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牧水歌を書で鑑賞す

2019-01-19
「ふるさと」をテーマに
「あくがれ」の大字も
短歌が書で表現される味わい

宮崎県立美術館で今月20日まで開催されている「榎倉香邨の書」を鑑賞した。没後90年事業の一環であり、牧水歌を書き続けて来た書家の大作が所狭しと会場に展示されていた。「ふるさと」をテーマとした歌が採択されていることが多く、坪谷や延岡を思い返しながらその線質の剛柔に織り成す世界を楽しことができた。歌そのものは「声」であり「万の言の葉」であると云う歌論的認識が僕自身は強いが、書作品としての芸術美から新たな視点も得ることができる機会となった。

「書」に関しては何を隠そう、大学時代に「書道会」というサークルに所属し幹事長まで務めた経験がある。何も書が上手くて幹事長になった訳ではないが、東洋的な文字芸術を追究することで多くを学んだ。卒業後はなかなかまとまって作品を書く機会がなかったが、今年は「書道会70周年記念展覧会」という企画があって、一念発起エントリーすることにした。書こうとしている題材は、もちろん短歌である。牧水歌にするか自詠短歌にするかは検討中。香邨先生には到底及びもしないが、書き方や作品として参考になる点も多かった。

文字表現の豊かさ
造形美が語る牧水
2020年 文化の香り高き宮崎へ向けて


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稀勢の里の引退に思う

2019-01-18
「一生懸命にやって来た
 いい稽古もできていた」
横綱として彼が示したものは・・・

2017年3月26日付小欄に次のようなことを記した。この期に及び再読していただきたい。
「さて、稀勢の里関を批判する気は毛頭ないことをお断りしつつ、聊か思ったことを記しておきたい。素人ながら「肩・胸」は、相撲にとって誠に重要な身体箇所だろうと思う。今回の「強行出場」は、医師の診断の埒外で本人が決断したことであろう。懸念されるのは「筋断裂」などであろう症状が、今後の関取生命に致命的な打撃に至らないかということである。新横綱の場所であるゆえの責任もあるだろうが、今後を長い目で見た際の責任もあるはずだ。その後、ある放送局のニュースを観ていると、ファンの方が「神風が吹くのを願っていた」とコメントしていた。満身創痍の状況で撤退ではなく抗戦し、あらぬ「奇跡」があるだろうと願う精神構造が危うい、ということを我々は痛いほど知っている筈である。野球などでも同じであるが、肩が痛い素振りを見せずに考え難い球数を投げ抜くことや、デッドボールに当たった際も痛い素振りを見せないことが、果たして選手として妥当な姿勢なのかと疑うこと多い。むしろ「痛いものは痛い」と言える勇気ある撤退こそが、個人を追い込まない社会のあるべき構えではないのか。この国の隠蔽体質は、こんな点にも関連しているのではないかとさえ思うのである。いずれにしてもスポーツならまだ、「尊い」と言えるのであるが。

残業問題、教員の部活指導など休日の扱いについても
休まず仕事に身を投じることを美徳とする体質に起因している
稀勢の里関が大横綱として、長く活躍し続けることを願うばかりである。」



いかがであろうか?僕はこのように記した翌日には考えを改めて「出場に肯定」の考えも示している。それだけ「横綱」と云う存在の大きさを感じられたからであろう。横綱在位12場所・36勝36敗・休場率5割の成績は、やはり再掲した記事の心配がそのまま現れた形となってしまった。だからこそ思うのだが、あの怪我を押して稀勢の里が出場した姿を見て心を動かした者は、少なくとも彼の横綱としての実績を悪く言うべきではないのではないだろうか。”かの”段階で稀勢の里は「横綱」としての最大限の力を発揮したのだ。そしてどんなに身体が厳しい状況でも、稽古や治療を怠ることなく、まさに「一生懸命」に相撲道に精進したのではないか。もちろん「プロだ」「相撲道としては甘い」と云う意見もあろう。だがやはり問題なのは、一力士を旧態依然の「精神論」で追い込んでいる角界全体ではないだろうか。稀勢の里の姿はアスリートとして、世界を舞台で活躍する錦織圭などに比べると隔世の感を抱いてしまう。それは彼自身の問題ではなく、様々な問題が露見する角界全体の問題ではないかと思うのであるのだが・・・・・

