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宮崎に生きて変わったこと

2019-09-30
通勤時間がほとんどなし
より健康を意識した食生活と運動
何より自然と対話しながら歌を学べること

住む場所は、明らかに生き方に変化をもたらす。そしてまた特に文人であれば、変化を求め新たな発見に満ちた生き方を模索する。若山牧水が、出身地の宮崎から東京へ出て沼津を終焉の地としたのも、「あくがれ」の心で常に新たに「創るふるさと」を求めたからである。それは松尾芭蕉や西行、海彼では李白・杜甫らもみな、旅のごとき人生を送っている。居住地を変えて重要なのは、「新たな好転」に恵まれることではないか。以前に住んでいた土地にない利点を発見し、身を寄せながら恵みとするような行動が求められると思う。東京のマンションから使用していたTVが耐用年数を過ぎ、画面に皺のような斑らが出て処分することにした。その経過した年数の中でも、宮崎で新たに生まれ変わったかのような生活が実に尊いことを知る。

通勤時間を要せず、仕事上の身分・任期・公募などのことを考えなくてもよい。こうした公的な環境条件のみならず、短歌に牧水に出逢い直し、自らの研究に新たな方向性が得られたことは誠にありがたいことであった。居住地は変えるだけで、類似した生活の中に身を浸してしまう人もいる。要は「生き方」をどれほど変えられるかが、重要なのではないのか?新たな活動に向き合うこと、生きる上での根源的な衣食住への意識を変化させること、そこにある環境の恩恵をなるべく多く受けられるような生活が求められる。人生ではこうした大きな変革が、何度か必要であるように思う。まさにその時こそ、自らの「生き方」を再吟味して新たな道を模索してこそ意味がある。最近、宮崎に越して来た両親とあらためて休日を過ごしてこう考えた。

今日を新たなものにしていく
「新しい朝が来た、希望の朝だ」
本日で9月も終了、10月から下半期新たな生活が始まる。


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「記憶にございません」人間は変われるのか?

2019-09-29
中井貴一主演映画「記憶にございません」
支持率最低の総理大臣が群衆から石を投げられ
記憶を失い総理の仕事はどうなるのか・・・

映画「記憶にございません」を観た。予告編などで盛んに宣伝されて、映画館は雨の休日ということもあってだいぶ混雑していた。詳細な内容を記すのはルールに反するので、映画から考えたことを覚書としておきたい。果たして人間は何かを機に変われるのか?それとも本質的に変わることは難しいのだろうか?幼少の頃からの発達段階を考えると小中高大と進むにつれて学校種の変わり目にこそ、いわゆる「デビュー」とも言われる現象がある。小学校まではおとなしい子が、中学校になると活発な言動をするようになったり、真面目一本な中学生が高校生になるとやや派手な言動をするようになったりすることを、揶揄し皮肉っていう隠語である。中高一貫校で教員をしていた僕には、実に微細にこうした生徒たちの変化が手に取るようにわかった。一貫校だと「デビュー」しづらい面もあるが、地域の小中から高校へ、高校から大学へと、素性が知られていない場合は誠に大きな「デビュー」を敢行できるわけである。

何も「デビュー」が悪いというわけではない。心身の成長において当然のことであるように思う。僕自身も幼稚園から小学校低学年頃までは、何をやっても遅れてしまい自らも劣等感が強かったが、小学校中学年頃から集団の中で自らをどう活かすかを考えるようになり、中学校に入った頃には足の速さも学業成績も学年一・二番になって、大きな人生の「デビュー」をしたように思う。高校生頃までは今では考えられないぐらいに無口であったが、大学進学を果たした後は大変な社交家として「デビュー」したように思う。教員になってもいくつかの職場の中で、その成長段階の「デビュー」変化を融合するように適応し、自らの足跡を記して来た。人は自らがわからないうちに、マンネリ化し初心を失い固着した勘違いの中に生きてしまうこともある。公的にも私的にも、常に新陳代謝をするように「デビュー」を繰り返す精神的な変革があってこそ、意義深く充実した人生になるのではないだろうか。

