坂道を登る自転車

2012-10-31
東京都内の土地の起伏は激しい。台地と渓谷が連なる険しい地形が連続するが、そんなこともいつしか忘れ去られている都会の喧噪。僕の住んでいる家の周辺はとりわけ坂が多い。ふとその坂を徒歩で下っていると、向かいから自転車が登って来た。それほど急勾配ではないが、距離の継続性からすると自転車での登坂は決して楽ではない。かつてこの坂を自ら毎日のように自転車で登っていた経験のある僕は、自転車で坂を登る男性を心の中で応援してしまった。

「頑張れ!もう一息だ」

坂道を自転車で登ると、頂上まであとわずかな最後の一漕ぎが特にキツく感じられる。そこで断念するのは簡単だ。しかし、それまでの長い坂を継続して登って来たのに、最後で諦めるのは癪に触る。積み上げて来たものを放棄するような感覚に陥るからだ。脚の筋肉は疲労し厳しさを増すあたりを乗り越えてこそ、頂上での小さな達成感に出会えるのである。そんな思いが僕の心の中で起動したがゆえに、ついつい見ず知らずの自転車の男性を見て、自然と応援する気持ちを持ってしまった。

もう15年ほど前になるだろうか。この坂道を自転車で登っていた自分がいる。この坂道に限らない、いくつもの坂道を自転車で制覇していた。それは勤務を終えてから大学院に“通学”するためだ。勤務時間終了から、大学院授業の開始まで約30分。公共交通機関を使うより自転車でこそ大学キャンパスに到達することができる。地図上で直線距離を引いて、その線上を走破していた。特に坂道でも自転車を降りて押すことはなかった。“志の表象”として、自分の信念を曲げるかの如く感じていたからだ。坂を登り切る小さな達成感が、日々の信念を支えていたといってもよい。

「人生は重き荷物を背負ふて、長き坂道を登るが如し。」
有名な家康の遺訓。

登り始めより中盤から後半が一番厳しい。
必死に坂道を登り切ろうとする自転車の男性を見て、
思わず自らも登坂途中であることに気付く。

心の中で応援歌を口ずさみながら
自転車で坂を登り大学院への道を急いだあの頃。
自らの過去の幻影に励まされることもある。

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失ってこそのありがたみ

2012-10-30
先週末の地方研究学会参加のため、夜行バスに乗ったせいか、やや左腰に張りがある。その上、資料を詰め込んだ鞄を左肩だけに掛け続けたせいもあるだろうか。宿泊先のベッドの固さにも・・・等々、ついつい身体の変化に関して「犯人捜し」をしてしまう。もちろん急激に冷え込んで来た気候の中で、確実に身体は適応の為の準備をしている。

ジムでの定期的なトレーニングも、こうした個人的“行事”があると不定期になりがちだ。特に体幹部の腹筋・背筋はトレーニングを怠ると急激に衰える印象がある。久し振りのトレーニングで一番キツいのが腹筋であるのは明らかだ。腕や足に関しては、やはり日常でも刺激が掛かり動作を繰り返しているからでもあろう。体幹部は最重要でありながら、衰えやすい筋肉と言えるのかもしれない。

ジムで1時間ほど時間をかけてストレッチのみ。次第に関節の可動域も広がり、筋肉の張りが緩和されてくる。同時に身体各部のあり様に敏感になっているので、筋肉の衰退と脂肪の勢力拡大が自覚される。そしてどれほど定期的にトレーニングを実行し、身体維持に努めることの重要性を再認識する。同時に、心の拠り所となっていた親しいトレーナーさんが、このジムから去ってしまったことを、今更ながらに嘆く。最近、明らかにトレーニングに対する姿勢に甘さが感じられもする。

