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マイクを通した「届く声」の自覚

2012-05-28
毎度、研究学会に赴き、様々な発表を聞いて学ぼうとする際に、発表内容以外で大変気になることが一つある。それは発表者のマイクの使い方である。一定の広さの会場であれば、全体に声を届かせるためには、マイクの使用が必須である。その際に、発表者ご自身において、自分の声が会場全体に届いているかという自覚をもつかどうかという点が、過剰に気になってしまうのである。著書にも書き記したことだが、「届く声」をどれだけ意識して話せるかということに僕自身が、日頃から敏感な感性をもっているからに他ならない。

昨日の小欄に記した、ドナルド・キーン先生の講演において、キーン先生が話し始めた際に、マイクの指向性を活かしていないが為に、広い講堂においてその声はかなり聴き取りにくい状況になってしまっていた。たぶん多くの方が、「マイクの調整を求めるべきだ」という〈空気〉がある中で、担当の先生方もボリューム調整に苦心していたが、なかなか改善されなかった。とうとう、前列中央あたりに座っているご婦人から、「キーン先生、聴こえないんですけれど。」という声が掛かるという顛末。最終的には会場担当の先生が、キーン先生の横に座り、口元に向けてマイクを向けながら、講演が続けられたという状況であった。ご高齢のキーン先生は、椅子に座り原稿を読むという形式の発表であるがため、マイクスタンドに設置されたマイクでは、その声を拾うには限界があったということである。なかなか、こうした想定は難しくもある。

僕自身は、小学校に時に放送委員会に所属していたせいか、マイクに向かって話す際には、敏感な感覚が宿っている。マイクとの距離・どんな性質のマイクなのか(単一指向性なのか、広域から声を拾うのか)・マイクを通してスピーカーから出る自分の声のボリューム等々。確認したいことは、多岐にわたる。事前にそのマイクをテストできればいいのだが、学会発表等の際には、いきなり本番というのも稀ではない。その際、最初に「資料の確認」などと事務的な内容を“意図的”に話して、本題に入らないうちにマイクとの距離感や自分の声の届き具合を試す。また肉声によってどの程度会場全体に届けることが可能かどうか、ということも即座に検討してみて、万が一マイクの具合が悪い場合にも備えておく。会場の広さにも依るが、基本的に肉声で届くことを基本として、マイクは補助的という感覚を持っていると、どんな場合にも対応しやすい。

いきなり本題というのも、発表としては格好がいいのかもしれないが、事務的連絡は内容以上に、こうした「届く声」を確認するという意図があるわけである。

発表原稿を読む形式なのか、
聴衆に向いて項目ごとに訴える形式なのか
プレゼンの方式によっても、だいぶマイクの使い方に変化が生ずる。


一昨日は、「古典研究の国際化」を考えた。
そんな意味で、世界のどこでも通用するプレゼン能力を、
日本人研究者として磨いておかねばならないと自戒を込めて認識する。


少なくとも“機材”に振り回されない、
人間としての「届く声」に自覚的でありたいと思う。
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