当日何を足掻いても

2014-07-31
職場の健康診断
検診アンケート項目
ほとんど自信をもって問題なく

健康診断の季節だ。僕の経験では、少なくとも学校関係はこの時季が多い。基礎的なアンケートに答え、検尿を採取し、いざ検診会場へと向かう。身長・体重・視力をはじめ、腹囲や血圧を測定して行く。いずれも日常から自己検診している項目でもあり、特に数値に衝撃を受けることもない。体重・血圧は、ジムに行けば必ず測定し、視力は眼鏡調整時に計測する。腹囲は、適合する服装を選択できれば、数値を維持していることが自覚される。

さすがにPCと向き合うことが多く、視力は「矯正」となったが、それにしても「学生時代」の数値をいずれも”維持”している。いや、「維持」といえば語弊がある。学生時代のそれに「戻した」というのが正しいだろう。この10年ぐらいの間、健康志向で生活をして来たため、体重を含めて「学生時代の数値」が復活している。健康診断時には、それをあらためて再確認できるのだが、やはりこれは「1日にしてならず」なのである。

むしろ30歳過ぎあたりの方が、血液検査の結果などに問題が多かったと記憶する。食事に気を遣わず、日常的な飲酒を繰り返し、特に目標もなく流れに任せた生き方をしていた。などと考えると、このように健康を維持しているのは、毎日の生活そのものであることが再確認できる。適切な習慣を創り、意欲的・主体的に仕事へも取り組み、運動を忘れないという日常。これは身体作りの原則であると同時に、研究の心得にも通じる。研究発表や論文〆切があるから「足掻く」のではなく、日常的にテーマをもって進めているか否か、ということが大変重要であるということだ。

よく高校生は、検診前の数度の食事を抜いて体重計に乗っていた。
腹囲測定で腹を引っ込める動作は醜い。
当日何を足掻くよりも「今を積み重ねる」、それはイチローの教えでもある。
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言葉は己を写す鏡なり

2014-07-30
「右目はどうしたんですか?」
不意に発せられた他者の言葉。
己は朝から何とも思ってはいなかったのに・・・

職場でふとある方から、冒頭のような問い掛けを受けた。起床してから自宅で何度も鏡を見ているが、自分では何とも思っていなかった。せいぜい普段よりも幾分起床が遅いだけで、特段な変化はないと思い込んでいた。だが問い掛けを受けてから、あらためて鏡を見ると、やや瞼は腫れ気味であり、眼球は窪み隈が出ているようでもある。それを自覚すると、なぜか急速に激しい疲労感に襲われたようになった。

「暗示」とはかくありきか。自分では今日も、元気な一日と思い込み行動を開始している。だがある客観的な捉え方をもって再確認すると、過労な状態に陥っていることを自覚する。2週連続週末に、研究学会・親戚訪問・朗読発表会・恩師の墓参と続き、移動距離もさることながら、休息のできる休日をとっていなかった。各地で飛び込むビジネスホテルの寝床は、やはり自宅よりも深い眠りは保証されない。きっと身体が、眼球という信号機に「黄色」を点灯したということだろう。

今何が必要か?と考えると、栄養と休息であった。予定していたジム行きは断念し、自宅近所の懇意にする店で、事情を話し栄養が付きそうな料理をいただく。店主夫妻と話していると、次第に元気も回復してきたようだ。そして、早くも宵のうちには就寝。何よりも質の高い睡眠を意図して、夢ならぬ休息の時間に突入した。あらためて、如何に強引な意志が、身体を酷使しているかを思い知らされる一日となった。

他者の言葉は重要だ。
悪意がなければ素直に受け止めることも肝要。
会話・対話があってこそ初めて的確な己が知れるものである。
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夏休みの空港で