実際の総理をはじめ政治家たちはこの映画を観ただろうか
ユーモアの中に鮮烈な皮肉を滲ませた脚本・演出はお見事!
出演者の顔ぶれも素晴らしく、エンドロール後の納得感は高く、オススメの映画である。


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「わかってる」はわかっていない

2019-09-28
確認の意味で重ねた言葉
「わかってる」とはいうのだが
それはわかっていない場合が多い

日常会話の濃淡・深浅について、あれこれ考えることがある。伝えるべき内容が、本当に相手に的確に伝わっているかどうか?当の本人は「やってるつもり」であるが、端から見ると危なげで確認の言葉を投げかけたくなるようなこともある。だがあまりにもその確認が日常の中で頻りに為されると、「わかってる」という反応になってしまう。さながら小・中学生が親の「・・・しなさい」という言葉に過剰に反発するかのような状況と同じである。子どもの場合、親の感覚と当人の感覚では大きなズレがあり、「わかってる」という反応は確実に相互に「わかっていない」のである。当人の立場や発達段階を踏まえて、自立する意識を喚起するかが重要であろう。

教員になって、さらには院生になって研究を志す頃から、日常会話で気をつけるようになったことがいくつかある。「あれ・これ・それ」などの指示語が多いと、相手との会話がズレて来てしまうことがある。会話にも「文脈」があって、何の話題であるかを十分に踏まえられているか否かを把握しながら喋る必要がある。「日常会話」なら自由な場合も多いが、研究上の議論では常識的なことである。元来が日本語日本文化の特性として、「言わずして察する」ことを美徳とする傾向が強い。「以心伝心」という語に象徴されるように、夫婦・家族であればなおさらこのくらいは「わかってくれよ」という感覚が一般的だ。僕などは「教師」という職業上、学生らに一度言ったことは覚えておいて欲しいという願望が強い。だが口頭表現なら特に、繰り返し繰り返し言わないと伝わらないことも多い。そこで苛立ってはいけない、憤りの口調を含む「わかってる」は「わかっていない」ことなんだと、丹念に優しく繰り返す必要があるのだ。

親との会話にこんなことを考えた
「思い込み」を排するのが何より「研究」である
的確に伝わっていなかったのは、まずは「私」の責任だと思うようにしよう。


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学びたい志を繋いでいく

2019-09-27
知りたい学びたい高めたい
今の自分をもっともっと高く
生きる志を繋いでいくこと

9月も下旬となり、だいぶ涼しくなった。あの暑い夏の日の出来事が、次へのかたちとなって現実化してくる時期でもある。教員採用試験の結果発表を前に、大学院を受験する者は入試や合格発表の時期が続いている。「教師」という存在は一生が勉強である、と強く思う。「教える」は身勝手にあらず、教える者自身が「知りたい学びたい高めたい」という意識を持ち、日々興味津々に発見と驚きの日々である必要があるだろう。あまりメディア等で喧伝されなくなったが、「教員養成6年制」の構想について、まさに実情を踏まえて考えさせられている。現場から教員の人材不足が深刻であるという声が多く聞かれる一方で、大量採用による教員の質の低下も懸念される。大学院進学者で教員採用試験の合格者は、各県が「名簿搭載合格者」として2年間は採用へ猶予を与えて、大学院での学びの期間を経験させる策を講じている。

学部を終えた時点で、さらに「学びたい」と思うことが大変に重要であると思う。高校での進路指導においても、いわゆる「偏差値で輪切り」にして生徒が入れる大学、さらに言えば高校が進学実績にできる大学へ進路指導をする傾向が否めない。僕自身が高校教員の時は、4年間学んだ後の自らの姿を思い描き、そこでさらに「学びたい発見したい」と思えるような学部大学を選択するように促していた。教師として比較的その進路指導に説得力があったと自負できるが、それは自らが現職教員でありながら、再び大学院進学を敢行するという経験をしていたからである。確かこの9月下旬の時期、修士課程の一般試験当日は東京地方に台風が近づいていた。筆記試験を受ける教室の窓から、次第に強くなる風雨に試験会場の隣の工事中のクレーンが揺れるのが見えた。その10年後、僕はその揺れるクレーンが吊り上げて建てられた校舎の教室で大学非常勤講師として教壇に立った。10年の「学びたい」意欲が、現実化した象徴がその試験日と工事中の校舎である。