「働き方改革」は「働き方」のみならず
仕事観そのものが、この国ではまったく成熟していない
稀勢の里が理性ある角界改革の先導役として親方となることを願う。


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癒される人の多い県・宮崎

2019-01-17
裸の付き合い
一週間行かないと「久しぶりやね」
そして両親はいつ来るのかと・・・

Web記事に「癒される人!優しい人が多い都道府県」というランキングを、Facebookでシェアしている県内の友人がいた。記事を読んでみるとやはり!首位は宮崎県で長崎県が同率一位だと云う。「ひなた県」としての温暖さ、「一生に一度しか嘘をつけない、おおらかで正直な農業型」などとその根拠が示されていた。保険会社の意識調査をもとにした記事のようだが、宮崎で6年間を生活してきた僕としては、納得の内容であった。移住した当初は、「なぜ(東京から)こんな県に来てしまったのですか?」と言う方が多かったが、「消極的・引っ込み思案」なのは表裏一体で「正直で真面目」なので「信頼」できる人が多いと云う。まさにその通りと実感できるのが宮崎である。

深く付き合ってわかることもあれば、表面的な付き合いで知れることもある。普段からよく通う公共温泉を小欄でも何度となく話題にしているが、そこでの裸の付き合いで実感することも多い。元々は「見ず知らずの人々」なのであるが、常連となると親戚かのようにあれこれと話を楽しめる方々だ。例えば、東京でも日常的にジムに通っていたが、いつも会う方でもここまで親和的に話せる人はほとんどいなかった。温泉での話題としては地域の食事事情や食材のこと、各人の趣味のこと、さらにはスポーツなど時事的な話題まで自由で大らかである。僕が大学教員であることももちろん披瀝しているが、それでも特別視しない親しみが持てる方々である。昨夜は「ご両親はそろそろまた来宮されるのでは?」と話してくれる方がいて、まさにその通り、親戚のような親しみを覚えるのである。

人が人として付き合える県
急がない疑わない隠し立てしない
ありがたき宮崎の人々に自らもなりつつある


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宮崎の野菜を食べて

2019-01-16
空港からの帰り道
産直市場に立ち寄る
新鮮野菜や卵を買って

年末に受診した人間ドッグの「成績表」が送られてきていた。当日の結果説明では担当医師に「立派なものです」と太鼓判を押された感じがあった。だが「成績表」の何項目かは「B」評価で、個人的には聊か納得ができない点もある。学生時代にサークルの優秀な女性の先輩が、「成績はすべて『秀』(「A」より上の「○A」で90点以上)を狙っていると聞き、確かにその先輩は卒業生総代になったことが印象深く記憶されている。何も「全秀」でなければとまでは得手不得手もあるから思わないが、やはり「全優」ぐらいまではと欲が出るものだ。健康診断「成績表」でやや基準値を前後に越境する数値には、やはり気を配るべきではないのか。

いくつか原因は考えられる。まずは外食の多さ、夕食はほとんど依存しているので、自ずと脂質を多く摂取してしまうのだろう。今ひとつが、健康を意図して多めに食べてしまう柑橘類から、どうしても糖質が過剰に摂取されてしまうのだろう。何事も過剰になれば、逆目に出ることがあるものだ。そんなこともあって、数日間の東京で不規則な食生活が続いたゆえに、空港からの帰路に産直市場で野菜を仕入れた。冷蔵庫に牛乳が余っていたこともあり、野菜多めのクリームシチューを作ることにした。宮崎はどうしても上質の「肉」の産地である印象が強いが、野菜も素晴らしいものが多く生産されている。特産物のみならず、ジャガイモやブロッコリーなどの一般的な野菜でもかなり安価で上質である。このありがたき環境を、さらに活かした食生活改善をしていきたいものだ。

野菜それは自然を食べること
身体も自然に反するゆえに安定さを欠くのだ
明日のために10年後のために


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九州で文学に生きること

2019-01-15
古典研究をもってして
現代に何を語りかけるか?
あらためて自らの立ち位置をさぐる宵の口

若山牧水を始め明治時代に文学を志した者は、地方から東京を目指した。牧水が大学で知り合った北原白秋も九州は柳川の出身。九州に限らなければ、牧水と懇意であった石川啄木などは盛岡から東京へと向かった。新たな時代に西洋化近代化を目指した日本において、やはり文化の達成を高次元で叶えるには東京での活動が必須であったろう。だが果たして現在はどうであろうか?この6年間に宮崎で研究活動をしてきて、様々な通信網と配送システムの発達などによってほとんど困ることはない。研究学会などの用件で月に1度ほどは東京を目指しているからといえばそれまでだが、明治とは明らかに違い九州で活動することがむしろ貴重にさえ思うことがある。なぜいま九州なのか?そんなことを今一度、深く考える必要がありそうだ。