あのトレーナーさんなら、何と言ってくれるだろうか。
それを考えればこそ
再び身体維持を確実にするトレーニングに勤しまねばならない。
それにしてもやはり
施設に行くのではない
ありがたきアドバイスをくれる人の元へ行きたいのだ。
雰囲気までも様変わりしたジムと
自己のトレーニングとの関わりを
あらためて見直す。

何事も失ってこそ真のありがたみがわかるというもの。
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実践を検証する希望

2012-10-29
富山大学で開催された全国大学国語教育学会に参加した。2日間にわたり、様々な自由研究発表、課題研究発表、パネルディスカッションを聴いた。そこから得られる知見により、自らの国語教育の立ち位置がどこにあるかということも、見定められた。そしてまた、諸分野を見渡して研究手法の開発についても交流的な発想を持つべきであるという思いを強くした。

古典教育一つをとってみても、様々な実践が行われており、その検証を試みる為に多くの先生方が、この場で自由研究発表をしている。『万葉集』や『平家物語』の学習指導のあり方について興味深い発表を聴き、質問も投げ掛けた。中学校3年間を通して、どこまで和歌の理解が深められるのか。また有効な教材の扱いとはどうしたらよいか。新指導要領に唱われている「伝統的な言語文化」をどのような方法と姿勢で中学生に伝えるか。それが「生き方・判断力」を鍛えることに繋がるのか等々。ご発表と質問の交流を通して、自らの実践もこの場で検証をしていく可能性などを脳裏に描きながら。

数多くの研究発表の中に、「音読・朗読」に焦点を絞るものは見られなかった。もちろん、発表される実践の中では、〈教室〉での「範読」等の用語は用いられている。だが、それをどのような姿勢で行い、どのような効果や弊害が生じるかは、仔細に検討されることは少ないように感じられた。この機会に学んだ多様なヒントをもとに、この分野を体系立てて継続的に追究すべきであることを新たに自覚する機会となった。

週末を費やした富山路での2日間。
往路の深夜バスに引き比べて
復路は特急「はくたか」から越後湯沢経由にて上越新幹線。
そのスピード感が、研究への希望を象徴しているかのようでもあった。
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日本文学・国語・日本語

2012-10-28
日本文学・国語・日本語と三つの語を並べて、その違いが認識できますか。一般に、日本の学校では「国語」という教科名において「日本文学」も「日本語」も学ぶことになっている。その「国語」の領域は、文学に限らず評論・随筆等から表現活動まで幅が広い。もちろん、時代も近現代から古文・漢文までと発達段階に応じて多彩である。ただ、哀しいかな、この「国語」という科目は、学習する者にとって決して人気のある教科とはいえない。

芸術として学問としての文学を追究する「日本文学」。教育に足場を置いて多様な実践を模索し追究する「国語」。言語的解析を伴い外国語との相対化という視点から追究する「日本語」。研究領域として考えた時に、この三つの方向性はそれぞれに奥深い。元来、相互に補完し合いながら研究が進むべきではあるが、なかなか個別の追究手段に独特な思考が寄り添う。それゆえに、自らが中心的に求めて来た研究領域以外を見つめた時に、実に様々な発見が待っているということが多い。

研究の国際化とともに、領域横断を試みる越境。
多様な方法を見つめながら、自らの足場を今一度確かめる。
越境してこそ、故郷の香りが懐かしくも感じられる。


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特技としての乗物睡眠

2012-10-27
記憶にないほど久し振りに夜行バスに乗車した。本年GWの高速道での衝突による悲劇の記憶も生々しいまま、この予約を確定する際に一縷の躊躇もなかった。勿論、乗務員2名と走行距離の関係は確実にチェックした。また夜行バスを選択する理由には、僕自身の性癖があることも大きい。飛行機を始め電車・バスなどの長距離移動交通手段の車内では、確実に睡眠を確保できる自信があるからだ。

