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「愚の骨頂」に至らぬには

2014-08-11
「面目を保つためのいくさなど・・・」
黒田官兵衛が声を荒げて言い放つ。
「戦わずして勝つ」孫子の兵法である。

大河ドラマは、いよいよ秀吉の天下が見え始めている。軍師である官兵衛にも新たな領地が与えられて、一国の大名となった。その官兵衛が留守の間に、嫡男である長政が領民に意見を聴こうと集める場面があった。「何でも申し述べよ」という長政に対して領民たちが、過酷な労働や年貢の増加に対する不平を口にし始める。「黒田のお殿様は・・・」という不平に対して父を侮辱されたと憤慨した長政が、刀の柄に手をかける。側に控えていた筆頭家老・栗山善助らが止めて、その場は収まるが、領民たちの間には「黒田の家は、すぐに手打ちにする」という評判が立ってしまい、領主への信頼が薄れる結果となる。

一方で天下取りが間近な秀吉は、反勢力である徳川攻めを敢行するが軍勢数で優位ながら大敗を喫す。軍師・官兵衛が不在の中で行われた、世に云う「小牧長久手の戦い」である。秀吉の側近たる石田三成が進言した「面目を保つための戦い」であった。これに対して官兵衛は、秀吉・三成の面前で「愚の骨頂」と痛烈に批判する。徳川勢は三河の軍勢の結束で成り立っているという背景に対して、自軍は新たな領地を確保しながらも軍勢の結束に欠けていた、官兵衛は毛利との領地折衝で、それを肌で感じていたのである。いつの時代も民の声に耳を傾けるかどうかが、為政者の成否を握っているものだ。傲慢に陥った時点で、負けへの転落が始まる。

大河の後、そのままNHKスペシャルを観ていた。「60年目の自衛隊」といった内容であった。番組で取材された、ある自衛隊幹部の退官挨拶が印象的であった。「一発の銃弾も撃たず、一発の銃弾も撃たせず。それを私は誇りに思う。」といった趣旨であった。自明のことの筈であるが、自衛隊が発足して60年の永きにわたり「一発の銃弾も撃っていない」事実がある。軍事費では世界でも上位5傑に入る自衛隊が、この微妙な一線を護り抜いて来たのだ。その上、平和維持活動への貢献度が高いという点は、アフリカなどの諸国が見習おうとしているという。まさに「戦わずして平和維持を果たす」均衡を、自衛隊は保ってきたといえそうだ。

領民に対して刀の柄に手をかけた、青臭い黒田長政曰く、
「労役や年貢が重いのは、お前ら領民の将来を護るためだ。」と。
官兵衛曰く「我らが領民を信ずるのだ、裏切られても信じ続けるのだ。」と

大河は一つの史観に則っているのは承知の上、
400年前の歴史は現代に何を語るのであろうか。
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