早稲田大学西早稲田キャンパス14号館
そして今、宮崎大学の教師志望の学生たちへ
「学びたい」志を強く強く繋いでいきたい。


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何になるか、どう生きたいか

2019-09-26
一度の人生いかに生きようか
様々な何になりたいは、どう生きるかを形にしたもの
簡単に定まるものではないが・・・

中学生の頃は野球部に入っていて、本気で将来はプロ野球選手になりたいと思っていた。「本気で」をいかに実現するか?そんなことを考え始めた。早朝に起きて上野不忍池まで往復10Kmをランニングしたり、腕立て・腹筋などの筋力強化や寝る前の素振り、風呂に入れば水中で手首を100回振るとか、膨張する軟式テニスボールを100回握るなどして手首を鍛えたりすることを日課とした。次第に身体的には鍛えられたが、もちろん野球が高度な技術になるには至らず、どこかで「プロ野球など夢のまた夢」であることを悟った。それで前述したような個人的「努力」が無駄になったのだろうか?いや僕はまったくそうは思わなかった。毎日丹念に実行すれば必ず体力はつき、継続が大きな力になることを実感できた。「プロ野球」は不可能だと悟ったが、何らかの分野で「プロ」になる礎となる自信を体得した気がしている。

大学学部を卒業して「教師」になった。どこかで文学研究をしたい、とは思いながら現場で中高生と向き合う充実した日々が始まった。勤務校の野球部は強豪で、就任3年目の夏に甲子園大会で優勝した。アルプススタンドの応援団の一員として、教え子たちが「プロ野球」への近づく過程をまざまざと実感した。深紅の大優勝旗にも触れることができ、勤務校の様々なことがスポーツ紙で報道された。そんな青春の延長のような20代を過ごし30代となり、再び自分は「どう生きたいか?」と疑問が噴出した。教え子が何人も「プロ」となるが、その過酷な勝負の世界の厳しさと表裏を目の当たりにした。果たして自分は「教師のプロ」なのだろうか?「本気」ではない自分を悟り、再び現職教員でありながら大学院進学を志した。そこから10年以上の時を費やし、学位も取得した。様々な困難があったが、中学生の日々で「本気」で着実に努力を重ねれば成果は形になることを身体が覚えていたのであろう。その後も現職中高教員という退路を絶って、大学非常勤も経験して専任になることができた。そして今もまた僕の「どう生きたいか」は、継続真っ盛りである。

学生の進路について考えた
過去には多くの高校生の進路について教師として関わった
時代はまさに「何になるか」ではない、混迷の将来を「どう生きるか」なのだ。


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『エッセンシャル牧水』新刊紹介

2019-09-25
「何はともあれ飛んだり、跳ねたりする歌を作りたい。」
(「歌話断片」より)他に「自歌自釈」「牧水短歌」
妻・喜志子の愛する夫であり師への深い愛情が・・・

17日開催の「牧水祭」の前週13日に、伊藤一彦先生から「まだ数冊した手元にないのだが」と云うお断りを含み『エッセンシャル牧水』(田畑書店・2019年9月10日刊)をお送りいただいた。文庫本サイズながらハードな薄青い表紙に素朴なイラスト、帯には渓谷のせせらぎの写真が薄くアレンジされ、「すべてのクリエイターに捧ぐ! なぜ、いま牧水? それはまっすぐだから」と緑の草木や瀬の水の流れを背景にバランスよく帯文が並ぶ。この芸術書とも思えるような装幀は手元に常に備えておきたい牧水のエッセンシャル(本質的なさま)が凝縮されている。何より表紙のデザインそのものが、「牧水祭」対談で語りたかった渓谷の瀬の音をイメージしていたことにも驚いたが、冒頭に記した「歌話断片」の一節はまさに対談テーマの「力動」を牧水自身が語っていたことの証でもあった。(対談で紹介)

