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師のありがたさいまここにあり

2017-09-30
師と仰げる人物はいるか
厳しく温かく行く道を明るく照らす存在
師のありがたさいまここにあり

ちょうど10年前のことである。学部時代の指導教授と当時所属していた大学院の指導教授が、半年のうちにともに天国に旅立った。後者の恩師は前者の恩師の葬儀に参列していたわけで、ご本人も状況がわからぬうちといった急逝であった。師が世を去るということは、これほど辛いことはない。特に研究を志している場合、その本筋が折れてしまったような失望感を持たざるを得なかった。何を隠そう博士論文審査を年内に始めようと、指導教授から話をいただいていた矢先であったから。研究は独創性が求められながらも、その方法・性格はある種の見本が必要であるように思う。2人の尊敬する恩師の思考方法を、無意識のうちに継承しているのだと、今でも感じることがある。それだけに「いま」の自分があるのは、言うまでもなくこの2人の恩師のお蔭である。

この10年間は、真に相談できる師の存在がなかった。かろうじて期限の間際で学位を取得することができたが、その後の大学教員就職が難航し、かなり強引に前に前に進んで来たところがある。周囲の絶対的な反対を押し切って中高専任教員を辞し、大学非常勤講師というその年限定で翌年の目処のない収入源たる職に身を置いた。恩師がいたら何と言うだろうか?学部時代の恩師からは、現職教員でありながら大学院に再入学を試みるときに「簡単に大学教員になれるなどと思うな」と電話口で叱責された記憶が鮮明だ。その記憶を念頭に置きながらも、人生の賭けとも言える漂流に挑んだ。現実も「簡単に」では決してなく、考えられない回数の「絶望」の書状を手にした。そんな10年を背負いながら、まさに僕の「いま」がある。辿り着いた場所が、宮崎であったことに最近はあらためて深く感謝している。

夜いただいた一本の電話
その会話だけでこれほど元気が出てくるものか
宮崎には紛れもなく今後の人生を照らす新たな師の存在があるのだと確信できた。


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四方山話に救われもする

2017-09-29
学会大会準備による気疲れ
先がまったく見えなくなった日本社会
閉じこもらずに四方山話に大きな効用あり

大学夏期休暇期間も間もなく終わろうとしているが、この約2ヶ月間の多くの時間を来月の和歌文学会大会準備に費やして来た。研究者人生の中で何度も巡り来るわけではないこの仕事は、もちろん初体験ゆえに、先を簡単に見通すことはできない。まさにこうした際に大切なのは想像力であり、過去に自らが学会大会に参加した諸々の経験を材料にあれこれと想定を立てる。だが、想像力を働かせれば働かせるほど、不安も大きくなり過去の他大学で実施した大会の状況と比較し始め、自らの運営が劣るのではないかと負の面ばかりを考えてしまう。”おまけ”に大会当日(2日目)が急に「選挙」ということになってしまい、会場の市民用駐車場が使用できないとか、お願いしていたことがその通りにできないなど、その想像力を踏み躙るような情勢に見舞われたりもする。時に想像力は独善的でもあり、我が身勝手なものばかりを描きがちである。それだけに、「ガス抜き」のような行為が求められる。

研究学会事務局代表の先生は、同窓の大学出身で指導教授も同じくする気の合う仲間である。何らかの不安があるとすぐにメッセージをするが、たいていすぐに疑問に応えてくれ、そのことばに甚だ励まされる。こうして仕事の内容に即した人との会話が、まずはとても大切である。この場合はメールやSNSメッセージなどを介してのやりとりであるが、「話す」ことがまた大切である。特段の用件はなくとも在京の母との電話で四方山話をすることが、一つの大きな支えになる。これもまだ「対面」というわけにはいかない。あとは地元で食事をとる飲食店で「話す」という「策」がある。この日もゼミ生がバイトでお世話になっている店舗へ。店の奥様にその件を話すと笑顔で応対してくれて、聊かな会話ながら大変癒された。そして1日の最後は温泉談義。同時間帯に来ている方々はほぼ固定していて、身体を温めながら僕が学会大会を抱えていることなど服を脱いでしまっているのと同様に、まったく関係のない四方山話に興じる。せめてこんな時間に、癒されて日々を先に進めている。

