新陳代謝の意欲

2014-01-31
「1、古いもの(=陳)が去り(=謝)、
 新しいものが代わって現れること。
 2、生物体が生存・活動に必要な物を体内に取り入れ、
 不必要なものを出すこと。」
(『新明解国語辞典第6版』「新陳代謝」の項目より)

細胞が話題になっているが、その根源的な活動が「新陳代謝」であろう。僕たちの体内でも、まったく「無意識」などという領域を遥かに超えたレベルで、起こっている作用と理解しておけばよいのか。もちろんそれは「意識」を以て制御することができるはずもない。例えば、年齢とともに筋力が落ちれば、必然的に「基礎代謝」が低下してしまうが、せめて筋力を強化すれば保てるほどには制御できる。「新陳代謝」作用が衰えないような状態に、自らできることはしておきたいと思う。

友人と話していて、精神的「新陳代謝」の重要性をあらためて自覚した。現状の仕事を”維持”するのではなく、新たな状況へ向けて更新していく前向きな心。「過去の蓄積」で出来上がっている「現在の位置」ではあるが、守りに入った時点でそれは「錆び始める」ともいえるだろう。筋力を強化するかのように、また次のステージに進んで行く意欲をもって「行動」することこそが、仕事の「基礎代謝量」を衰えさせない秘訣ではないだろうか。

友人は、「ハンドルを握っていてふと決意した。」という。
そんな「未来」へ向けての「今年」がある。
その後、話しているとお互いが坂本龍馬を尊敬しているという発見があった。
新しい日本を見据えた前のめりな人生。
異業種の友人との熱い語らいから得た、「新陳代謝」の意欲!
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「対費用効果」の悲哀

2014-01-30
「対費用効果」に見合わないので〜。
昨今、よく聞くフレーズだ。
経営的思考からすると「当然」だと言われてしまうのだが・・・。

何をやるにも資本が第一ではある。「地獄の沙汰も・・・」とはよく言ったもので、たぶん貨幣的経済社会となって以来、「金」を中心に価値観を判断するという必然が続いて来たのであろう。だがしかし、それにしても「金」を吊るして「効果」との関係性で、全てを判断して行くという過剰な価値観が、世に蔓延していると感じざるを得ない。

特に僕たちが真正面から取り組む教育においても、「対費用効果」の価値観が横行している。必然的に、どんな具体的な「力」を学習する者が付けたかということが重要視される。よって眼に見える「学力」として資格・検定といった、能力を「数値化」できる材料のみで「学力」を判断しがちになる。もちろん学校では、子どもたちの関門となる「入試」において、「効果」を上げる学習を「費用」を出している保護者は求める。多様なものの考え方や人として豊かな感性などは置き去りにしても、「対費用効果」に優れた「商品」を学校は提供することに躍起になる。その分野で優秀な「商品」を提供できる学校が、「実績ある」と評価される。

だが果たしてこれで子どもたちは、幸せな人生を送れるのであろうか?甚だ疑問である。僕自身も首都圏出身のせいもあって、私立中学受験の経験者だ。小学生のとき、野球や剣道や絵画(実はこれも意外と得意だった。)を辞めてまで、進学教室に通わなければならない自分に、どこか疑問を感じていた。勉強は学校で学ぶもの、それでいいではないかと子どもながらに思っていた。私立中学校に入学してからも当初は、小学校からの継続で同じ進学教室に通った。それでも1ヵ月もしないうちに野球部の練習を優先して、最終的には自分自身の意志で進学教室通いを辞めたことが、鮮明な記憶として残っている。

哀しいかな・・・
「対費用効果」の価値観ども。
「知性的・感性的成熟」は「数値」では計れない。
少なくとも「利益誘導型教育」から自ら抜け出し、
「知性的・感性的」に人生を歩んでいる己は守り続けたいと思う。
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偶然に気づくや否や