「牧水歌話」や「短歌作法」は何度か僕も全集で読んでいるが、そこからまさに「本質」を抜粋したのは誰か?それは牧水を心から愛した妻・喜志子である。同書は伊藤一彦先生が長めの解説をお書きであるがそこに示されるように、昭和3年に牧水が亡くなり雑誌『創作』の編集発行を引き継いだ喜志子が「本来の理念の風化」を危ぶみ「師の牧水の歌論および作品をあらためて読み直すことの必要性」を覚えて自ら選び『創作』に掲載したものである。妻・喜志子は、往々にして牧水の人生で激烈な恋をした園田小枝子と単純に比較されがちであるが、元来から信州・塩尻出身の歌人で、東京では親戚である牧水が先輩歌人として慕う太田水穂の家に身を寄せていた際に出逢っている。伊藤一彦先生とは折をみてよくお話しするのだが、喜志子にさらに大きな脚光を浴びせてもよいのではないかと思う。没後91年にしてこうした書籍の刊行があるように、牧水への注目が健在なのは、明らかにその死後に「牧水の歌徳」を世間に広めた喜志子と弟子の大悟法利雄の存在なくしてはあり得ない。昭和43年まで生きた喜志子の短歌観を知る上でも、『創作』がその後の激動の短歌史の波の中で生き抜いてきたことを思うと、誠に深い喜志子の愛情を読み取ることができるのである。牧水・喜志子の愛の共作を、牧水ファンならずとも手元に置いていただきたい。

牧水の魅力と歌作りの秘密
生家の脇の夫婦歌碑にある喜志子の愛の「ひびき」の歌
あらゆることにまっすぐな牧水を、宮崎でこそさらに顕彰していかねばなるまい。


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「新たな時代の学びを創る」新刊紹介

2019-09-24
『中学校高等学校 国語科教育研究』
(全国大学国語教育学会編 東洋館出版社 2019年9月26日刊)
「Ⅳ 国語科授業づくりの実際 2思考力・判断力・表現力等を育てる授業づくり」

本日は、今週出版となる新刊(共同執筆)を紹介しておきたい。主に教員養成系大学の「国語科教育法」などで使用するテキストとなることを目的に、全国大学国語教育学会が編集したものである。以前にも同様の題となる書籍はあったが、学習指導要領の改訂により「主体的・対話的な深い学び」を創造すべく、新たな視点で学会内で各分野の先生方の研究成果を結集して編集された。今回の指導要領の改訂は、大学入試新テスト施行も相まって日本の子どもたちの学びを大きく転換しようとするものである。その邁進と裏腹に、「新テスト」や高等学校の課程編成をはじめとして問題視されている面が少なくない。大学入試で学生を受け入れ、中等教育の方法について新たな教育法を研究し学生に伝えている僕らの責務として、この改革の課題を克服し軟着陸であっても混乱のない方向へと導かねばなるまい。それほど大きな学びの過渡期に、今現在はさしかかっている。

さて、新刊では冒頭に記した項目頁において「中学校・読むこと 2)詩歌の指導」を執筆した。「(1)短歌の学習ー韻律・読みくらべ・創作」「 (2)詩の学習ー主体的読みから対話的群読」という二項目を立て、紙幅の関係で俳句の学習は割愛した。(1)では様々な授業観察記録から短歌学習で問題となっている教師が勘違いしやすい点の指摘に基づき、子どもたちが楽しく短歌創作をして他者と対話できる授業法についての提案を記している。(2)では、あまり時間数を割くことのできない詩の授業について、音読・朗読・群読をいかに有効に機能させるかを谷川俊太郎氏の発言にも言及しつつ「料理の食べ方」になぞらえて記している。短歌の項目では、若山牧水・栗木京子・俵万智の三人の名歌を引用させていただいた。牧水は言わずもがな、栗木さんは牧水賞選考委員であるため毎年一度は宮崎で様々にお話させていただいている。俵さんとは「心の花宮崎歌会」や様々な機会を通して交流しており、作品引用著者とこれほど懇意にしている同書の執筆者も稀であろう。ご興味のある方は、ぜひお手にとってご笑覧いただきたい。

