポジウムのパネリストと翌日の発表者が挨拶をする。その後、最上階で都心の眺めよろしきホールへ移動、本来なら立食ビュッフェがある空間はただただ広く空いている。3年ぶりでマスクをして顔もよくわからないという配慮から、全員が15秒程度で名前と研究分野を自己紹介。しばし時間を要したが初の試みであった。その後は諸々の先生方とあれこれの情報交換の時間となる。僕は個人的に2020年秋季大会オンラインシンポジウムで「古典教育」に関するパネリストを勤めたので、その後に開催される初めての懇親会であるゆえ、諸々とご意見も伺いたかった。しかしやはり、こうしたことは討議の直後の熱いうちにしないとならないことも実感した。オンラインシンポジウムを終えた自宅書斎で、執拗にパネリストや他の先生方と酒を飲みたい気分であったことを思い出す。対面開催とはいえ未だ酒は難しいか、一歩一歩さらなる日常化を模索していくべきだろう。
「古典文学」の学会としていかなる将来へ向かうのか?
この2年間の対面なき空白期がどんな変化をもたらすだろう。
本日22日は7本の研究発表と総会が開催される。
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