2014-07-29
保安検査場という関所
夏休みは子ども連れの利用客も多い
そこで思ったことなど

「出発の15分前には保安検査場をお通り下さい。搭乗口へは出発の10分前までにお越し下さい。」と「搭乗案内書」には明記されている。夏休みということもあって時間帯を問わず混雑している空港。ほぼ出発時間が迫っているにも関わらず、保安検査場で気を急かしながら並び続けている人々も多いようだ。空港係員が「〜航空・・時・・分〜行きにご搭乗のお客様はいらっしゃいますか?」と盛んに問い掛ける。列の中では、何人かの人々が挙手で意志表示する。既に出発時間の5分前といった場合も少なくない。

すると順番に並んでいるのを越えて、優先的に保安検査場を進む。その後も決して狭くはない首都の空港では、搭乗口までの距離も短くはない。果たして一日に何人、航空機に「駆け込み乗車」する人々がいるのだろう、などと考えてしまった。特段、腹が立つわけでもないのだが、この「社会の優しさ」に「甘えて」いることで、果たしていいのだろうか?などという思いが脳裏に浮かぶ。僕の米国でのフライト経験では、この「優しさ」は皆無である。乗り継ぎ便があろうと、どんな条件であろうと、「自己責任」を問われて然りなのである。

されどここは「日本」である。「柔和な優しさ」を湛えていてこそ、弱者に社会が優しいゆえの「平和な社会」なのではないのかとも思う。ある意味で、こうした保安検査場で、その「優しさ」が発揮されてこそ、「日本的健全」なのではないかとも思う。だが、考えてみると世相は、明らかに「批判社会」に舵を切っている。商品でもサービスでも、果ては教育でも「批判」するありきな風潮が蔓延している。紛争も辞さずに自己主張し、その上で身を護る方策が前提の議論が為される。社会のある一面で「優しさ」を湛え、多くの人々がそれを求めながら、強者の論理で社会が改変されようとしている、いやされつつあると思わざるを得ない。気付いた時には、社会は「優しさ」など糞食らえとなっていそうで、誠に恐ろしい気がしている。

航空機が離陸する
その刺激に歓声を上げる子どもたち
健全な「日本の夏休み」を、今はまだその声に感じられたのだが・・・
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恩師に卒業生に励まされて

2014-07-28
恩師の命日たる7月
夏がくるたびの墓参
そして卒業生との語り合い

7年前の7月、恩師が急逝した。4月から闘病生活に入り、数カ月でのことだった。学問研究をして来て、そして大きな山場にさしかかっていた僕は茫然自失となった。そんな時に、恩師の代講として卒論指導を担当していた学生たちがいた。その後、彼らが卒論に邁進する姿に力をもらい、僕自身は立ち直れたんだと、今にして思う。

その卒業生たちと1年に1度の再会。恩師の墓参と奥様が待つ自宅訪問。いつもながら壁に掲げられた恩師の遺影は、優しい微笑みをたたえていた。その視線に見守らながら、奥様も含めて卒業生たちの近況を聞く語りが展開する。毎年毎年、様々な分野で活躍し前進する彼らのことばは逞しい。公私にわたり苦難もないわけではないが、それを乗り越える強い力が彼らには宿っている。そのことばにまたまた励まされて、自らの学問追究に妥協あること勿れと心に誓うのであった。

恩師に励まされ
卒業生にも力をもらう
僕の7月は何とも心強いのである。
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朗読は人を育てる

2014-07-27
人前で表現することの困難
そこに毅然と立ち向かうか否か
朗読を創る過程が育むもの

授業として立ち上げる時点から関わってきた「授業に活かす朗読講座」。担当を外れて初めての発表会に参加した。当初は"傍観者"を決め込んでいたが、詩の朗読ぐらいはという話が次第に拡大し、「ミニ授業」を展開することになった。やはりこの朗読会は、観て聴いているだけではなく、参加することで、激しい胸の高鳴りがある。

先月、大学付属中学校の中学1年生を対象に実施した授業を、公開向きにアレンジし15分間で、その趣旨を展開した。対象も中高生から大学生・院生、そして一般の方々までと幅広い。個別に発問することも不可能な中で、なるべく個々人の"読み"が立ち上がる展開を意識した。自然と随所に「笑い」の要素も発揮して、授業は自分で考えていた以上に流麗に進行した、と自負できる。これぞまさに僕が意図する、「ライブ性」に他ならないと確信した。