都会の喧噪の中、新宿摩天楼でバスに乗車。空港かと思うようなシステムにより、乗車ゲートまで用意されている。地上アテンダントよろしく、スカーフを巻いた方がバス乗車の案内をしてくれ、乗車券のバーコードを改札機器にかざす。「50便富山金沢方面のバス乗車にご案内申し上げます」というアナウンスに導かれ、駐車場に控えているバスに乗車。自らの座席を確認すると既に寝込む態勢が整う。バスが発車すると心地よい振動。カーテンが引かれ外の光景が見えない車内は、さながら異空間だ。考えている余裕もなく熟睡モード全開で、既にそこからの記憶はないに等しい。

バスが静止するとなぜか目覚める。長野県の松代という土地での休憩にトイレまで動く。バス車内は静寂極まりない。深夜2時台、一時的な目覚めも問題ではなく、再び安眠の境地に向かう。どうやらこの乗物内での僕の睡眠状況は、“特技”とも言える代物だ。疲れがまったく無いといえば嘘になるが、次の日の予定をこなすには、ほぼ問題ないコンディションは保証される。

早朝5時40分富山駅北口に到着。やや朝靄のかかる富山駅は、さながら異空間だ。深夜のバス移動がもたらす、精神的な時間旅行。到着という実に単純な平穏に、乗客各自がそれなりの夢を載せている。夜を跨ぐことの期待感、きっと何か新しい扉が開くような気にさせる移動感覚である。

飛行機搭乗を模して、空気枕を用意したが使用せず終い。おかげで車内に空気を注入しなかった枕を置き忘れた。それでも富山駅前からの市内ライトレールの姿に、地方都市の可能性を見据えつつ宿泊先の宿に荷物を預けた。新たなる夜明け。前向きに前向きに研究学会が行われる富山大学へと歩みを進めた。

北陸富山の街並は、まさに異空間。
様々な彩の夢模様を起動させてくれそうである。
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阿刀田高氏・朗読21公演「時空を超えて」

2012-10-26
小説家・阿刀田高氏の主催する「朗読21」公演を観た。今年のテーマは「時空を超えてー過去へ未来へ 朗読に乗って短編小説が翔ぶ!!」であった。阿刀田慶子氏・森ミドリ氏による『大きな夢』(阿刀田高著)。森ミドリ氏による『ふなうた』(三浦哲郎著)。阿刀田慶子氏による『老妓抄』(岡本かの子著)の3本に加え、阿刀田高氏の講演「小説家の工房をのぞく」が披露された。冒頭挨拶で阿刀田高氏から伝えられたのだが、阿刀田慶子氏は今月10日に自転車事故に遭い、足を骨折し手術後にも関わらずの公演であるという。こうした偶発的な災難に遭遇しながら、舞台朗読を最後まで完結する「プロ意識」を観たような気がした。

『大きな夢』では、エジプト旅行中に出逢った男女が、偶然にも新幹線の中で再会するという短編小説。その女性が示唆した香を焚いて眠りにつくと、「時空を超えた大きな夢」をみるという。男女の会話の機微を阿刀田慶子氏と森ミドリ氏が見事な間で再現していたのが印象的だ。『ふなうた』は、傘寿のお祝いを息子や孫から受ける老人が、昔満州で迎えた八月十五日の夜、ソ連兵の歌う「ふなうた」が蘇るというもの。凝縮された記憶が次第にほぐれるという機微を巧みに描いた作品。森氏のピアノ演奏が加わり「ふなうた」の響きが、いつまでの心に余韻を残した。『老妓抄』は、老妓である女性が若い電気技師に目をかけて好きな発明をするように支援するが、男が次第に無気力になって行く物語。阿刀田慶子氏の声との相性もよろしく、熱演であった。

