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「お前のアウトプットは何だ〜!!!」

2018-10-31
「インプット」と「アウトプット」
情報知識を入れるだけでは脳は働かず
動き働き活かすための表現が欲しい

茅ヶ崎という地は、なぜ著名なミュージシャンを輩出するのか?という疑問を様々な角度で追う映画「茅ヶ崎物語」。音楽評論家となる人物が若かりし頃、レコードを聞くことなど「インプット」ばかりをしている自分を見つめ、幻想の人物から「お前のアウトプットは何だ〜!!!」と怒鳴られて我を発見するという場面があらためて印象深く思えてきた。音楽そのものを演奏し歌い表現する人物も大切であるが、その魅力を世に伝えることも重要な「アウトプット」に他ならない。この世で自分しか見出せないものを見出すのは、誠に重要な仕事であるように思う。「評論」するとは、本来こうした「インーアウト」の交響が均衡の中で行われることを言うのであろう。

「魅力」とは何となくそのように思えても、なかなかことばにするのは難しい。人物でも事物でも、その「おく」に隠されているゆえに「魅力」ということになるのだろう。「おく」をことばで抉っていく作業、牧水に関して書いた評論原稿を校正していてこんなことを考えた。「おく」は当該の対象だけとは限らない、時代相や背景に関連した人物など多様な連鎖も考えねばなるまい。とりわけ対象とする人物が、悩み混迷した中から「自分」を見出した道程を描きだすことが重要なように思う。人は誰しも、順風満帆であり続けることは難しい。傷つき痛みを伴うことから、いかにして起ち上がるかが肝心なのであろう。今日も陽が昇り、そしてその日にしかない一歩を大地に記すようにである。

人は表現する動物
他者からの反応といかに交響するか
「俺のアウトプット」を意識していたい。


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愛すべき宮崎の空気

2018-10-30
何だろう「秋の花粉症」
鼻の粘膜が空気の質を捉えた
東京上空の空気に思う

今年は夏季休暇期間を通じて、ほとんど休みが取れなかったこともあって、ようやく休暇らしい時間が持てた。「サザン茅ヶ崎芸術花火2018」から横浜で「寺山修二展」を観て、東京の浅草を周遊した。東京生まれ東京育ちの僕ではあるが、未だスカイツリーに上ったことはなかった。故郷の町や羽田空港から見晴るかすその高楼の容貌は、東京の光景をすっかり変化させた印象だ。初めてその展望台へと上る機会を得たが、350mまでほんの30秒ほどで上昇する箱に詰め込まれた人間に掛かる気圧の変化に、聊かの違和感を覚えた。さらに1000円を加算して支払い100m上の回廊に至っては、聊かの揺れを身体に感じたのは僕だけであろうか。しばらくは車酔いのごとき気分に曝されてしまった。

遠望の空の同じ高さにヘリが飛ぶ。そして実家の位置や小中高大学・勤務先など、これまで僕自身が歩んできた「場所」が箱庭の中のごとく見える。この街で生きてきて、そして今は宮崎に住む。空間的な高さがそんな時間の「おく」を掘り起こすような気分が持てた。果たしてここからの未来は、どの「空間」にあるのだろうか。それにしても東京の空気の汚れ具合は、まさに「空がないと言った」という詩の一節が思い返される。高楼に上って可視化したせいではなかろうに、降りると鼻炎のような症状が出た。春先の花粉症と同じょうな、むず痒さである。春は花粉症であった僕は、宮崎に移住してその症状はほとんど現れなくなった。やはりこれは東京の大気のせいであったか。極端な高楼もなき宮崎に戻り、空港ターミナルから出ると大きな深呼吸を自然にできる自分がいた。

溢れ返る密集した人の多さ
人が人として生きる街とは
愛すべき宮崎の空気をあらためていま


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「ひとりぼっちのあなたに」ー寺山修司展

2018-10-29
「孤独の中にこそ社会の秘密が隠されている」
「言葉がみんな生きるとき夕焼けており種子も破片も」
(県立神奈川近代文学館・寺山修司展より)