受講者たちの発表作品も粒揃いであった。絵本世界を存分に味わい深いものとして表現する読み聞かせ。古典作品を日常語の現代語訳を交えて展開する工夫ある群読。現代小説の読みを深めて自分たちの感激を声に載せた作品。高校定番教材の『山月記』を、原文とリライトした分かり易い文を交錯させながら、登場人物の葛藤に深く分け入る群読。そして『平家物語』は「坂落」のシーンの迫力を存分に群読として表現した。いずれも、表現者自らが朗読テキストたる文学の読みに自己を起動させ対峙させて、その読みの深淵で得られたものを声に載せて表現している様子が見て取れた。今年度、僕はその制作過程を知らないが、受講者の事後コメントなどを聞いていると、やはり朗読によって彼らは大きく成長したのだと確信できるものがあった。

朗読は人を育てる
そして毎度、朗読は人を繋ぐ
僕自身もまた育てられ、新たな朗読への野望が起動した!
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揺れる想い

2014-07-26
苦しかったあの頃
支えてくれた人たち
久しぶりに座るカウンター席

誰しも孤独で苦しいときがある。好調時よりも、沈んでいる時に励ましてくれる人は貴重だ。何度も何度も心が折れそうになる日々。その一つ一つに耐えて、奇妙にも忍耐力がついたような気もする。心の中で「明日なき闘い」などと呟いていた、過ぎし日の想い。

お店に集う異業種の人々。視点の違う力をたくさんもらった。その人々にも、この間に様々な変化があったと聞かされる。安堵することもあれば、意外に思うこともある。今は定まった座席がある僕は、あの頃とは違った心の揺れに遭遇する。人と人との繫がりは、かくありきかと。

やさしき眼差し
揺れる想い
また夏が来ている
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朗読は夢を運ぶ

2014-07-25
山あいの小さな小学校
全校生徒は20〜40名
そこに朗読で夢を運びたい

秋に実施するプロジェクトの打合せで、2校の小学校を訪ねた。いずれも玄関に表示があって海抜は「40m」以上が目についた。そう!山あいにある”物語”に出て来るような、小さな小学校なのである。各学年10名以内、場合によると「複式学級(複数の学年を一人の先生が担任し同時に授業をする)」となっている。校長はじめ教職員は、すべての児童の顔と名前が一致する。ある意味で、豊かな人間関係のある学校だと、穏やかな気持ちになった。

秋には役者とギタリストを伴い、この小さくも豊かな共同体に「朗読」を提供しようというのが、今回の計画である。「芸術体験」となると「音楽鑑賞」が多く、「演劇関係」は時折だと先方の校長先生もおっしゃっていた。しかもそれは「鑑賞」でしかなく、あくまで受動的に「観る」だけに終わる。「朗読」という比較的入り易い「演技」を、子どもたちにも体験してもらいたいというのが、今回の大きなテーマである。

「国語」教科の学習でも、「演じてみる」は奨励されている。だがしかし、なかなか授業内では様々な制約があって、自己の殻を破った演技には至らないのが実情であろう。椅子から解放し、体育館に整列させるわけでもなく、学年を超えて自由に存在する子どもたちに、朗読の楽しさを存分に伝えたいと思う。〈教室〉での肩に力の入った「音読」では、自己解放には至らない。役者の豊かな表情とギタリストの巧妙な絃の響きが、子どもたちの自己創造の「読み」に誘うことを目標にしたい。

今後また小欄でもレポートを掲載していく。
朗読は夢を運ぶ。
またあらたな出逢いがそこにあった。
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講義の効用と改善と