2014-01-29
偶然に友人・知人に遭遇する。
電車の中、雑踏の中、路地を歩むとき。
たいてい「会いそうだ」という予感がある。

地理的感覚とこうした勘には長けていると自負がある。電車に乗った瞬間に、誰かいると察知してしまう。店に入ろうとするとき、誰か顔見知りの学生がバイトしていると予感がある。向こうの駐車場に誰かいると勘が働く。

こうした偶然は、気づかずに通り過ぎてしまう場合もある。だがその偶然を大切に、「千載一遇」であると大切にしたいと常日頃から思う。なぜこのタイミングなのか?一瞬何かが違えば会うことのない時間的交錯。きっと「会う」必然性の中に置かれているのだと思い込みたい。

こうした日常の「現実」は、きっと象徴的な出来事。
人生も偶然に気づくか否かということなのだろう。
「幸せとはなるものではなく、気づくものである。」とある本に曰く・・・
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説得力を持たせるには「ストーリー」を

2014-01-28
授業やプレゼンに説得力を持たせるには?
緻密にわかりやすく語るだけではなく、
「ストーリー」を含めるとよい。
絵本語りに子どもたちが眼を光らせるように、
聴衆の好奇心が起動するからだ。

数年前にNHKで放送していた「スタンフォード白熱教室」を大学院授業の話題提供に使用した。ワークショップ形式のその白熱した講義の中で、担当者のTina Seelig先生はこう語った。「説得力を持たせるにはストーリーを語ること。」そう授業でもプレゼンでも講演でも、「ストーリー」が必要だという。Tina先生は講演の際に、最初に「絵本の扉」のような画像が出て来て、「これからお話をします。」と始めるという。

特に「授業」を構成する際に、知識や技術を中心とした組み立てになりがちだ。学習者の知性を本当に刺激するには、果たしてこれだけでいいのだろうか?確かに僕などは、授業に和服で出向き落語を一席となると、学生の眼は明らかに輝いている。それを毎回実行する訳にもいかないが、せめて好奇心を刺激する「ストーリー」を含めた授業にしたいと思っている。そんな意味から、あらためて映像を観て、僕自身も講義に対する考え方を再吟味する契機となった。

米国型ビジネス社会における「起業家」を養成する、という主眼を持ったこの「白熱教室」なので、批判すべき側面がないわけではない。だが、その「米国型」という先入観のみで否定的に見るのもまた偏向した思考に陥ることになる。現に多くの米国発の文化的恩恵に、僕たちはある種の”満足”を覚えている。しかもアカデミックな最高学府のあり方などは、参考にできる点が多いと実感している。明らかに米国の大学の学生は、日本の大学の学生よりも勉強していると思えるからだ。(勉強せざるを得ないシステムがあるからだ、とも言い換えられる。)

日常から「ストーリー」を語りたい。
そんな願望が、小欄のような”ネタ集め”を、
自分に課している一理由でもある。
自分の生き方そのものも「ストーリー」のようでありたい。
”ロマンチスト”として最大限の夢を語り続けたいと思っている。
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在りし日の己を愛するために

2014-01-27
桑田佳祐(ソロ)の曲の一節。
「在りし日の己を愛するために
 想い出は美しくあるのさ
 遠い過去よりまだ見ぬ人生は
 夢ひとつ叶えるためにある」
(「明日晴れるかな」より)

このフレーズが何度も心の中に流れ続けた。「在りし日」は、僕が東京に住んでいた頃。年もあらたまりそれはもう「過去」と呼べるようになってきた。「想い出」に繋ぎ止められていては、「夢ひとつ叶える」前進が遂げられなくなる。されど「まだ見ぬ人生」のためにも、「美しくある」人々との再会をしたいという感情が高まった。

世間話が好きなおじさんがいる酒屋さん。僕の住んでいたマンションのすぐそばにある。地方赴任にいよいよ来る際には、豪華なワインを餞別にいただいたのが忘れられない。ひさしぶりであるが元気なおじさん・おばさん、そして息子さんの顔が見られた。日常の苦難を忘れるがために、心の潤滑油のように飲んだ”瓶ビール”。いつもおじさんか息子さんが、僕のマンションの一室まで配達してくれていた。”缶”にはない旨味に舌鼓を打ちながら、、まだ見ぬ「夢」を追い続けていた頃。「夢」はいまや「現実」となり、そのために僕はその酒屋さんがある街を離れた。再会すればいまだ健在の笑顔があった。