今回の上京でいくつかの貴重な機会が得られ、あらためて自らの研究の立ち位置を考え直している。国文学分野で築き上げてきた業績、加えて近現代短歌への評論、さらには国語教育の実績、これらをいかに配合し自分しかできない研究をこれからの5年間ほどで築き上げたいと思う。その配合具合において助言をいただける貴重な関係は、まさに九州においてこそ得られたものである。無条件に文学者が東京を目指した明治とは反対に、「東京に住まない」という選択肢に大きな意義があるように思う。もちろんそれは、簡単にはわかるものではない。「九州に住んでこそわかる」という境地まで、まだまだ達していない。だからこそ、九州の地にこだわり九州の地を愛して、自らの出身地である東京を逆照射する視点も必要ではないか。実に深い酔い語りの中に、多くのヒントが隠されていたのだ。

なぜこの宮崎の地から
牧水のような歌人が生まれたのか?
古典和歌まで通底する大きな問題が潜んでいる。


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ありがたき店・ありがたき人々

2019-01-14
心の故郷
苦しい時に助けてくれる人々
人生に持ちたきはよき店・よき友

人生で一番苦しかったときはいつだろうか?もとより「一番」などが存在するだろうか?えられる縄のごとく、楽あれば苦ありで一筋の道になっている。そのどちらの面にあっても態度を変えずに、安心を与えてくれる人々こそが人生にありたき親友ということになるだろう。だが、なかなか簡単にそのような親友と出逢うことが難しい。出逢おうと欲をかく態度であれば、むしろ出逢えない事態が続くことになろう。何事も作為的に躍起になっていれば、本質的な面でのよさは失われるように思う。

こころ安らぐお店、いつもの笑顔に逢える場所。そんな関係を創るまでにも長年の交流がある。相互の苦楽を目の当たりにしてきた時間の積み重ねがあってこそ、初めて得られる関係である。時間も空間も物理的な次元を超えて、温かい気持ちに触れられるところ。この15年ぐらい、そうした「場所」を常に求めて来たように思う。空想として想像していたごときお店が、今の僕には何軒かあり、店主らはもとよりその場で出逢った人々との交流もありがたい。2000年代になった頃から思い描いていた理想の店と親友が、いま僕の前に確実にあるのだ。

東京で過ごす時間
宮崎で過ごす時間
こんな暮らし方が実に僕に合っているように思う。

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「遠くから来た先生」和歌文学会例会・新年会

2019-01-13

基礎研究の大切さ
「平成最後」の和歌文学会例会
新年会でのスピーチなども・・・

年末年始は宮崎で過ごしたので、この週末は和歌文学会例会があるのと、実家に帰省を兼ねて上京した。会場は箱根駅伝準優勝の青山学院大学、門を入ると「準優勝」部分が上から貼り付けられている垂れ幕がお出迎えしてくれた。この日の例会は奇しくも「私撰集」特集の様相、お三方の発表内容から具体的に学ぶことも多かったが、あらためて基礎研究に取り組む姿勢を考えさせられた。『和歌文学大辞典』にある項目の妥当性の検証とともに、新知見をどれほど提供できるか。古典研究そのものの現代的社会的価値が問われる中で、基礎資料を研究することの文化的意義に思いを馳せた。

さて例会後は恒例の新年懇親会、重鎮の先生方のご挨拶や乾杯の音頭で始まり、発表者のスピーチなどが続く。僕は最近、もっぱらこうした場で「遠くから来た先生」というコーナーでスピーチすることが多くなった。和歌文学会の大会は隔年で地方開催なので、今年の10月は奈良での開催が決定している。今年秋の担当の先生がスピーチの後、僕の順番となった。一昨年の大会から「その後の宮崎」というテーマで三点の話題を提供した。大会懇親会に参加してくれた河野県知事が昨年12月に再選されたこと。牧水の未発表歌が新聞一面を飾ったが、その翻字が一部誤っており僕が指摘したこと。2020年の国民文化祭・障害者芸術祭に向けて、『みやざき文学全集』(仮称)を編集することなどを語った。和歌の各時代を研究している先生方から、「みやざき」が詠まれた資料などお知りの方から、情報をいただけたらという意図も込めて。

あらためて和歌研究元年に
「平成最後の」例会がゆく
古典和歌研究の社会的価値をさらに拡めるためにも。


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昭和の終わり頃から

2019-01-12
大学入学直後に出会った先輩
様々な刺激と励ましと
素晴らしきカウンターでの宵かたり

昭和の終わり頃に、学生時代を過ごした。当時は当然ながら「昭和の終わり」などとは意識されなかった。何も分からず知らずの青くさい大学入学直後、サークルの説明会にて出会った先輩から受けた刺激は大きかった。様々な青くさい部分を否定されることで、ひとりの人間として成長できたと今も感謝している。それから三十有余年の時を経て、今の自分を鏡に映してみる。それはやはり、こうした先輩との時間が何よりではないかと思う。