今回、大変印象に残ったのは阿刀田高氏の講演でもある。「小説家の工房をのぞく」と題された内容で、既に鬼籍に入られた三浦哲郎氏や井上ひさし氏との交流における話などを交えて、小説ができる時の契機について語られた。「氷は0度になっても凍らない。そこに塵のような何かが付着して初めて凍結が開始される」という比喩に示されるように、「神の意志」ともいえる「不思議な飛躍的作用」が小説執筆の段階中にあるという。その実に軽妙ともいえる簡単なことができないことで、人生も変わるほどの大きな影響になることもあるというのだ。「道具は使われて初めて意味を持つ」というのは小説の執筆過程への思いであるとともに、社会が小説をどう受け容れるのかということへの小説家なりの意志であるように、僕には解釈できた。その道具の話と、井上ひさし氏との話が交響しつつ「武器は使われた時には人を殺す」という真理も提起された。そして武器の無い世界は、何世紀になったら実現するのかという、人類上の課題について「時空を超えて」行くに至る。「武器を持たなくなれば、戦争は無くなる。それが人間の叡智である。」と阿刀田氏のことばに深い共感を覚えた。

短編小説の中で翔び交う過去・現在・未来。
「時空を超えて」僕たちは叡智を全うに運用していかねばなるまい。
朗読で表現された小説世界にこそ希望を見出していくべきだろう。

阿刀田氏は挨拶の中で、今回の三作品は一見関係がないようだが、結果的にどこかで繋がりが見えて来るという。そんな機微を“読む”ことが、朗読という表現の可能性であるとも感じられた。

こうした公演を終えて新橋駅に至ると新聞号外を受け取った。
「都知事辞職新党結成」の大きな見出し。
この公演中に会見が行われたらしい。

「一見関係はないようだが」
僕は、小説家と朗読の声の可能性に
人間の“叡智”を見出す立場を貫きたい。
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どの道を選ぶのが「愚か」なことなのか

2012-10-25
原子力規制委員会が全国16カ所の原発でフクシマ(第一)でのように深刻な事故が起きた場合の、放射能拡散予測を公表した。新聞にもWeb上にも、各地域の拡散予測図が掲載され、改めて放射能汚染の恐怖が可視化された。これは予測として規制委員会も「目安に過ぎない」(状況により実態と異なる)とし、「防災計画の整備」へ向けた手段という立場のようであるが、その前提自体を疑いたくもなる。地震・津波のような天災に限らず、あらゆる事故の可能性が否定できない状況で、広範な地域が汚染されてしまう「予測」を見て、僕たちがこの小さな国土に生きている中で、果たしてこの“魔物”を維持していく道を選択する発想そのものが、甚だ「愚か」な行為だと思えて来る。

予測の中に、日本で最大数(7基)の原子炉を保有する「柏崎刈羽原発」もあった。その予測地図を見て唖然とした。母の故郷である市町がすっぽりと高度汚染地域に予測されている。そこには母の従兄弟等の親戚が暮らし、祖父母の墓もある。つい先日も墓参に訪れて、その市町の長閑ながらも豊かな米作りの様子などを眺めてきたばかりだ。「柏崎刈羽」が近いことは意識していたものの、ここまで可視化して高度汚染の予想がなされると、その存在は“魔物”以外の何物でもない。自らの身になって初めてこうした危険の恐怖を改めて実感するのだが、既にフクシマでは多くの方々が故郷を失っている。

“ヒト”が自ら開発した技術で、“ヒト”が立ち入ることができない土地を生み出してしまう。その汚染への対応感覚も人それぞれに「格差」が生じているが、確実にヒトの身体を蝕むはずだ。海外からの汚染物伝来(病原菌等を含む)に関しては、異常なまでに警戒感の強い国民は、なぜか国内での汚染に無頓着だ。26年前には、「雨に濡れてはならぬ」とチェルノブイリ由来の汚染を警戒して語られたことばは、今は語られることもない。その矛盾に多くの人が気付いていないような気もする。