人は死んだら「言葉」しか遺らない、そんな趣旨の寺山の「言葉」の展示にドキリとさせられた。例えば小欄に毎朝、僕は自分なりの「言葉」を遺している。Web上であればなおさら、この「言葉」はいつまでもこの世に「遺る」ということになるのか。日々の時間は何もしなくとも過ぎてしまうが、せめて前日の「自分」を残したい、と思ったのが小欄を始めた際の心境である。誰もが思い描くことを、自分しかできない「言葉」にしていくことこそ、「表現者」であろう。

県立神奈川近代文学館の「寺山修司展」を観た。短歌に関しては全歌集を読んではいたが、あらためてその短歌表現も含めてあまりにも多彩な寺山の「表現者」としての境地が深く心に刺さった。こうした様々な寺山の試みは、自らがやってきたことに根拠を与えるものでもあった。音声表現や演劇・映像などと文学を交響させる活動。研究者の中にはそれを「パフォーマンス」と呼んで揶揄した者もいないわけではないが、僕自身がやっていることの妥当性の一端を寺山の生涯が炙り出してくれたような気持ちになった。会場の様々な場所に寺山の「言葉」がまさに「パフォーマンス」風に展示されていた。それを読みながら、あらためて寺山の短歌を読めばきっと新しい読みができそうな気がしてきた。

港の見える丘公園
外国人墓地から山下公園へ
ケーキも大変に美味しかった。


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刹那に夜空を彩るー茅ヶ崎サザン芸術花火2018

2018-10-28
刹那に彩るはまさに「生きる」
サザンの名曲に乗った光と闇と海の競演
「砂まじりの茅ヶ崎」にて

今年、デビュー40周年を迎えるサザンオールスターズを祝し、桑田佳祐さんの出身地である茅ヶ崎の海岸で「芸術花火」が開催された。主催者発表によると来場者は「3万3千人」、茅ヶ崎駅から浜へと向かう「サザン通り」は、午後から人人人の波で埋め尽くされた。幸運にも「椅子指定席」のチケットに当選した僕は午前中に空路宮崎から羽田へ、そのまま「希望の轍」が発車音である茅ヶ崎駅へと向かった。駅からまずは「茅ヶ崎小学校」へ、チケット所有の確認を受けて専用のリストバンドをもらう。そのままなかなか進まない歩みで「サザン通り」から「高砂通り」へ、以前に野外ライブが行われたことのある「茅ヶ崎球場」に出た。するともう「サザンビーチ」は直前、国道134号線の歩道橋を跨げば「烏帽子岩」が見えてくる。砂浜は前日からの荒天の名残があり、強い風はまさに「砂まじりの茅ヶ崎」を演出してくれていた。指定した椅子席に到着すると会場には、映画「茅ヶ崎物語」が流されていた。

夕陽が次第に夕闇となり、午後6時を迎える。風の影響で打ち上げ開始が20分ほど遅くなったが、いよいよ夜空を彩る光と闇の競演、それはサザンの名曲たちの一つの形象化でもあった。とても今は言葉では言い尽くせないので、以下使用された楽曲を挙げる。特筆すべきは、ご本人たちのライブではないが、公の場で「TSUNAMI」が使用されたことであろうか。


壮年JUMP
希望の轍
真夏の果実
そんなヒロシに騙されて
愛しのエリー
LOVE AFFAIR 秘密のデート
SEA SIDE WOMAN BLUES
東京VICTORY
TSUNAMI
勝手にシンドバット
HOTEL PACIFIC
みんなのうた


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「病は気から」を考えたら

2018-10-27
「病気は気持ちの持ちようで、
 重くもなるし軽くもなるということ。」
(『日本国語大辞典第二版』より)

