さすがに小休止

2014-11-30
夏の暑い頃から
休める休日がなかった
出張・原稿書き・イベント参加等々・・・

考えてみれば、本当の意味で暫く休んでいなかった。ほぼ隔週で、関東か関西に出張・その他で往還。あるいは何本かの原稿執筆にも追われ、平日では時間不足となり、休日にそれがはみ出す次第。(それでも完成させていないものもまだあるのだが・・・)あるいは土曜は公開講座、依頼いただいた講演、打合せ、歌会等々・・・。日曜日も、卒論中間発表会や鼎談見学などと、何かしらの”行事”があった。その間には芸術家派遣事業もあり、この地に「お客様」を迎えている通算2週間ほどの時間もあった。

「忙しい」=「充実」に他ならない。様々に前を向いて歩んだ結果であるから、「忙しい」という語彙は発言したくない。現にかなり濃厚な時間を、この3カ月ほどは過ごして来た。そんな最中にも、結構な体力があるものだという自負を心の中で抱いていた。決して”バテる”こともなく、歩みを前に進めることができた。健康と体力を意識して作って来た成果であると同時に、この身体を与えてもらった両親に感謝の念が絶えない。「疲れない」身体というのも、生活次第で創造できるものだ。

この日も関西で学会があり
本来は聴くべき発表もあったのだが・・・
さすがに小休止、来週はまた沖縄に飛ぶ。
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幸福の円滑スムージー

2014-11-29
何をどれほど入れたらよいか?
2冊ほどの書籍を参考に考案するが
結局は旬で手に入る野菜・果物でいい

早朝からミキサーが起動した。暗中模索ながら、冷蔵庫にあった野菜と果物を中心に投入。内訳は、大根・人参・キャベツ・トマト・バナナ・ミカンに加えて、地域産の新鮮な牛乳を注ぐ。恐る恐るスイッチを「高速モード」に捻るとすかさず撹拌が開始され、各層に積み重なっていた素材が、見る見る多彩なスムージーに変化した。ピンクを基調とした上にやや緑や黄色の粒状のものが散見される。早速、そのままミキサー本体から外し、タンブラー型の容器ゆえに、そのまま賞味した。味は如何かと思いきや、何ともいえないほのかな甘みも伴って美味しい。身体、特に「脳」に栄養を注入するといった希望していた感覚が、一夜にして手に入った。

朝食は、暫くこれだけで行こう!と納得した。炭水化物を腹に入れないと、身体は軽い。しかも職場まで約1Kmの道程は登り坂であるが、そこを歩く。至極当然のことのようであるが、この程度の距離でガソリンを浪費していた自己を省みた。歩けば「脳」も活性化し、身体が温まり研究室に到着する頃には、万全な状態に仕上がっている。まだ閑かなキャンパスゆえに、原稿を書く発想も豊かに起ち上がる。暫く原稿を書いていると、携帯電話が鳴った。地域でお世話になっている方からの、待望の報せ。どうやら、何らかの「気」が動き出したのだろう。「スムージー」には、運命や時間を「円滑」に運ぶ力が宿っているのかもしれない。

小さな習慣を改善すると
何かが変わり始める
1日の終わりは、ヨガで身体を柔軟に解きほぐした。
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食事と闘争心の関係性

2014-11-28
菜食ばかりがよいわけでもなく
やはり脂質は控えた方がよいのだが
内容と1日の中での配分を考える

食事ほど、生きる上で重要なものはないと考えたい。栄養価の均衡を考えることも大切なのと同時に、やはり美味しいものを食べたい。特に夕食となれば、好きな物を思う存分といった気分に支配されるであろう。どうやらそれでいいらしいと思うのは、何冊かの書物を読んで得た結論であるが、となると朝昼の食事をどうするかという点に、こだわりを持つ必要がありそうだ。