本来的な意味で「新たな時代の学び」が創れるよう
指導要領ではなく教師の意識を転換せねばなるまい
そしてまた中等教育について、高等教育にいる人々も多くを知るべきである。


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「ゆたかなる心となりて」親族団欒の宵

2019-09-23
「あめつちに独り生きたるゆたかなる心となりて挙ぐるさかづき」(牧水)
ひとり酒もよし、多勢で飲む酒もまた格別
家族団欒の酒宴は楽し

『牧水酒の歌』を読む限り、独りかなしくのむ酒だろうという場面の歌が多い。とりわけ秋の夜には「酒は静かにのむべかりけれ」の名歌のように、酒を唯一の友として自らの心と語り合う態度こそを好んでいたようである。短歌を創る以上自分自身に向き合うことは必須であり、かなしさの自覚こそが短歌を創らせると言っても過言ではあるまい。冒頭に掲げた歌もまた、この広い「天地(あめつち)」に「独り生きる」自らの存在に向き合ってこそ「ゆたかなる心」となり「挙ぐるさかづき」と結句で着地する。歌では自我の知覚が先なのかと思わされるが、比較的若い頃の牧水の歌であり、やはり「挙ぐるさかづき」という機会があってこそ、「ゆたかなる心」に至るという円環性を考えて読むべきと思う。酒は誠に心おだやかに、ゆたかにしてくれるものである。

台風17号が、沖縄から九州の西側を北上した。宮崎県内でも大雨による冠水や、延岡市では竜巻も発生し大きな被害も出たとの報道。ゼミの卒業生が延岡で小学校教員をやっており、竜巻の被害を受けた町名に小学校があるため心配になって連絡した。するとやはり小学校のガラスが割れるという被害に遭ったと云う。台風の進路が心配されたが、夕刻から妻の実家へ伺い、妻の姉ご家族とともに楽しい宴の時間となった。今回は宮崎に引っ越してきた僕の両親も含めて、多勢での宵がたり。日南ご当地自慢の刺身は美味しく、さらにはお母様の豪華で多種多様な料理はどれも誠に美味しく自ずと酒が進んだ。「ゆたかなる心」と云うのは、このような時間のことも指すのであろう。宴の話題では、この「天地」で生きる上での様々な縁のことに及び、親族のつながりの大切さをあらためて考えさせられた。

台風のような自然に曝される人ひとり
親族が集って個々の弱さを助け合うこころ
「ゆたかなる心となりて挙ぐるさかづき」そして料理に舌鼓


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「撫づるとごとく酒を飲むなり」魂を癒やすとき

2019-09-22
「われとわが悩める魂の黒髪を撫づるとごとく酒を飲むなり」(牧水『秋風の歌』)
酔いどれ癒すその酒の味
疲れの溜まった心身を癒すは「東一」

昨日の宮崎日日新聞には、17日開催の「牧水祭」の記事が掲載された。地元・東郷学園の児童らが牧水の歌を斉唱・群読する写真が大きく取り上げられ、地域の文化継承という意味では大変に意義ある記事であった。特に「聲」による文化伝承という意味で、東郷の学びの活動を全県的に発信したのは大きい。一方で伊藤一彦先生と僕の対談に関しては、両者のプロフィール概要のみで、その内容がまったく触れられていないのは誠に残念であった。読者にとっても知りたいのは経歴ではなく、その日に両者が何を語ったかであろう。前述した児童らの「聲の継承」に通ずる内容を話題としたのであるから、一層その関連で記事内容にはしやすい筈である。会場を訪れた多くの方々は、伊藤先生と僕の「聲」に共感と発見を持っていただけただけに・・・。