過去に体験したどうしようもない困難
それからすればこんなに幸せな今を前に進めること
「公約」通り想像した通りの研究学会大会を必ず成し遂げてみせる。


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「絶対」は超えるためにあるー全否定からは何も生まれない

2017-09-28
真の「絶対」などあるのだろうか?
「可能性がない」ことそのものが思い込みでは
今まで何度「絶対」を超えて来たであろうか・・・

何事においても、「極」に振れた物言いをする社会に危うさを覚える。素晴らしいならば「神ってる」と言い、厳しい状況ならば「最悪」、ついついちょっとした不都合に遭遇すると「最悪」と口走ってしまう自ら戒めることもある。本日付の「伊藤一彦短歌日記」(ふらんす堂)においても、「最低」の語を批判的に捉え「使用に当たっては慎重でありたい。」と指摘されている。特にこの「最低」「最悪」という全否定的な思考は、可能性の芽を摘んでしまい自らを負の連鎖に追い込んでいるので注意をしたい。それ以前に、果たして本当に「最低」や「最悪」なのであろうか甚だ疑問である。ことばの歴史を考えてみれば、古語にも「いと」(とても・甚だしい)があり、「いみじ」(善悪ともに程度の甚だしいさま)がよく使用された時代もあり、言語生活上「とても」「非常に」に相当する意味のことばは、次々と開発されて使用される実情がある。ここ数十年でも「超・・・」とか「鬼・・・」などは高校生あたりが使用し始めた所謂「若者言葉」が発祥であると、現職教員として体験して来た。

同様な語彙として「絶対」もある。「絶対主義」といえば「君主が絶対的な権力をにぎって人民を支配・統治する政治形態。」と『日本国語大辞典第二版』にあり、哲学上は「相対主義に対していう。」とされている。この語も本来の意味とかけ離れて、日常でよく使用してしまう場合が多い。だが使用された内容次第では、その本来の意味を考えてしまい「絶対など絶対にない」などと反発し苛立ってしまう自分を発見する。そのように考えてみれば、僕自身は今までの人生でどれだけ「絶対」を超えて来たであろうかなどとも考えた。高校の担任教師に「絶対に受からない」と、断言された大学に合格できたこと。現職教員の仕事を持ちながら「(休職でもしなければ)絶対に両立は無理」と、考えられていた大学院を修士課程・博士後期課程と修了できたこと。大学での教育経験実績を増やすために「次の専任職が決まるまで絶対に辞めてはいけない」と多くの人に言われながら中高専任教員を辞し大学非常勤講師の茨の道を歩き、専任職に辿り着いたこと。そしてここには記せないようなことを超えて、研究したいという志を貫いて来たのである。

むしろ「絶対」は「超えるためにある」のかもしれない
「希望」に希望が見えない時代
「絶望」するのは簡単だが、そこから立ち上がる人生こそ面白い。

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「平等ですから」ーこころ和むことば

2017-09-27
ジムのロッカールーム
挨拶をよくする好感が持てる一人の男
曰く「平等ですから」こころ和むことば・・・

来月の和歌文学会大会準備に日々追われている中、時に体力は持つだろうかなどと不安を覚えることがないわけでもない。だがそれだけに体力維持と気分転換の意味で、なるべくジムは励行しようとも心掛けている。先日、久しぶりに泳ごうと思ってプールに行った。そのコースは「上中初級」に類別されていて、「連続して泳ぐ」「25m目標」「ゆっくり」と目安が表示されている。筋トレの後ゆえ「ゆっくり」が選択したかったが、そこには3人もの人がまさにゆっくり泳いでいて、そのうち2人はカップルらしい。中級は中級で初老の方々が3人泳いでいる。残るは上級、そこには比較的ジムでよく挨拶をする身体をそれなりに鍛え上げた男性が一人泳いでいた。この状況で自分が選択するのは、やはり「上級」になってしまった。泳ぎ出すとやはり、その男性と速度が大きく違う。しばらくは彼の後ろを狙ってなるべく追いつかれない位置で泳いでいたが、複数回の往復を繰り返すと次第にそうもいかなくなって来た。

筋肉の状態が厳しいことも相俟って、しばらくするとコースの端で僕はしばし停止した。すると男性も僕の後ろから来て停止した。僕はなかなか次の泳ぎに出ることを躊躇していると、男性は「いいですか!」と声をかけて僕の前に泳ぎ出た。彼はたぶん「連続して泳ぎ」たかったのであろう。少々、彼のトレーニングを邪魔したような気になってしまい、その後はあっさりプールから上がってしまった。こんなことがあった。