ある御方がフクシマ第一を視察したという報道を読んだ。「大きな反省点はあるが、その事故をもって人間が開発した現代的な新しい技術体系を放り出すのは愚かだ」と発言したという。だが、真に「愚か」なのはどの道を選択することであろうか。元来、我欲に満ちた「人間が開発した」、その危険性を棚に上げて目を瞑る傲慢さにより進められて来た「現代的な新しい技術体系」を、保持し続けようとする反省の無さこそ「愚か」なのではないだろうか。前述の発言内容を注意して読んでみると「放り出す」という語彙が目につく。この高度汚染を引き起こす「技術体系」は決して簡単に「放り出せる」ものではない。既に限りない年数と土壌・海洋汚染を前提としなければ収束さえできない“魔物”技術なのだ。その実に乱暴で安易な発想が、更なる災禍への入り口なのである。一度踏み出したものから撤退することを「愚か」とするならば、僕たちは過去の犠牲から何を学んだということになるのだろう。

「過而不改、是謂過矣。(過ちて改めざる、是れを過ちと謂う)」『論語』

「人間が学んで来た過去の犠牲の上に成り立つ
 人文体系を放り出すのは愚かだ。」

「愚か」の尺度が問われている。
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巷間に政談は生きているか

2012-10-24
アメリカ大統領選前にして、TV討論会の報道等が眼に入る。公の場でテーマを決めて大統領候補者が論戦を繰り広げる。その議論によって選挙情勢がどう動くかなどと、候補者の資質や考え方が公になる。この様子は、もちろんTVで全米に放映されているのだが、その様子をBarのような店に集まり大勢で見守るという“企画”も為されるという。それを“ウォッチパーティ”と呼ぶらしい。人々が集い次代の政治リーダーの論戦を見守り、当然ながら「政談」をその場で展開しているに違いない。自ずと政治に関心がもてる社会的な風潮が米国には存在する。

これに引き換え日本はどうだろうか?巷間で政談は生きているのか?甚だ疑問である。「床屋政談」とか「床屋政治家」という語彙がある。「床屋で交わされる素人の政治談義」という意味で、そうした話題を語る人を「政治家」と呼ぶ。昨今では、本職の政治家の議論があまりにも稚拙で、それを揶揄して「床屋政談(レベル)だ」と否定的な場面で使用されることも多いと聞く。だがしかし、本来の「床屋政談」には、庶民同士で政治への関心を喚起する機能があったはずだ。だが、床屋さんを始め巷間の場で「政談」を語るべきではないという風潮が大きくなってはいないだろうか。

政治への無関心は、身近にいえば他人への無関心を増幅させているようにも思う。公共の場での“小さな会話”の減少。「すいません」「ありがとう」「ちょっと・・・」といった些細なことばが消え始めているという話を、様々な方面から耳にする。無言を決め込んで自分の占有権に関しては頑な態度で主張し保有し続けようとする利己的な行動。電車内でも飲食店内でもそんな光景が目立つようになっている。自分さえよければ、隣人も政治もどうでもいい。ただ己の権利だけを絶対的に護ろうとする無関心な輩が、あまりにも多いのではないだろうか。

政治も文化もスポーツについても、例え意見が対立したとしても語り合う環境。そんな議論の温床が日本にはない。元来、相手の意図は「察する」ことをよしとする文化が波及しているのだが、それが拡大し語ることがタブー視される風潮となる。それにも関わらず、各人が“無言の主張”をするのであるから、社会が円滑に巡航するわけはない。意見をいうことを否定的に考えることの原因は何か?僕たち教育関係者も、改めて熟考しなければならないだろう。

せめて開放的な「床屋政談」が盛んになればいい。
オリンピックや日本代表戦となれば多くの人々が集い
一同に試合をTV観戦することはある。

そんな国への思いを
少々政治への関心に向けてもいいのではないだろうか。
頽廃的な政治のあり方は、政治家だけの責任ではない。
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虚飾の構造

