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歌とともに「いま」ー「宮崎野菜でサラダ記念日」30年目を祝す

2017-07-07
別れ来し男たちとの人生の「もし」どれもよし我が「ラ・ラ・ランド」
(俵万智さん・新作・「インスタの桜」より 文藝別冊『総特集 俵万智』より)
出版「30年目」を「いま」ここ「宮崎」にて祝す

「もともとはなんでもない日として選んだ7月6日を、こうして誕生日のように・・・」食事会前に行われたトークで、俵万智さんはこう述べた。5日付朝日新聞「天声人語」にも「7月6日はサラダ記念日」の話題が取り上げられ、僕の自家用車のカーナビはこの日の朝「サラダ記念日です」と期待通りに告げてくれた。野菜がみずみずしいい6月か7月の時季から、「しちがつむいか」と語頭に「S音」が響くことを要因に、そして七夕の「7月7日」では「歌」にならないので、という「制定理由」が御本人の口から述べられた。この日は、出版から30年目を迎えたまさに「サラダ記念日」当日、御本人とともに「宮崎野菜」をふんだんに使用した絶品料理に舌鼓を打ちながら、全国で「此処」にいることができたのは限定80名。宮崎県知事・河野さんのご挨拶に続き、出版元の河出書房社長・小野寺さんの出版秘話を含めた乾杯の音頭が、会場の雰囲気を一気に華やいだものにした。

俵万智さんから投げ掛けられた「30年前、皆さんは何をしていましたか?」の問い、「それと同じだけの時間が、私の中にも流れました」と続けられたが、その「何を」の小さな糸が幾重にも織りめぐらされて、「いま此処」に辿り着けたのである。その時間そのものを「歌人」という人生を選んだ俵万智さんは、五冊の歌集に刻み込んできた。『サラダ記念日』そのものは、いまも色褪せず読み継がれ、まさに昭和から平成の「文学史」に燦然と輝く作品である。明治以降の短歌史に位置付けるとしても、「啄木・牧水・寺山修司」に続いて「俵万智」となることは必定である。そのことばのわかりやすさ、誰でも同じように日常を短歌にできそうと思わせる啓蒙力、そしてあらゆることに対する全面的な「肯定性」、冒頭に掲げた新作歌にもそれはよく表れている。過去のどの「男たち」との「もし」を「どれもよし」とは、なかなか凡人では歌にできない。啓蒙力はありながら、実は奥深く簡単には真似できない底から湧き出るような歌の力が感じられる。それは一首の内なる情報量を限界まで削ぎ落とす、実に緻密な潔い過程を経て「歌」として自立し、また「連作」として機能するのであろう。このあたりの「秘密」は、『文藝別冊』に穂村弘さんとの対談をはじめとして様々な評者が述べているので、ぜひこの機にご参照いただきたい。

雨模様の会場に向かうタクシーは
万智さんが「宮崎あるある」よろしく歌にしたように、建物前の交差点でメーターを落とした
「いま」短歌を自分の中にも持っていることに感謝しつつ。

ただ、これだけの記念パーティーの情報量を削ぎ落とすのは誠に難しい。

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