だが昨日、やはりロッカールームでその男性に会った。僕は気が引けていたゆえ、「先日はお邪魔して失礼しました」と声を掛けた。すると彼から返って来たことばは「いや!ここでは平等ですから」という爽やかなものであった。声を掛けて本当によかった、という爽快感に満たされた一瞬であった。「運動」をするとどうしても、能力の差が顕著になる。だがジムというフィットネスの場では、みんなが「平等」なのだ。様々な格差が露見する社会情勢の中で、その男性の感覚こそ「理性」ではないかと思えて来た。その後、スチームサウナへ。後から入って来た老年の男が、僕の脇の座り位置に乱暴に水をぶちまけ、一瞬イラっとした。だがそのサウナを後にする時、僕はこれ以上ないほど丁寧に自らが座っていた位置に水をかけて退散した。これでいいのだ。

会員としてのマナー以上の「理性」
そんな穏やかな気持ちを失わずにいたい
自らの信念を和やかに守る上で、人はみな平等である。


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上に立つものの信頼とは?

2017-09-26
こちら側に都合がよく聞こえて
建前を建前で上塗りするようなことば
上に立つものの理性とは・・・

小学校低中学年ぐらいまでは、いつも〈教室〉で気後れしていた。早生まれということもあろう、幼稚園などでは集団行動ができずに、確か「ひよこクラス」などと呼ばれる中で馴染むための時間に参加した。「右向け右、前へ進め」と言われても、一人だけ「左」を向いていた、などと未だに母によく言われる。そうした〈学級〉という「小社会」の中では、必ず理不尽なことを言う輩がいるものだ。「ドラえもん」の「ジャイアン」に典型的なように身体が大きいとか、あるいは声が大きいとか、家が金持ちとか・・・。子どもなりの何らかの権勢を傘に着て、自分の意のままに振る舞うのを、所謂一つの「ガキ大将」と呼んだ。こうした輩に必ず僕は圧倒されていたのだが、心の中では必ず「こいつの言っていることは矛盾している」と、子どもながら常に思っていた記憶がある。

その「矛盾」は「子どものみ」だと思っていたが、「大人」になってからもあることを次第に知った。中高現職教員という社会人として「組織」の中で働き始めると、やはりまた子どもの時には考えられないような正論を翳した「矛盾」に出会うことになった。「子ども」ならば「理不尽」は「理不尽」で「可愛い」ものである。「ジャイアン」は、決して真に嫌な奴ではない。問題なのは立派だと思われる「大人」社会の「理不尽」である。上に立つものとは、子ども向けヒーロー物の「隊長」のように、求心力があって信頼が置ける訳ではないことを知った。社会人は(特に日本社会の)社会人なりの「上に立つもの」の条件があるようにも思えて来た。才覚や人間性ではなく、社会を上手く泳ぐものが、必ず上に立っている。だがこの「上手く」という語感に限りない「理不尽」を「大人」になっても、いや「大人」であるからこそ強くこの上なく嗅ぎ取るのは、果たして僕だけなのだろうか。

上に立つものが際限なく幼稚になった
だがしかし「ジャイアン」にも及ばない
隠された「理不尽」を注意深く拒むのは僕たちなのだ。


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「傘」の意味など考えており

2017-09-25
「その人の孤独のような傘提げて足もとにしずく滴る車内」(小島なお)
「この国に日本人なる愚かさは秋晴れに持ち歩く蝙蝠傘(こうもり)」(小島ゆかり)
母娘の「傘」の歌から

秋分の日も過ぎ朝と夜の時間がほぼ均しい季節、彼岸花が所々に美しい。最近はSNS(Facebook)が「過去のこの日」などという写真を”勝手に”自らの頁に表示するので、意図せず「過去」と出会い、その時間的距離を実感することもある。「記憶」が支援されているような、余計な”お節介”のような。夏ほど晴天の日が続くわけでもなく、「秋の空」は変わりやすい。そんな季節柄、「傘」という生活用品の存在意味などが最近気になっている。先日の台風18号の折にニュース映像を観ていると、激しい風雨の中で必死に「傘」をさそうとして、むしろその「傘」を破壊に追い込んでいる街の人々の光景が放映されていた。皮肉な表現をするならば、自然の恩恵である「雨」を個人的に避けようとして、必死に「傘」なる文明の簡易な道具にしがみついているようにも見えて、やや滑稽な感じを受けた。それだけに「傘」は、喩として様々な「意味」をよむことができるようだ。