標題の諺を辞書でくってみると冒頭のような意味が記されており、用例として1700年代の浄瑠璃や1800年代の歌舞伎が掲載されていた。詳細は検討が必要だろうが、概ね江戸時代あたりから言われるようになった諺なのだと考えることができる。歌舞伎の用例の一節には「お心を広うお持ちなさるるがよろしうございます。」などとあって、狭量な心には病が宿ってしまうと考えられていたことが窺える。その当時から200年近くの歳月が経ち科学万能な世の中となったが、それだけにむしろこの諺の意味は大きいのではないかと思うことがある。「生活習慣病」という用語があるように、「病」は自らの生活そのものが作り出してしまうという考え方が一般的になった。

もちろん、その前提として遺伝子の問題が関係することも次第に解明されてきている。だがその持って産まれた遺伝子の要因を「病」にするか否かは、やはり個々の「気」の持ち方であるということになる。この「習慣」あるべくして、この「病」になってしまう必然性があるということだろう。もちろん十分な「気」を遣っていても、「病」になってしまうことがあるので誤解なきよう。たとえ「病」になったとしても、そこからの捉え方がまた肝要である。悲観するか、前向きに捉えるか、はてまた自らその診断を信じないか。考えてみればこの諺、「病」になってからも有効なことばなのではないだろうか。単なる「精神論」の問題ではなく、それこそが「生き方」の問題なのだ。前向きに捉えて「生きる」を邁進する人々の何と素晴らしいことよ。

自らの身体は自らで
「命」を自ら大切にするとは何か?
「生きる」とは何事をも乗り越えることであろう。


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眼を向き合ひて人は語らう

2018-10-26
認知症の方には「アイコンタクト」
やはり「人の話を聞くときは」
「相手の眼を見てしっかり聞きます」

最近、学生たちの対人関係のあり方が気になっている。相手と話すときの視線、講義を受けている際の視線が、俯き加減の者が多い印象を受ける。ここ10年ほどのスマホの急速な普及で、中高生の頃からスマホユーザーになっている今の学生に、その影響が表れ始めているのではないかという仮説を考えたりもする。これまた今後も急速な普及が予想されるAI(人工知能)であれば、眼を見ずとも勝手に話しかけてくれたりする。なお一層「眼で会話する」という感覚が、失われてゆきはしないか。とりわけ子どもたちを育てる教師を目指す学生たちにとって、この問題は大変深刻に受け止めなければなるまい。教育実習の現場でも聊かこうした兆候が表れていると、実習校の先生からお聞きしたこともある。僕が幼稚園生だったとき、園長が僕らに話すごとに「人の話を聞くときは」と問い掛け、僕らは「相手の眼を見てしっかり聞きます」と言葉を返しつつその姿勢を貫いていた頃を懐かしく思い出す。

昼休みにFacebookを見ていると、先輩の研究者の方がある記事を共有していた。認知症の介護には「アイコンタクト」が劇的に有効だという話題である。ある健康をテーマにしたTV番組で紹介されたらしいが、視野が狭くなっている老人には「正面から眼を見て話す」ことが肝要だと云う。さらには「発言に否定的なことは言わず」に些細なことでも「たくさんしゃべる」ことも重要だと云うのだ。まさに「アイコンタクト」とは「相手を認める」ということに他ならないのではないか。どうやらフランス発の介護方法だそうだが、欧米人の「アイコンタクト」の質の違いを海外で感じることも多い。「眼は口ほどに物を言う」の格言通り、「眼と眼で通じ合う」ことこそが人間の根本的なコミュニケーションではないか。いや人間のみならず先日、家にヤモリが出現したが、その際にも「眼が合った」と感じたのは僕の思い込みだろうか。散歩している犬ともよく眼が合えば、心地よく尾を振る姿を見ることができるものだ。