2014-07-24
話して伝えるということ
活動して理解するということ
人数と教室と様々な条件にもよるのだが・・・

前期の講義も最終週を迎えた。15回は長いようで短い。シラバスに示した構想通りに実施してきたつもりであるが、いくつかの反省がないわけではない。基礎・基本となる知識を提供するがために、比較的「講義」形式になりがちであったが、それでもなお班別の「活動(演習)」をなるべく入れようと努めて来た。重く動かしにくい机椅子では、なかなか機動的な班別活動は行いにくい。

「講義」はそれで効用がないわけでもない。ラジオを聴いて触発されることがあるように、講義も話の方法次第な筈である。嘗ては「名講義」たるものがあって、その分野に関して甚だ感銘を受ける講義が存在した。僕の学生時代も然り、また大学受験講座(ラジオ講座を含み)などでも実に巧妙な「講義」が展開されていたものだ。

それゆえ、90分を巧みに使う「方法」を考えるべきだ。受講者の興味関心を引き出し、主旨が明確で、なおかつ多様な「寄り道」などが散りばめられる。聴いていて飽きない「構造」というものがあるはずだ。「活動」は活動として、受講者の体験的理解を促進するが、目的や戦術のない「活動」ほど危ういものもない。それは校種を問わず言えることではないのだろうか。

講義の成果たるレポート
評価とともに己の講義の改善点を「読む」
「教育」を教えるための「教育」のあり方を考える
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航空機の中で

2014-07-23
約90分という時間
大学講義と同じ
集中して何ができるのか

例外もあるが、概ね月に1度は東京か大阪へ行く。研究学会等の出張を始めとして、私用を合算するとこの程度になる。すると以前より航空機に乗ることが日常化する。荷物の塩梅からして実に手慣れた感覚となる。飛行時間は60分から90分ほど。あまり寝込むこともなく過ごす事が多い。

この日は、搭乗する空港でメールチェックをすると、「午前中までに返信を」という一件があった。すかさず航空機の中で思案すべきと決め込んだ。手帳と持ち合わせた小さな資料である文庫本を荷物から取り出して座席にすわる。何事も時間制限を設けると、潤滑さが増すものである。

手帳に思い付いた事から書き出す。文庫資料を眺める。暫く脳裏で想像する。といったことの繰り返しで、「着陸態勢に入りました。」というアナウンスとともに、「思案の着地点」も見えて来た。90分という時間は、こうした構想を練るのには必要十分かつ適度な”距離”なのかもしれない。

こうした時間が過ごせる航空機
個々の尊い人生を運んでいる
あらゆる意味で空の安全を祈る
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親戚を訪ねて

2014-07-22
同世代の従姉妹の生き方
母の故郷の親戚の方々
僕が今、生きている一つの理由

日本では一般論なのかもしれないが、父方に比べ母方の親戚との交流が盛んである。同じ歳の従姉妹とは、幼少の頃から夏休みにでもなると、多くの時間を共有した。双方の対照的とも言える両親の考え方を、いつしか相対的に比較していた気もする。地方にて小学校教員一筋に奮闘する従姉妹夫婦と、現場から研究を志し研究職となった僕の歩き方もまた、ある意味で対照的かもしれない。

母の故郷の小さな町を歩く。小高い丘の上には墓地があり、祖父祖母が眠る。その「小さな」町では、ギネスにも登録される大きさの打ち上げ花火が自慢である。母が還暦の際には、同級会一同が60発の「スターマイン」を奉納し、僕は桟敷席からその一つ一つの光線を見上げた。光の筋は単なる物理的なものではなく、僕にとっては母の人生そのものが投影されているように見えた。28発目ぐらいからは、僕自身が育つ過程が重なった。

何軒かの親戚宅を訪問する。驚くことに母は「アポなし」にも関わらず、笑顔で玄関から入っていく。親戚もまた、平然とそれを受け容れる。この寛容極まりない雰囲気の中に、僕自身の血縁的な存在理由を探したりもする。ある意味で、長生きしている親戚の方々と再会して、遺伝的ないくつかの予測要因を見つけるのも楽しみの一つである。

今僕が生きているということ。
母の人生をあらためて見つめ直すこと。
また新たな前進と希望を心に誓い今生きる場所に還る。
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