冒頭に掲げたのは、先日の県民大学でお話させてもらった小島さん母娘の「傘」の歌である。”基本的”に「傘」には「独り」で入るものだろう。一首目小島なおさんの歌は、最近『短歌往来』(ながらみ書房)「30代の歌」特集に掲載されたもので、「孤独のような傘提げて」と詠う。一人で電車内におり何も持たないのもまた孤独感があるが、「傘」一本を提げているというのも象徴的に「孤独感」が増すことに気づかせてくれる。「孤独」は当人がそのように思わず言わねば、「孤独」でないかもしれないが、「傘」からは正直にその「孤独」が滴り落ちるかのように写ると読める。学生時分にちょいと遊びや呑みで出掛ける際に、「折畳み傘」一本を手に持って来る生真面目な友人がいたが、彼の姿を見ると「あれだけはやめよう」と思ったことがあった。(どこか中年的な所作に見えたのもある)どうもその感覚に近いような視線を、この歌に読めて親しみが湧いた。転じてお母様ゆかりさんの歌も、「秋晴れに持ち歩く蝙蝠傘」という句跨ぎである下句の韻律のぶれ具合が余計にその行為の「愚かさ」を示しているように読めた。よく「英国人は傘をささない」など、雨ごときで慌てず余裕を持って生きよと言われることがあるが、「傘」への執着というのは、現在の世界の中での日本情勢を象徴しているようでもあり、「この国の日本人なる」という上二句における批判的な表現が、ピリッと利いた一首である。

宮崎ではすっかり車生活ゆえ車内に傘がある
それでも基本的に家を出るとき降っていなければ傘は持たない主義、と口では言う。
「入りたき傘に入れずうどん屋へ海老天一本つゆ湿りゆく」(愚詠)


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鼎談「年齢の花ーそれぞれの年代の歌」神話のふるさと県民大学

2017-09-24
小島ゆかりさん・なおさん母娘
伊藤一彦さんによる年代の歌トーク
各年代の生き方が歌の表現に・・・

宮崎県は「神話のふるさと」として古事記・日本書紀編纂1300年(2012年〜2020年)に当たるこの8年間、県内では様々な関連学会やイベントが開催されている、今回は短歌関係ということもあり、特に来月の和歌文学会でもパネリストをお願いしている小島なおさんが、お母様のゆかりさんともども来宮するということもあって、事前から申し込みこの日がやって来た。鼎談では各「年代の歌」をテーマに、楽しく穏やかなトークが展開した。

前半は主に10代・20代の短歌に、小島なおさんがコメントをつけていく。「終電ののちのホームに見上げれば月はスケートリンクの匂い」(服部真里子)などに読めるように、「自然(月)」を扱いながら「感覚」で詠む歌が特徴的である。なおさん曰く「言葉へのフェチズム」が覗き見えて、「口語」の自由奔放な使用に「作者の息づかい」が読めると云う。それが30代ともなると、「三階のフィリピンパブの店員の肩の刺青「夢」の意味らし」(佐佐木定綱)や「すでに老いて父の広げる間取図のセキスイハイムの「キス」のみが見ゆ」(染野太朗)などに読めるような、実感や生活上の現実感が見え隠れするようになると云う。

また鼎談の席上、伊藤一彦さんの指摘もあって、小島なおさんの評論が一部紹介された。その生活において「ノイズレス」化が進み、若い世代の短歌に擬音語が減少しているのだと云う。茶の間のテレビよりはスマホ、友人との会話よりもWeb上のSNS、などによって情報を得て娯楽を楽しむ若者の「耳」と「音」を表現する感覚・感情の変化への指摘は卓越である。