「眼が泳ぐ」「眼があっちに」
真の心とは「眼」にあるのだろう
あらためて幼児教育から「アイコンタクト」の重要性を身体化したいものである。


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昇る月陰なにを唄うや

2018-10-25
「昇る朝陽がボサノバ歌っていた」
(サザンオールスターズ「はっぴいえんど」より)
昇る月陰なにを唄うや

月齢15.2、研究室を出て帰ろうとすると、真東を向く廊下の窓から美しい月が見えた。その月陰の色の温かみ、地上に近いゆえの包容力ある大きさ、語り掛けて来そうな表情などが僕の心を掴まえた。大学キャンパスは小高い丘の上にあるため、日向灘の水平線がよく見えて、月や太陽が昇り始める光景をよく目にするようになった。大学以外に高い建物もなく、市内からも15Kmほどの距離がある地方の郊外の環境は、東京に住んでいる時より遥かに地球の表情を見せてくれている。朝陽が昇ればその力に自らの「生命」を感じ、月の満ち欠けとともに身体の変化も悟れるようになった。この地球(ほし)で生きていれば、こんなにも素敵な光景に出逢えるのだ。

月陰にあらず、水平線・地平線に「昇る」ということを考えたら、冒頭に記したサザンの曲を思い出した。2015年発売のアルバム「葡萄」で発表された曲であるが、最新のベスト盤「海のOh,Yeah」にも収められた名曲である。病に向き合い立ち上がって復活を遂げた桑田さんが、妻の原さんやバンドメンバーへの感謝の気持ちを込めて作った曲。「夢と希望を五線譜に書き込んだら」と自らの曲作りをする姿を歌い込み、「土砂降りの雨降る、嵐の後で」というフレーズに続けて冒頭に記した歌詞が登場する。「言葉よりそばにいて欲しい」という愛する人への思い、そしてまた「決してひとりで生きて来れた訳じゃない 歌うことしかない人生だけど イカす仲間が奏でるは Love Song(愛の歌)」といった歌詞に心が深く揺さぶられる。

月を見上げながらゼミの教育実習慰労会
「新しいふたりの出発の日に
 燃える太陽がロックンロールを踊っている」


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「・・・・・・授業」に何を入れますか?

2018-10-24
「わかりやすい」否「かんがえられる」
授業は「成否」にあらず、
向き合う学び手が動くかどうか・・・

9月に3年次の基礎実習を終えている3年生、ゼミでは後期のこの時期にその振り返りを実施している。主に研究授業の指導案を元に、その実践について4年生を含めて討議している。最近よく思うことは、指導案上という机上での「授業」と「実践」はまた違うのだということである。もちろん指導案に従って授業をするのであるが、いざ「実践」してみると「予想」に反して展開することも少なくないということだ。指導者は構想力も大切であるのだが、同時に様々な状況に対応できる即応力も求められるということである。所謂「型通り」「マニュアル通り」では、授業にあらず”現場ライブ対応力”が教師としては重要と思う。

学生たちの対話を聞いていて、授業に対する評価の用語が気になった。「授業」は「成功」と「失敗」で評価してよいものだろうか?ここ15年ぐらいの社会動向として、「わかりやすいことはいいことだ」という観念が蔓延っているように思う。劣化が指摘されているTV番組では、さも「誰でもわかる」かのように話し手が俄か仕込みの知識をひけらかし「物知り顔」で口を歪めて話す。受信料で製作されているニュース番組ですら、余計な予算を使用し立体的な模型などで「わかりやすい」だろうと下手な演技でアナウンサーが説明をする。「わかりやすい」は穿った見方をすれば、「単純化」「単一化」であり政治家からスポーツ選手まで「しっかり・・・する」という文型を繰り返している。さすれば「しっかり授業する」とは何か?誠に当たり前なことを、さも正当で誠実な姿勢かのように見せ掛けているだけではないのだろうか。

学び手が「かんがえられる授業」とは?
僕の場合は敢えて「わかりにくい授業」をすることがある
自らの説明・講義が万能だと思い込んだ時に「教育」ではなくなってしまうのであろう。