2012-10-23
事実をどう捉えて伝えるか。伝えるという行為が行われる場合、必ずその“事実”を捉えた人の主観が伴う。ある現象を希有なことだという主観があれば、大仰に伝えることになるが、通常のことであるという主観があれば、冷静に伝えることになる。物事を見る尺度は、人それぞれ千差万別である。そんなことは当然と言えば当然なのだが、時にある一定の主観が喧伝されると、イメージとして固定するという怖さがあるということにも気付く。

野球のようなスポーツを観る眼は、実に主観的である。その主観が許されるからこそ、巷間の人々は全て“評論家”になり得る。呑み屋・床屋・食堂など至る所で野球采配への批評が展開される。“批評”といえば聞こえはいいが、それは主観に満ちた、その人の感情により生じた“感想”である。巷間でこうした感想が飛び交うのはよいことではあるが、報道する立場が同程度の主観的な伝え方をしたとき、実に虚飾に溢れたものを見てしまったような気になる。

贔屓チームの選手の「守備が上手い」と評する人がいる。そのチームを好きではない僕は、決してその選手の「守備が上手い」と思ったことは一度もない。野球をそれなりに深く知っている人が、なぜ僕の捉え方と違うのかと不思議に思っていた。珍しく日本の野球中継を観ていると、その理由が腑に落ちた。その選手の守備を報道する側が、「ファインプレー」などと豪語して伝えるのだ。僕の眼からすると、普通の打球処理に過ぎない。むしろその選手の足の出が遅い為に、「やっと捕った」ように見えてしまう。それを絶叫のような語り口で伝える実況のあり方に対して、甚だしい違和感を覚えた。選手は、実況中継者の主観にも護られているのだ。

こうした虚飾が横行すると、結果的にその競技を観る人が離れて行ってしまう。そして日本野球全体のレベルが退行する。この多様性の時代にあって、品性のない虚飾は時代錯誤甚だしいと感じざるを得ない。もはや僕たちは、「真実とは何か」という意識を保ち、「現実」を見つめようとする意志を持っている。再びやって来る第3回WBCを前にして、日本の野球ファンの質が試されている気もする。

ある意味で単純な虚飾の構造。
いかに主観を排して物事を見つめるか。
贔屓チームであるからこそ自己批判的視点を持てるか否か。

MLBの球場を訪れた時に一番感じるのは、
贔屓し応援しているチームの選手にファンが厳しい視線を持っていることだ。
それでこそ真のファンなのではないだろうか。

社会の様々な場所に存在する虚飾の構造を
僕たちは理性をもって見抜かなければならない。
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文の京12時間リレー「敢闘証」の意義

2012-10-22
人は12時間で何ができるのか。日常生活の中では、あまり計量的に把握することもできない。そのうち半分の6時間が生きることに不可欠な睡眠であるとしても、あとの6時間で何をしているか。有効に自分の“生”を燃やしているのだろうか。まさに12時間を実感する機会が、今年で2度目を迎えた。

居住地に所在するNPO法人小石川が主催する文の京12時間リレー。1チーム10名の構成で12時間襷を繋ぎ続ける。昨年の初出場にあたり、93周という結果が残せた。今季は100周を目指そうとチームで目標を掲げて臨んだ大会であった。昨年は手探り感がある中で、夢中に12時間が過ぎ去った。終了してみた“結果”93周という数字となった。夜明け方に迎えたゴールの感慨は、まさに大会主催者から提示された「完走証」という語彙に表象されていた。

今年は果たして7周の上乗せが可能なのか否か?チーム内で中心的に采配を揮ってくれた1組のご夫妻が、時間的な状況を詳細に分析し戦略を練ってくれていた。正直なところ、僕自身は長距離を走ると脚の一部に痛みがくることもあり、そのノルマをこなすことへの不安も大きかった。ただ、順番になったら1周を走り切り、次の人に襷を繋ぐしかない。先の大きな目標よりも目先の一歩しか果たせないだろうという心境だった。それでも、日常的に行っているトレーニングの成果が、どの程度発揮されるのかには、自分自身の未知の可能性を計るような期待がないわけではなかった。