「牧水祭」から附属学校での実習一斉視察などが連日続き、やや疲れの溜まった週末。妻とともに新聞広告に誘われて、近場のスーパーに食材を買い出しに出た。車の移動手段がない僕の両親も連れ立って、肉など「土曜朝市」のお買い得で新鮮な食材を手に入れた。夕方になるとゆっくりと”宵がたり”などしたくなり、妻の手料理で一献を傾けることにした。ちょうど妻の友人からいただいた佐賀の銘酒「東一」があって、その芳香に酔いながら野菜中心の料理に舌鼓を打った。何を悩むわけではないが、疲れた身体と研究や短歌のことで飽和した頭には実にありがたい栄養補給である。ここのところ『牧水酒の歌』(沼津牧水会発行・私家版・2007)を読んで、小欄でも一首ずつ取り上げているが、本日の一首はまた妖艶な雰囲気を湛えた歌である。「黒髪」は古典和歌から女性の美しさの象徴として詠まれ、和泉式部や藤原定家の名歌がすぐに浮かぶ。だが牧水は「わが悩める魂の黒髪」と言って、愛すべき自らの「魂」を慰撫する酒を歌とする。しかも初句では「われとわが」としてあり、自らの個体としての「身体」と「魂」を区別しているあたりがまた、奥深い読みを誘発する歌となっている。

「魂の黒髪」は慰撫されたのか
酔いどれの宵がたりは気分もよく
台風を憂えながらも心身を癒す一日。


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「神経質にくづれゐにけり」こころの遊び

2019-09-21
「わが顔は酒にくづれつ友がかほは神経質にくづれゐにけり」(牧水)
生きる楽しみとは何か?
こころの遊びがあってこそ・・・

若山牧水研究の第一人者である伊藤一彦氏は、その著書の中で「牧水の二面性」を指摘している。海を求めたかと思えば山を愛し、家族を愛し尽くすのかと思えばひとり旅に出てしまう。この心性というものは、何も特別なことではないように思う。現代社会ではある程度の秩序と規律を重んじるために、学校教育では「一貫した態度」をよしと教える。昨日と違った行動をすると子どもらは「今日はいつもと違いますね」と先生に叱責される。だが、長い人生を生きているとわかってくるが、それほどに人間は「一貫」したものではない。いつもこころの中に葛藤があり、相反するものを求めている存在と考えた方が実情に近いと思う。中学校2年生の国語教科書教材で50年以上も掲載され続けている『走れメロス』の教材価値は、これも学校の授業実践では触れられないが、葛藤深き二面性のどちらも肯定することに大きな価値があるのではないか。

冒頭の牧水の歌は酒に浸りくづれた顔の自分と、神経質に歪んだ顔である友を対比した素朴な歌である。もちろん大酒飲み牧水の自慢のように読まれることが多いだろうが、友の顔のあり様に自分の二面性を覗き見るという読み方もできるのではないかと思う。若き日の苦悩深き恋愛でそのこころを疲弊させた牧水、純朴なこころは人間不信となり「砒素」も所持してことを思わせる歌もある。人間は誰しも神経質な面を持ち得ており、極度な否定的経験からこころに大きな傷を負うことも少なくない。牧水の人生を考えれば結果論的には、酒によって身体を蝕んだのは確かだが、神経質から脱して生きる力をもらうためにも酒が必要であったようにも思う。自らを顧みて思うに、研究者などという職業は繊細で神経質な面を持ち合わせなくては成し得ない面がある。だが日常的に家族などに接する際に、こうした心性が溢れ出るのはいかがなものかと自省する。人生のハンドルは右か左かどちらかではない、ブレーキを含めて遊びがないとその運転は安定しないのである。

生きるための様々なモード変換
偏りこそが危うさへの道である
「研究」や「授業」が「楽しい」と言えるのもこころの遊びありてこそ。


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