さて、40代50代の歌は小島ゆかりさんのご担当。「木草弥や生ひ月といふ三月の死者の身体の木草がさわぐ」(本田一弘)など、3.11以後の福島を切実に捉える鎮魂歌など、「言葉」「風土」へのこだわりが増す。それでも感覚派として「世のなべて少女とならばおそろしき少女のむかで、少女のみみず」(水原紫苑)などもあり、歌が湧き出る「泉型」歌人と云う指摘。それに対して「細くかたく鋭いこんな革靴で一生歩いてゆくのか息子」(米川千嘉子)など就活の息子を詠む歌を挙げて、「樹木型」歌人といった類型の指摘にも話が及んだ。

そして、70代以上は伊藤一彦さんのご担当。「老年の品格などとは要らぬ事ただ生きるただそれだけの事」(清水房雄)などに読める、肯定的「アナーキー=無秩序」いわゆる「伸びやかに生きる」点に魅力があると云う。「キスうくる女優の眼鏡(グラス)とらるるを思ひつつめがねをはづす秋冷」(伊藤玲子)などありのままの自己批評が「ユーモア」として表現される。100歳以上の方の歌も、宮崎県で行なっている「老いて歌おう」には多数投歌される。歌を創ることによる「出逢い」と、歌を創ることで「歳をとるのも楽しみになる」と、人生を歌に生きる喜びが小島ゆかりさんから語られ、約2時間の鼎談は楽しいうちにお開きとなった。

母娘で短歌を語り合う楽しみ
ゆかりさん・なおさんの人間的な魅力にも触れた
まさに歌を創り語ることは、人生を語ることに等しい。


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和歌文学会第63回大会公開講演ジンポジウム好評受付中!

2017-09-23
10月21日(土)公開講演ジンポジウム(一般公開・要申込)
22日(日)研究発表・総会(会員のみ)
23日(月)実地踏査(牧水記念文学館・牧水生家・青島神社)

約2年ほど前、標記学会大会開催校への打診があり、それを引き受けさせていただくことになった。当初はまだ先のことと考えていたが、いよいよ開催はあと1ヶ月後となって緊張感も増してきた。その2年前に日向市で開催された「牧水短歌甲子園」の休憩時間、歌人の俵万智さんにこの大会のパネリストをお願いできないものかと、大学学部の後輩をよいことに唐突にお願いしたのも今はよい「思い出」である。その後、昨年4月に万智さんは宮崎市に移住され、新聞やトークなどで「短歌県みやざき」を合言葉にといった声を上げるようになった。それに乗じて「全国の和歌研究者、短歌県みやざきに集う!」を大会のテーマにしようと考え始めた。長年、宮崎で活躍する伊藤一彦さんをはじめ、若手歌人の小島なおさん、第20回牧水賞受賞者の内藤明さんの計4名の歌人の方々が、パネリストに名を連ねるシンポジウムを構想・計画することができた。

もちろん研究学会の大会であるから、「研究」を主眼とするのは言うまでもない。だが昨今の社会的な人文学軽視の風潮を鑑みるに、「なぜ古典和歌研究を行う必要があるのか?」という自明ながら大切な問いを、我々研究者が再考する必要があるように思われる。研究分野・方法の細分化が進み、昨今の和歌研究者で短歌実作をする人は稀となった。明治期の佐佐木信綱が典型なように、和歌や歌学を対象とする国文学者はそのまま、名高い実作者であるのは過去のものとなった。実に根本的な問いとして、「和歌」を対象に研究しているにも関わらず、「実作」をしないで深い「読み」ができるのか?という問いにも突き当たろう。短歌に関わるということは、即ち「やまとうた1300年」の歴史の中に身を置くことなのである。となれば、こうした機会に研究者と実作者との交流を促進する機会を設けるべきではないかと思うのである。和歌文学会としてはやや異色な講演シンポジウムになるが、それ即ち宮崎で開催する意味ではないかと思っている。

【一般公開】講演ジンポジウム「古典和歌と近現代短歌ー研究と実作ー」
 基調講演:伊藤一彦氏(歌人)「若山牧水のあくがれーその歌言葉と韻律の特色」
 パネリスト:伊藤一彦・俵万智(歌人)小島なお(歌人)内藤明(歌人・早稲田大学)
       永吉寛行(神奈川県立上南高等学校教頭)
    司会:兼築信行(早稲田大学)

10月21日(土)13:30〜17:00(受付開始12:30〜)
(会場)宮崎市民プラザ オルブライトホール(一般定員300名)
一般参加申込先:wakabunmiyazaki@gmail.com