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身震いの20回目に立ち会う

2018-10-23
弘仁8年(西暦818年)から
干支が「戊戌(ぼじゅつ)」の年にのみ
60年に1回が今年で20回目の「般若心経」

岡山での中古文学会を終えて、当日の便は時間的に切迫しており出張規定通り月曜に宮崎に戻る申請をしていた。後期の月曜日は担当講義もなく研究日に当たるので、関西での半日を有効に活かそうとあれこれ考えた。「有効」などという語彙はまったく「現代」的に過ぎない。「いま」しか向き合えない「勅封」された「般若心経」を肉眼で見ることができて、1200年の歴史の一端に身を置くことができた感慨に浸った。京都は旧嵯峨御所総本山大覚寺にて「嵯峨天皇宸翰勅封般若心経1200年開封法会」が行われているというので、早朝から嵐山へと足を運んだ。「60年に1度」ということは前回は昭和33年(1958年)であるから、僕自身は生まれていない。では60年後はどうか?たぶん長寿世界一のギネスにでも掲載される人間にならない限り無理であろう。「いま」は「今」しかなかったのである。

時は平安時代初期・弘仁9年(818年)、大旱魃(かんばつ)と疫病が全国に蔓延し、当代嵯峨天皇は、弘法大師空海の勧めにより、絹の紺紙に金泥で一字ごとに礼拝を繰り返しつつ誠を尽くし般若心経を浄書されたのだと云う。すると霊験あらたかに旱魃は回復し疫病も治り、大いなる功徳が得られたと伝えられている。その後、嵯峨帝の般若心経は勅命(ちょくめい・帝の命令)によって封印され、干支が「戊戌」の年のみ、つまり60年に1回だけ開封されてきたのだと云う。写経の金文字は所々薄れているのだが、それは歴代皇室に病気の方がいらっしゃると、この写経が京都御所に運ばれ、その霊験にあやかるために金文字を削ってお飲みになられたのだと、開封の場で解説をしていた僧侶が語っていた。その僧侶の言葉に「今回が20回目でございます。」と告げられた際には、表現できないような身震いと感涙が「心経殿」の特別な空気の中でこの身に宿った感覚であった。「20回目」とは、近現代の観念からすれば僅かな数字である。だがしかし、60年に1回の20回目で1200年前に到達する。僕たちはこんな歴史の時間を生きているのである。

嵯峨朝は大陸との交渉で様々な文化をもたらした
和漢比較文学研究をする身として新たな意志が起動した
「いま」とは何か?僕らの言葉と文学がそれをさらに次代に繋ぐのである。


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適切な質問とは?

2018-10-22
研究発表に対する質問
議論を活性化し対話的で創造性のある
場のあり方そのものが「文学の未来」を決めるのではないか

研究学会に参加するといつも思うのだが、「質疑応答」そのものの質こそが研究の未来を象徴的に表しているだろう。もちろん「問題意識」をもった発表そのもののあり方に応じて、質疑の状況も変化するのだが、その発表の意義や価値が「質疑」によって鮮明に描き出されることが望まれるのは言うまでもない。要は発表する側も質問する側も、問題意識の要点を明確にして対話をする必要がある。「質問」でも聞きたい要点が明確でなく、何を問い掛けているのかがわからないようなケースを目にすることがある。往々にしてそうした「質問」は長く、持論の主張が大半を占めて発表への理解が十分でないことが多い。少なくとも「文学を読む」ことを専門としているのであろうから、相手の意図を「解釈」しようとする姿勢が求められるであろう。

もちろん、研究には様々な視点や方法あってよいはずだ。その相違を明らかにしてこそ、個々の立ち位置がわかって来るというもの。だからこそ相互に「整理」をして対話する必要もあるように思う。例えば、研究室がどれほど整理されているかという「姿勢」は、研究への向き合い方の一つの表れのようにも思うことがある。必要な書籍がすぐに取り出せ、必要な資料や書類が「ここ」にあることが「わかっている」ことが大切ではないか。「晴」の「研究発表」やその「質疑」となれば尚一層の「整理」の中で行われる必要があると思うのである。などと考えて、まず心掛けるのは、「疑問の要点」を最初に示すこと。その上で「自分の解釈・立場」を明確に示すことではないだろうか。

著書の文体がわかりやすい方の「質問」
適切かつ的確であるということ
「聴く側」の立場を相互に意識した対話が求められよう。


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