元来、「1日3食」そのものを疑ってみる。相撲部屋ではどうやら、朝食抜きで午前中に激しい稽古があるらしい。むしろ朝食を食べたら、できないほど稽古が激しいということ。これも聞きかじりで性差を過剰に強調した説であるが、男性は原始時代の動物的本能から、「飢餓状態」の方が闘争心が高まるという。となると朝食は、必要な水分や栄養素を摂ればいいということになろう。特に午前中に、闘争心を以て「脳」を使わねばならない僕の職業では、この点は重要なのではないかと考えた。

こんな観点から、ミキサーを”瞬発的”に購入
流行にもなっている生野菜・果物のスムージーを導入
果たして「脳」に栄養が届くのか?また小欄で報告したい。
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ルーティンにも小さな変革を

2014-11-27
よかれとて
日々に織り込む必修を
今はどうかと疑ってみる

生活そのものが、仕事を創り・健康を築き・個を成り立たせている。「生活習慣病」という考え方に典型的なように、日々の蓄積が身体を蝕むという重大な結果に至る。それゆえに1日1時間1分の刻み方にも、配慮と工夫が必要であると思う。だが、その「必要」に縛られて、硬直してはいないかと見直すことが求められることにも気付く。物事は柔軟な対応が何よりということだろう。

小欄のあり方からして、これでいいのか?朝食にこだわりのある食材を摂るために、時間を浪費してはいないか?当然の如く自動車を利用して通勤する必然性はあるのか?思い付きで流れに任せた昼食のあり方でいいのか?1週間のトレーニング頻度は、今の状態で健全なのか?作られた身体はバランスがいいのか?等々と挙げ連ねれば、いくつもの疑問が浮かぶ。「決める」から「実行」へ向かい「習慣」にいたっても尚、柔軟に「改善」していく必要がありそうだ。

螺旋状円環のうちに己を見直す
日々に新たな変革が欲しい
複雑化した必修はいつしか絡み合っていたりするものだ。
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東京一極集中への不安

2014-11-26
雲の眼下に見える密集したビル群
縦横無尽な鉄道交通網
政治も経済も此処へ集中している不安

東京生まれ東京育ちの僕が、その首都を俯瞰できるようになったのは、地方生活を始めたからだ。飛行機で東京へ向かうと、靄に霞む大都市が見えて来る。日本、いや世界から飛来する航空機が次々と湾岸の空港に着陸し、ただでさえ過剰な人口密度を増加させる。交通網は整備され分刻みのダイヤがほぼ寸分の狂いもなく履行され続ける。実に密度精度の整った大都市であると感心するのは容易である。だがしかし、過密で微細ゆえの脆弱性に、恐怖を感じない訳でもない。

この都市機能が麻痺したら、と考えれば考えるほど恐ろしい。2011年3月11日には、その脆弱性の一端が顔を覗かせた。それはあくまで「一端」であろう。過去の歴史が物語る関東直下型大地震は、この都市をどのように変貌させてしまうのだろうか?様々な予測が展開されているようであるが、それでも尚再び「想定外」と言わざるを得ないことが頻発しないとも限らないだろう。僕が小中学校の頃から「首都機能移転」構想があり、社会科の授業で提起され議論した覚えがある。「お山の大将」たる首都居住者ゆえの傲慢さに拠るものか、「移転」に対しては積極的な意見は少数であったと記憶する。

延々と発展する日本の象徴として、「強い東京」を為政者は作り続けて来た。そして再び「五輪」が開催されることで、その思考は同線上を加速する。だが、これだけ日本列島が火山の活動期に入り、噴火や地震があちらこちらで繰り返されると、東京だけが例外であるなどというのは、単なる幻想に他ならないと思ってしまう。もちろん、僕が地方に居を移転したから言うのではない。日本列島に住む以上、どこであっても地震・火山噴火の洗礼は覚悟しなければならないということだ。そんな自然との共生観を、僕らは「あの日(3.11)」に学んだ筈なのである。だが、それは再び為政者たちによって「強くする」という幻想が跋扈し、遥か彼方に追いやられてしまったようだ。