酒屋さんの向かいには豆腐屋さんがある。その手作り豆腐は絶品で、その後二度とスーパーで豆腐が買えなくなった。昨年、僕が街を離れる頃には、おじさんの体調不良も重なり営業が困難になっていた。久し振りに出向くと、豆腐屋の店構えが立派な玄関に改築されていた。酒屋さんの方から見ているとおばさんの姿が見えたので、挨拶に路地を渡る。元気になったおじさんも出て来て、笑顔で迎えてくれた。健康に留意するがために、僕はこの店の豆腐や厚揚げを食べ続けた。それもまた日常の苦難を乗り越えるがための栄養であった。

僕の「過去」を支えてくれた、二軒のお店の「人々」と再会できた。その「過去」の延長線上に「今」があり、更なる「夢」が空間を超えた新たな場所で起動している。「想い出はうつくしくある」ためには、そこで心の会話をした人々の「存在」を忘れてはならないのだと思う。路地を歩く自分は紛れもなく「今」なのであるが、いつしか「過去」の美しさが透けて見えるような気分になった。寒い冬ながら、心が”温まる”時間が過ごせた。

「今」を構成している支えてくれた人々の笑顔。
僕は、土地でも住宅でもなく、そんな個々の「人」をこれからも大切にしたい。
「今」住んでいる土地に最終便で戻り、友人に土産を手渡す。
そう!ここにもまた次の「夢」のために、僕を支えてくれる人がいた。
物理的でも利害関係でもない、「生きる」とはこういうことなのだろう。

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研究とブレない「現場主義」

2014-01-26
研究か現場か、
どちらへ進むかと迷った学部卒の頃。
まずは現場に進んだ僕であったが・・・

古典文学の魅力を伝えたい、そんな一心で新卒教員として高等学校の教壇に立った。だがその信念はそうたやすく実現するものではなかった。こちらが一方的に語れば語るほど、生徒たちは僕の授業から耳を背けた。授業とは何か?悩み苦しんだ若かりし頃。

現職教員でありながら、再び研究のステージに立ちたくなった。ゼミ・学会での発表を通して徹底的に自己の研究を批判されて、その度に再び立ち上がろうと努力した。すると自ずと教壇で教えることに謙虚な姿勢が保てた。学ぼうとする生徒たちに視線を、実体験として再認識できたからだ。

今でも必ず、研究学会に行くと新たな希望が起動する。深く精緻に探究しようとする心。他者の発表を聞きながら、そこに自己の姿を投影する。また、「現場主義」という信念を貫く尊敬する方の会合にも、昨日は久しぶりに出席した。どんな立場になっても「ブレない」、その柔軟であり強固な意志には、いつも敬服する。

研究の奥深さを常に求める。
同時に社会的に広い視野を確保していたい。
その矛盾するかのような境地を実現する存在でありたい。
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Going home おかえりなさい!

2014-01-25
その一言があたたかい
帰りたくなる場所
日本語で簡単には表現し難い"home"

扉を開けた瞬間に響く
何度となく苦難のどん底にいる時
僕を救ってくれた声

耐えるために必要なものは何か?
自分の根性でも強さでもない
真に繋がった人々の温かさ

優しいとは何だろうか?
妥協なく自分の決めた道を歩む人だけが持てる
柔軟で視野の広い包容力

家族ではないhome
いつも支えてくれる心がある
それは自分で見つけ創り出すもの
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医療知識リテラシー