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詩歌の〈授業〉と遊び心

2017-09-22
詩歌を読む己の感性
その共鳴を聴くには他者の器が必要となる
「詩歌を教えようとしない」授業へ

詩人の谷川俊太郎さんが80年代に出版された『詩の授業』という書籍の中で、竹内敏晴さんらと対談し「学校の教師は詩を教えようとしている。(詩は教えられるものではない。)」といった趣旨の発言をしている。長年の国語教育の反省からすれば、いわば「文学」には確固たる「主題」があって、その「作者の言いたいこと」を一つに集約し定めてまとめることを「授業」だと勘違いして来た実情がある。90年代以降の反省でだいぶこうした「詩の教え方」は改善されてきたが、今尚旧態依然な「教え方」に拘泥する授業が少なくないのも現実である。個々人が個々に生きている以上、詩歌の読み方も個々であるのが必然である。その表現に対して自己の経験を立ち上げなければ、情景も心情も想像することは決してできないゆえである。

「読解」は一定線内に収まるものであるが、「鑑賞」は多様であってよい。むしろ創作主体も予想もしない「読み」が現れることが、「文学」の楽しみでもある。まさに「読者」は「遊び心」を「楽しむ」のである。だがなかなか〈学校〉の〈授業〉では、「遊び心」を「楽しむ」ことはできず、むしろ〈教師〉の喜ぶ(であろう忖度を働かせた)「模範解答」という得体も知れず”つまらない”「読み」だけに収束しがちである。〈授業〉という表面上でこのような無理な拘束を受けるゆえに、日常性の中で抑えきれない感情が暴発し、よからぬ交友関係を招いたりする。TVニュースでも扱っていたが、SNS世代の昨今の若者は特に争い事を嫌い、たとえそう思ったとしても他者を批判せずにその場を無風に終わらせようとする傾向が強いと云う。SNSというある意味で「個」の思考がそのようであるからこそ、せめて詩歌の〈授業〉には「遊び心」が求められるのではあるまいか。

まずは教師が「ことばの力」に
正面から向き合うことであろう。
スマホにて「我」を無風に失へばいざ取り戻せ詩歌をよみて
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プレゼンと発表のあいだ

2017-09-21
図表を示し身体性も十分に活用するか
練りに練り上げた原稿を読み上げるか
果たしてどちらが効果的なのだろうか?

この国には、善かれ悪しかれ「原稿読み」による発表形式の文化があるように思う。国会をはじめ政治的な答弁はもちろん、式辞などの公的挨拶は紙にしたためておくことで儀礼的な重厚さが演出される。それのみならず宴席でのスピーチ、会議での発言、研究学会での発表に至るまで、多くが「原稿読み」という形式の口頭表現スタイルを採る。こうすることによって、政治的答弁は感情に左右されることなく、会議での発言も既定路線が守られ、研究学会での発表なら事前に図っておけば確実に時間内に終えることができる。原稿読みではなく場当たり的なものとなれば、ここに列記したことの裏返しの欠点が浮上して来る場合が多い。だからといって、「原稿読み」が最良のものとは、どうも考えづらいのである。

政治答弁に典型的なように、「原稿読み」をすると果たして当人が思ったことを弁じているのか疑わしく感じられてしまう。読み上げそのものが「棒読み」となり、感情が露出することはない。「官僚答弁」と揶揄されるのは、まさにそんな読み方の典型であろう。思うに、その「読み方」を育んでいるのが〈教室〉での「音読」ではないかと思うことがしばしばだ。小中高を通して発達段階が上がると、次第にこの「棒読み」は熟練して来る。いかに気怠く相手が”聞きたくないように読む”方法を身につける。などと学校教育の「音読」だけを悪者にしても仕方ない。ここには、日本語の「書き言葉」と「話し言葉」の無自覚な乖離があるようにいつも考える。文化的に転じてみれば、米国で行われる弁舌の訴える力は、まさにこの「棒読み」と対極にあるように思う。(最近は弁舌内容が野卑ではあるが)大統領スピーチからIT企業の新製品発表まで、実に効果的に訴える力がある。こんな視点から、「国語」の授業も改善される方向を模索すべきではないかと考えるのである。

聴衆の方を全くみないで発表し尽くす
アイコンタクト十分に身振り手振りも加える訴え
言語そのものが近現代に抱え込んだ矛盾を見直してみる時かもしれない。


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