自然との共生を考える日々
衣食住すべてにおいて、日常の思考となった。
その一方で、僕の故郷への大きな不安が蠢く。
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人とつながるということ

2014-11-25
何のために
喜怒哀楽をどれほど繰り返し
それでも人しか愛せない

あらためて、人とのつながりの大切さを実感する日々が続いている。国語教育との融合を前向きに実践してくれた落語家さんとの共演が運んだ、子どもたちの笑顔。美味しい料理を提供し、親友をもてなしてくれる何軒かの地元馴染みのお店。僕が混迷のどん底にあった際に、いつも励ましてくれたカウンター越しの大人の会話。身体を躍動させてこそ、前向きな思考になれることを教えてくれた「元気をもらいました」の一言と握手。どこかに共通項がある、異業種個人経営者の親友との対話。音楽を通して人生を語り合う仲間。そして、かけがえのない両親との前進を見据えた’鼎談’。どれも、これも人が好きだから・・・

尊敬する坂本龍馬は、常に人とのつながりを大切にしていた。これぞ!と思えばどれほどの困難があろうとも直接会いに行った。「たとえドブの中でも前のめりに」といった名言たる逸話は、そんな精神の体現から生まれたのであろう。その関係性から得られたものを自分の栄養にして、新たな世の中を模索した。いつの時代も、柔軟で広範な視野を確保するということは、人とつながることでしか成し得ないのではないだろうか。「三人行えば必ず我が師あり」と『論語』で孔子が語るように、人は皆ひとりでは生きていけないものなのだから。

教員である、教員になるとは、そういうことだと思う。授業技術を学び、教材研究を重ねることが大切なのは自明である。だが、それだけでは肝腎要の何かが欠如してしまう、という思いを常に抱く。採用試験の集団討論然り、現場での子どもたち・保護者・同僚との多様性ある人々との対応然り、人とつながる力なくして何かあらむ、だと痛感する。一期一会の契機を以ってして眼前の人に絡み付くほどに関わる貪欲さこそが、教育に携わるということなのではないのか。現在の学生諸君に言いたいのは、授業に真面目に出ていれば、何かが得られるわけではないということ。己の生活そのものに、人とつながる学びをもてるように「生きる」ということだ。幾多の困難に直面しても、僕自身は偶有性の海の中で出逢った幾多の人たちに絡み付くことで、救われてきたことから、強くそう訴えたい。


誰しも人生は「幾山河越えさりゆかば」だ
そして孤独も必然なのである
ならば、人とつながることなくして何が人生なのだろうか?

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小さな夢を大切に!

2014-11-24
人は夢を抱く
大きい夢もあれば、小さな夢もある
本日は実現可能な小さな夢のお話

野球選手や芸能人になりたいなどと、幼少の頃には大きな夢を抱くものだ。僕も例外ではなく、後楽園球場の近くで育ったという環境も手伝って、巨人の選手になりたいなどと真剣に考えていた頃もあった。また「8時だよ全員集合」全盛期であったこともあって、加藤茶に本気で憧れていた頃もあった。だが、次第にその大きな夢が実現可能かどうかが判然としてくる。そこで本当の自分と対話して、夢の規模を整え始める。僕が至った方向性は、「教師となり文学を愛する」ということだった。

それでも尚、決して幼少の頃の夢を諦めた訳ではないと思っていた。教員となって勤務校が甲子園大会に出場して優勝し、教え子が巨人に入団するという経験をした。甲子園の優勝旗にも触れることができたし、巨人で「生きる」ことの表裏を間接的ではあるが知ることができた。また、弱小であったソフトボール部の顧問を務めて、チームが地区大会で優勝したこともあった。「プロ野球選手になりたい。」という夢は、形を変えつつ僕の歩みの中で結実したともいえよう。