2014-01-24
インフルエンザが流行り始めた。
周囲から罹患したという声が聞こえてくる。
寒さと乾燥とで菌が活発になる要素が揃う時季。

果たして僕たちは、インフルエンザについてどのくらい適切な知識があるだろうか?他にもノロウイルス等の胃腸炎を起こす菌についても、その対応を含めて的確な情報を十分に持ち得ているかどうかは疑わしい。元来が、こうした菌に”ヒト”としてどのように対応したらよいのかという根本的な問題からして曖昧な中で、罹患し苦しんだりしている。

5年ぐらい前から、「新型」や「パンデミック」に対する懸念がメディアなどを通して報道されるようになった。確か「新型」騒動の際は、現在東京都知事候補である舛添氏が厚生労働大臣で、成田空港という”水際”で、必ず「新型」の国内侵入を”完全防御”するのだ、といって強硬な姿勢を誇示していたという記憶がある。その”政策”でむやみに長期間、成田に足止めになった方々がいた。まさに”島国根性”で、外敵は完全遮断を目指そうとする姿勢を行政が見せた事例であった。

果てに「新型」は、どこからということもなくたちどころに日本中で蔓延する結果となった。だが行政のみならず、報道を始めとする世論も、その時季に短期留学等で海外渡航をさせて「新型」に罹患した学生を出した高校などを、「感染源」を見つけたかの如く”叩いた”。その高校生にとっては唯一無二の貴重な渡航経験であったはずが、「世間」の閉塞的な発想ですっかり「悪者」にされてしまったという事例が、僕の記憶の中に刻まれている。

こうした例を見るに、メディアがいかに短絡的に医療知識も精査せずに情報を振り撒いているかがわかる。もちろんテレビ番組などには”専門家”である医師も登場するのだが、「新型」などであると、その医師であっても情報が錯綜している可能性があるということを、視聴者として意識しておく必要があろう。僕自身の経験からすると、この「新型」類型や「パンデミック」の可能性などにたいそう疑問があった。ゆえに新書でそうした情報に精通した内容を書いている著者である医師に、直接メールしてその具体的な状況への対応を問い掛けたことがある。その医師は情報の精査のためにかなり忙しい日々であると、そのブログから理解できたが、僕のような一介の「市民」に対しても丁寧に対応方法を指示する返信をくれた。医師とはこうあるべきだと、その時痛感した次第である。

幸い僕自身は、免疫力を高めるような生活をしているせいか、ほとんどインフルエンザなどを罹患したことがない。昨年暮れに、珍しく喉から鼻へという風邪を引いた。これが思いのほか長引いたので、引き始めの対応をあらためて心得ておくべきかと感じている。まだしばらくは、いくつかの菌への対応を余儀なくされる日々が続く。ともかく、手洗い・うがいの励行等、最低限の方策は個人的に心得ておこうと思う。

友人・知人らが早くインフルエンザから快復することを願う。
何より受験を控えた学生諸君などは十分に注意して欲しい。
そして医療・病気に対して適切な知識を持とうとする意識が、
何よりも大切ではないだろうか。
「情報」という観点で日本社会が抱える問題は多い。
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いつまでも伝え続けるさ

2014-01-23
どうして伝わらないのだろう?
と考えて諦めてしまうのは簡単だ。
だがしかし、伝え続けることこそ尊い。
その蓄積が珠玉のことばとなって報われる。
その時のえもいわれぬ心の平穏を知る。

「温かくて優しい」こと。
「生きる」ことの意味。
「命とは」?
「考えを貫く」真の強さ。
「伝えること」の大切さ。
「僕たちにできる」こと。

日常の様々な時と場所で、
忘れていたこと、
本当は大切なこと、
を伝え続ける。
いつしか、
人として豊かな感情が湧き上がる。

不器用に
唐突に
愚直に
それでいて
しなやかに
真っ直ぐに伝え続ける。

理論でも
学術でもなく
ただただシンプルに
素直に心を伝えること。
それを、本気で本心から
実行できるということ。

「未来は、歩きながら考えて行くものだ。」
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卒業生がいう「変わらないですね」の意味