ところがリレーが始まってみると、実に順調なペースで進行した。ともかく1周ずつ次の人に襷を繋ぐ。約1時間に1周というペースで、適度な休憩時間が得られ身体を休ませ過ぎることもない。チームのメンバーも序盤から好調な走りを見せて、1時間に10周以上という蓄積が成されて来た。当初の計画では途中で2周の回が設定されていたが、そのチーム全体の好調さを維持するために1周ずつという丹念な襷リレーに戦術を変更し、それが延々と継続した。約6時間が経過した時点で100周達成には十分な貯金。序盤からの戦術が見事に功を奏した。僕自身は、次第に懸念された脚の痛みが出て来てしまい、後半はまともに走ることができなかった。チームメンバーが休憩できるインターバルを削る結果となり、心苦しくもあったが、そのもどかしさを抱えながらチームメンバーの力走を見守る時間が続いた。

こうした結果、112周で総合順位も100チーム中34位、走破距離134.4Kmという見事な結果となった。今年主催者から授与された証書には「敢闘証」と書かれていた。まさに「勇ましく思いっきり闘う」という意味の語彙。そしてまた「敢」には、「封じ込まれたものを、思い切って手で払いのける」という意味がある。1年越しで蓄積して来たメンバー様々なこの大会への思いが、天候も各自のコンディションも良く、この12時間に「思い切って」噴出する結果となった。改めて、采配を揮ってくれたご夫妻、このメンバー全員の心の拠り所となっているカフェ店主ご夫妻、そして参加したカフェ常連メンバー全員に感謝の気持ちを、この場を借りてお伝えしたいと思う。

僕が昨年から、この大会に参加して考えていることは、居住地域での人と人との繋がりである。一つのカフェを拠点として、そこに集う人々が何かに挑戦して行くこと。都会では薄くなって来ている人間同士の関係性。地域で人が生活するというのは、どういうことか。そこに親しく語り合い、心を交わすことができる地域の仲間がいること。都会で失われた“人と人”との関係を再構築できるような繋がりはないかと考えて来た。それがこのカフェを中心に実現して来ている。今後も、この人間的な繋がりの中で、様々な問題意識が共有できたら素晴らしいと思っている。

問題意識といえば、「敢えて」最後に書き添えておきたい。

僕たちのチームは、上記のように地域住民として“人と人”の関係性で成り立っている。閉会式の際に感じたのは、上位入賞したチームに、地元に所在する企業が、全国の支所から参加選手を選抜し組織力を背景に表彰されていた現実を“傍観”した。また他の企業チームは、実に巧みに数量的組織力を以てして、各参加者が体力を維持できるような戦術を採用していたように見えた。決して僕たちは、順位へのこだわりはない。だがしかし、スポーツとして参加する以上、共通なカテゴリーの中で競いたいと思うのが人情ではないだろうか。地域を小さな社会と考えるならば、企業の存在が顕在化するのか、一人一人の住民が主役になるのか。現在・過去・未来における、僕たちの生きる社会構図が看て取れる気がした。それは例えば、この大会に対して近隣住民の方々からの騒音への苦情があったことにも表れているように思う。もちろん主催者の方々はその配慮を十分にされていたことだろう。昨年は、地域住民の方々が沿道から僕たちに声援を送ってくれる一場面もあった。だが、今年は“声援”ではなく“苦情”になってしまったのは大変残念であった。

地域に住む人々
地域で学ぶ人々
地域で働く人々

それぞれの“人と人”が心の襷を繋ぐ大会であればという願いを込めて、
「敢えて」戯言を付け加えた。

改めて居住地域に愛着を持つとはどういうことか?
そんなことも考えた大会参加であった。

最後に今一度、
メンバーのみなさん!本当にありがとう!
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