研究学会などでの上京機会に、付随してあれこれと人との交流を持つのが常である。今回は、前述した先輩と久しぶりにお会いすることができた。数年前には宮崎大学公開講座にも講師として来ていただき『百人一首』に関して講じていただいた。関係書籍を何本も出版しているライターとして尊敬できる業績を上げつつ、教育にも貢献している。教育学部教員として現在の僕には、あらためて大変刺激的な先輩として存在感がある。僕の馴染みのカウンターにご案内しての宵かたり、書籍関係の初対面のお客さんとの相性もよろしく、実に充実した時間となった。

昭和・平成そして・・・
時代を跨いで生きる時間を考えたり
人生の出会いの綾の面白さ大切さにひたる。

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短詩系のこころはせめて

2019-01-11
「国文学史(中近世)」講義にて
新年の俳句を一句
「創作」体験は免許に必須では

昨今の小中学校の学習が、「活動型」に大きく変化してきたことは小欄でも折に触れて記してきた。「活動型」の最たるものは「実作」であるのは言うまでもない。短歌や俳句教材を学べば、「読むこと」のみならず必ず「書くこと」に関連させて「実作」に及ぶ。よく小中学校に出向くと、廊下に児童生徒の短歌や俳句作品が掲示されていることも多い。だが、常に問題だと感じるのは教師の「詩ごころ」である。児童生徒の掲示作品の中に、教師の作品を発見することはほとんどない。そして様々な懇談の場で現職教員の方に聞くと、「短歌俳句は何がよいかわからないので、前向きには指導できない」というのが大抵である。問題なのは短歌俳句を概念として「わかろう(理解)」しようとしていることではないか。

何よりまずは子どもたちのメッセージとして、向き合って読む姿勢が必要である。そしてなるべく、自らも上手下手を抜きに「実作」すべきではないか。小学校の教員採用試験には、「水泳」の実技がある。プール指導に当たれるかどうかということで、最低限の泳力を確認するためだろう。もちろん「泳ぐ」ことには得手不得手があるゆえ、「上手く」ではなく「泳げる」ということが必須なのである。採用試験にとまでは言わないが、教員免許を取得する段階では「実作」の「経験」が少なくとも必須なのではないか。こんな趣旨から「国文学史」講義では、新年の「俳句実作」に挑むことにした。「食べ物」を題材に「正月」に関連した季語で詠む。散文的を排するには、切れ字の使用などの指摘をしながら、概ね全員が句作を発表した。留学生も含めてなかなかユニークな作品も並んだ。教員免許取得に必要な科目として、この体験を通した活用できる「文学史」が今求められている。

なぜ芭蕉は偉大であったか?
この問題意識を真に理解するためにも
「短詩系」のこころを、せめて学ばせて教育現場に送り出したい。


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「ねばならぬ」にあらず

2019-01-10
何をどれだけ食べるか
「いつも」がそこにあるから
声をかけてくれるあたたかさ

大学からの帰宅が遅くなった。たいていは自宅から行きやすい範囲のお店で夕食をとり、その後は公共温泉で一日の疲れを癒す。温泉の営業時間は9時まで、これも地方ならではの生活時間であろう。この日は間に合いそうにないので、温泉は潔く諦めて近所の焼鳥屋に行った。すると店長が早々に僕のところへやって来て、「今年もよろしくお願いします」と挨拶をしてくれた。まずはこの一言がいかに重要であるかと、ひとりカウンターの隅で感慨に浸った。初発のことば、初発の態度、人と人とのコミュニケーションはまずこれである。

常連たるお店で考えるのは、注文の「いつもの」である。あるとんかつ屋さんでは、僕が行くとお茶を持ってくるなり「いつもので」とおじさんが確認のように一言を添えてくれる。そのことばもなかなか嬉しいものがある。焼鳥屋で「いつもの」とはいかないものの、キープ焼酎があるか?シメ(ご飯もの)まで行くか?など、お店に対する客としての一定の慮りがないわけではない。物事はいつも「通例」で過ごせるわけではない。必ず例外があり、思い通りではないことへの対応も大切だ。通例と即応、どうやらそこの柔軟な対応を自他ともに求めているような気がしている。

大好きな宮崎の食
安心して食べられるお店
「ねばならず」に束縛されない穏やかさと柔軟性を持ちたい。


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