2014-01-22
卒業生に久方ぶりに会ったとき、
大抵「変わらないですね」と言われる。
その言葉を精緻に解釈し色々と考える。
決して僕だけが言われるわけではない言葉。
その意味がようやく腑に落ちた。

誕生日を迎えた。早朝からのメール(いや深夜から)やSNSを通じて多くの方々から、祝福のお言葉をいただいた。大変ありがたいことである。この場をお借りしてあらためて御礼を申し上げたい。ありがとうございました。誕生日の祝福とは何なのだろうかと、数年前から考えるようになった。この世に生命を受けた記念すべき日。自己が生きている始発となった日付。その日から時を刻み続けていることを自覚すべき日ではないかと最近は考えている。それゆえに誕生日近辺で人間ドッグを受診するようにしている。(今年はまさに当日)それは、自覚できないところまで「変わらない」かどうかの点検をしたいがためである。

精神的には「実年齢×0.7」が現代社会では妥当だと思っているので(過去にそんな記事を書いた)、「若返りの日」でもあると思うようにしている。その「×0.7」あたりが大学院で苦労していた頃の年齢でもあり、その痕跡を忘れないためでもある。いずれにしても誕生日は「プラス思考の加算」であり、マイナス思考な退化・老化といった”感情””実感”は抱かないようにしている。身体の新陳代謝によって、今もなお進化し続けると”勝手に”思っているのである。


内田樹氏の『街場の憂国論』(晶文社2013)を最近読んだので、気になった点を小欄で紹介している。(自己の覚書の意味もある)本日も次の一節を引用しておこう。

「大学と教師は、「卒後の自己教育」にとっての観測定点であり続けるという重要な任務がある。」(p320)



おもに社会人となった卒業生が、「自己教育」により「成熟」を目指すがために、大学そのものや教師を「定点」にして、自己の変化を「観測」するのであるというのだ。こうして言説化されると実に腑に落ちるのだが、僕自身もそうやって大学教師との卒後の交流を続けて来た。またたぶん高校でも中学でも、微妙な差異はあるだろうが同じような「機能」を教師は担っているのではないかと思う。「先生!変わらないですね」という卒業生の言葉は、彼・彼女らが「自己教育をして在学時よりも、これだけ成熟できました。」と自己確認をしている言葉でもあるということだ。そういう意味では、教師は自ら「変わらない」で居続けるという使命があるようにも受け取れる。

ここで前項で記した誕生日のことと併せて、僕なりの「変わらない」観を「自己確認」しておきたい。「変わらない」ということは、同じ職場にいることでも見た目が老化しないことでもないと僕は思っている。時とともに人も動いている。その潮流の中で「変わらない」(と受け止められる)には、卒業生の潮流にもリンクするが如く動いている必要があるように思う。じっとしていて「本当に」在学当時と「変わらない」でいるとしたら、たぶん卒業生は「変わった」(退化した)と感じるに違いない。在学時に提供できた”熱さ”のようなエネルギーを発散し続けていることが、「変わらない」ということではないだろうか。もとより公立小中高教員であれば、同じ”箱”の中に居続けることは実務上不可能である。まあ大学であれば可能かもしれないが、大学間の人事的な”流動性”は、ある意味で自明のことである。(特に昨今、正負双方の意味で)ということで、決して卒業生にとって校舎やグランド・体育館も重要な「観測定点」であることは理解した上で(僕自身も母校の校舎が取り壊される光景を眼の当たりにして愕然としたので)、教師がそれであり続けるには、「進歩的変化」の中に身を曝している必要があるのではないかというのが、僕の持論である。現にそのように歩んで来た今がある。

卒業生によっては、
僕は「定点」としてわかりづらいかもしれない。
初任校の部活のOG会で「先生!若返りましたね」と言われたことがある。
決して実質的にそれはあり得ないとは心の底で思いながらも、(何せ20代の頃だから)
いまは”あの頃”よりも成熟して歩んでいる「自己」を発見する思いがしたのも確かだ。

誕生日を迎え、両親に感謝して記す。
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