今ひとつ、「芸能人になりたい」という夢はどうか。中高教員時代2校目の勤務校で、学級担任をするクラスの生徒が、文化祭実行委員長となった。その際に「先生も何か盛り上げることをやってもらえないでしょうか」という依頼を受けて、校庭のステージでサザンの「勝手にシンドバッド」を歌ったことがある。生徒のみならず外来者が多数見物する中での「屋外ライブ」は、実に爽快な気分であった。その学年の卒業謝恩会では、僕のサザン再演が求められ「みんなのうた」を歌った。その際に卒業生に贈ったことばは「大きな夢を持つことも大切だが、眼前で可能性のある小さな夢を逐次実現して行くことも、人生の上で大切なことだ。」といった趣旨であったと記憶する。自らも常に大小の夢を持ち続けたいと願いながら・・・。

そして今も、いくつかの小さな夢を持っている。バンド活動もその一つ。まったく楽器などには触れることのなかった僕が、パーカッション・コーラス担当となってバンドに参加して早9年の月日が経過した。2年ぶりにメンバーが再会しリハを実施した。僕はせいぜい他の奏者を助ける程度の働きしかできないが、メンバーの腕もよろしく結構な曲を演奏できる楽しい時間となる。研究上で「ことばのリズム」を考えているので、やはり音楽との関わりから学ぶことも多い。再びこのメンバーでLIVEのステージに立つことを、みんなが願っているような気持ちとなった。来年は「結成10周年」でもあるからして・・・・・。

人生は夢一つ叶えるためにある
決して大仰ではなく、眼前にある小さな夢も大切にすべきではないだろうか
希望を持って生きるとは、そういうことだと思っている。

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天守閣からは見えないこと

2014-11-23
己は一国一城の主にて
内には家庭、外には仕事
他の藩との交渉よろしく

城下町の眺めのよい天守閣にいると、お殿様はさぞ藩内のすべてのことがわかったような気になったであろう。だが、遥か高いところから俯瞰することも必要であるが、時に庶民や他の藩の事情などを、この眼で確かめることも必要になるのではないだろうか。時代劇の「暴れん坊将軍」や「遠山の金さん」が、浪人や遊び人に扮して巷間に繰り出すのは、虚構ながらそのような必要性を求めた発想に違いない。「裸の王様」を人々は笑うが、それは誰にでもあり得る危険な落とし穴なのであり、それを愚かと言う前に、己は如何と省みる必要も求められる。昨今では、上に立つ者が「裸の・・」であることに気づかない庶民も多い。

先日、5万石という小藩の城址をみた。城構えはしっかりしており、城下町そのものが山や川に囲まれている天然の要害であった。秀吉から領地を与えられてから、明治時代に至るまで存続したというから、さぞ「小国寡民」な体制であったことが窺われた。大手門から城下町への道は一直線で、見通しが大変よかった。ある意味で「危険な」構図のようにも感じられたが、「外敵」のみを意識するのではなく、「敵は己の内にあり」といった発想を顕然とさせているようにも思われた。

僕らも人生の中で、己の城を築き続けている。頑張れば頑張るほど「自負」できることも多くなり、天守閣に籠りがちになるのかもしれない。築き上げてきたことへの「誇り」はもちろん持つべきであろう。だがしかし、礎石を積み上げて来た過程での苦難を決して忘れるべきではなく、苦闘の底で励まし救ってくれた恩義には、常にあらためて接し反芻すべきではないかと思う。僕の場合は、故郷に帰れるお店が3軒あり、各店はそれぞれに個性的な城郭を構えている。時に、各藩の城主を他の城に連れ出す。坂本龍馬が諸藩を繋ぐことで、自己の視野を拡充していたように、それによって今の僕自身も救われる思いがする。すべては円環の中で繋がることで、推進する力が発生してくる。「泰然自若」であるということは、静止していることではない。柔軟に動き他者の発想に触れて自己変革を繰り返してこそ、保たれる境地であろう。生物上の恒常性も、常に細胞分裂をすることで維持されているのだから。

親友と親友を繋ぎ
そしてまた己が力をもらった
活気ある城郭では、新たなる挑戦も始まっていた。

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落語とは人の気持ちをわかるということ

2014-11-22
コミュニケーションとは?
小手先技術ではなくして
人間理解そのものである

3日間の落語ワークショップを終えた。親友といってもよい金原亭馬治さんは、忙しい中を日程調整し奮闘してくれた。彼が小学生に投げ掛けた言葉に、次のようなものがあった。「落語には色々な人が登場しますが、みんなはその人たちの気持ちになって一生懸命に演じていました。みんなのこれからの学校生活でも、お友だちの気持ちがわかるような人になってください。お友だちが嬉しい時でも、悲しい時でも、わかろうとすることが大切です。」と。

落語に限らず文学にも、様々な人たちが登場する。「登場人物の気持ちを考える」という問いは、国語授業の常道であるが、果たしてそれが真の人間理解に資するものになっているのだろうか?形式・体裁・建前のみでそこに迫ろうと妄想してはいないだろうか?落語は「笑い」の中にも、人間理解を建前抜きに促進させてくれる。文学の読みにも授業にも、もっと「笑い」があってもいいのではないだろうか。子どもたちの意欲的な落語の語り掛けを聴いてみて、あらためてそんな思いを強くした。

発信すれば、誰かの心の隙間に入り込む場合もある。
(ということをこの夜、親友と語って再認識した。)
小欄とて例外ではなく、ささやかに他者の気持ちを揺さぶっている。
理解と表現の狭間で、落語から学んだことは計り知れない。
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落語の笑顔で学ぶ国語へ

2014-11-21
読むのではない
演じてこそ理解できる
楽しい国語授業を落語で創生しよう


小学校での落語ワークショップ3日目。最終日と相成りまして、いよいよ子どもたちが「牛褒め」の噺を発表する。期待9割、不安1割といった心持ちで、大学から約1時間の道程に車を走らせる。すっかりその途次が恒例となった感覚で、三たび小学校の正門から校庭脇にある駐車場に車を寄せる。既に全校集会が体育館で行われているらしく、子どもたちの影が見え声が聞こえる。集会が終了するのを見計らって体育館に移動。早速発表への準備を始める。この日は、ゼミ生2名に進行指導役を任せた。実習を複数回経験して来た4年生は、実に頼りになる。1時間目のチャイムが鳴る頃には、小学校4年生が期待に胸を膨らませて一列で体育館に勢揃いした。

体育館舞台正面に向かって右手から、落語場面を再現した「家」が座布団を四隅に置くことで”築かれる”。そこで「監督役」のタイトルコールで噺が始まる。「枕」となる「小噺」に始まり、「与太郎とおとっつあんの会話」が前半、後半は「与太郎とおじさんの会話」の構成だ。前日の45分間の読み合わせでは不十分なのは重々承知の上であった。よってこの最終日の発表前に、更なるリハーサルを設けるか否かに悩んだ。僕が考えた結論は、ともかく間違いを気にするよりも、子どもたちの「瞬発力」に賭けたいということ。この段でリハーサルをすると、むしろ本番で息切れする可能性があるのではないかと思ったからだ。その結論は、ほぼ的を射ていた。

たぶん担任の先生方のご指導もあったのだろう。子どもたちは僕らの抱く1割の不安を忽ち払拭してみせた。4年生の発表は実に軽快に時が流れた。会話の語り方に気持ちが込められていた。5年生はやや人数が多かったのだが、お互いに協力して作品を豊かにしていた。さすがは6年生、作品に味が備わっていた。それぞれの発表の分析は、これから時間を掛けて行うが、子どもたちの豊かな取り組みには、落語家さんとともにやや人情を揺さぶられ涙腺が緩むほどであった。「45分×3」でできることは何か?その可能性を信じて、制約の中であるからこそ集中度が増し、好機を大切にしようという気持ちが生じる。時間を増やせば学習効果が上がるという考え方には、概ね逆行した発想を僕たちは確かめた。

子どもたちが握手を求めて来る
クラス単位で記念撮影も
彼らとの間に3日間で、確実に「落語人情的なコミュニケーション」が成立した。

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