気楽に話そう英会話

2012-04-30
知人の娘さんが、フィンランド人の夫とともに来日した。毎年恒例でこの時季に、墓参に家族で出掛けるのだという。その機会に、これも毎年恒例で懇意にしている何人かの人々が、同行することになっていた。今回は、そのフィンランド人にとって少しでも妻以外の話し相手がいたほうがいいということから、僕も声を掛けていただいた。日常ではほとんど得られない生きた英会話の場である。

フィンランドの人は、自国の言語以外にまずはロシア語やイタリア語などの欧州言語を勉強するという。その次に位置するのがようやく英語なので、彼らにとって第四言語程度の位置づけになるという。その多彩な言語環境を器用に精密にこなしているあたりが、お国柄を表象しているようにも感じる。学習度合や言語的優先順位からすると、確実に日本人である僕の方が、第二言語としての英語レベルに達したいという願望も強く、英語により存分にコミュニケーションをとらなければならない。だが、こちらの受ける感覚からすると、ほぼ同等レベルの会話能力であると、自己評価してしまう。

それでも彼は、僕の英語を「上手い」と評価してくれていた。妻である娘さんと結婚直後で“ラブラブ”であることから、何となく僕が割って会話するのもやや憚られた。車内の座席配置からして、どうしても夫妻での会話が多くなる。一層、娘さん夫妻と3人のうちにおいて英語で会話するというのが望ましいのだろうが、ひとたび日本語で会話を始めた娘さんと英語モードになるのは、想像する以上に難しい。このあたりに、日本人が英語レベルを上げられない一つの原因があるのではないかと自己分析。多言語的な社会環境が稀少であるという精神的問題が、英語の実力以上の壁になっているように感じる。

一通りの行程を終えて東京に戻り、打ち上げの酒席をともにした。フィンランド人の彼が何よりこの酒宴で一番の人気者であるから、多くの酒を勧められる。すると、昼間以上に彼は口が滑らかになり、様々な話題を会話した。酒はコミュニケーションを促進する。ここでようやく一つの壁を突破したのではないかと自覚した。気楽に何も考えることなく、ただただ英語で会話する。その淵へと飛び込むまでに日本人が、DNA的に所有する障壁がどんなものかが把握できた。

何より英語を気楽に使用する言語環境が必要だ。
そんな意味では、過去に受講していたフリートーク中心であった講師の会話クラスが思い出される。
言語には「相手に伝えよう」という意志が絶対的に必要だ。

僕の場合は、アメリカで野球ファンとの会話が何より流暢である自覚があるのはその為だ。
気楽な英語話者の友人を持つことが、
何より上達への早道ではないかなどと考えて、
ほろ酔い加減で帰路についた。

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同調圧力の強い〈教室〉

2012-04-29
「同じです」という反応が〈教室〉で聞かれた時ほど、虚しく思うことはない。「そこであなたはどう思う?」といった「How」の問い掛けに対して、「同じ」はないだろうと思う。だが、問い掛けを繰り返せば繰り返す程に、こうした「答え」になる傾向は強い。中学校・高等学校の各段階で多少の差異はあるが、ほぼ3人が同じ方向性の事を答えると、それ以降は「同じ」になることが多い印象である。それは〈教室〉という空間に知らぬ間に“同調圧力”が存在し、道徳的な方向性を伴った“空気”に支配された意見に、自ずと同調して行くという横並び意識が顕在化した結果である。

「一(教員)対多数(学生)」という〈教室〉の形式も、その同調圧力の醸成に大きく貢献する。教員は教壇という一段高い所から、“集団”に向かって一斉“放送”をする。もはや、その形式そのものが、「同調して聞きなさい」という記号を確実に含有している。整序された机の列・整えられた姿勢・決められたルールに従った発言によって、〈教室〉には〈教室〉の掟が頑なに存在している。

時折、その同調圧力が解けたと思う時間がない訳でもない。〈教室〉全体の授業の流れからすると、脱線した話題が浮上したとき、またそれに対して何人かの個人が、各自の“勝手な”意見を“おしゃべり”し始めたとき、「チャンスだな」と感じることがある。授業には直接関係のない“資料”などについて、個人が感じた「意見」を、“おしゃべり”という方法で、表出したときこそ、「同調圧力からの解放」があるのだ。そのまま脱線した話題で授業を進めたいという欲求に駆られることがある。ただ、そうなると他の担当クラスとの関係・授業進度という教員としての「同調圧力」が、頭を擡げてしまい、その学習者が「意見」を語る良い雰囲気を規制して、再び「同調圧力」に満ちた時間へと、自らを陥れなければならないという矛盾を実行してしまう可能性がある。

「質問し、意見を言う事で初めて授業に参加したことになる」といった、欧米社会型の発想を基本姿勢として強調することを、常に試みてはいる。だが、一定期間に授業進度を揃え、統一した試験を実施し、平等に評価していく為には、「同調圧力」に従って知識偏重と指導者の意見を“放送”して強制する授業が、一番適している結果となってしまう。そもそも“学校”という装置自体が、この上なく「同調圧力」に満ちているのだ。教員間・学生間を問わず、「横並び」を主眼とする“空気”が、何よりも最上の評価を得ることになる。「授業は誰が実施しても同じ」という狭窄的視野による平等主義が、学校の原則になる。授業は指導者によって多種多様、はてまた参加する学生によっても千差万別であるはずなのであるが。

小学校の定番・「いいでーす」という「同調」をこの上なく寛容に黙認していく独特の言い回し。この「声」に支配された空間を成育段階で経験した日本人が、国際舞台で堂々と意見を言うようになるとは到底思えない。


せめて大学では、毎年のように〈教室〉希望として「机椅子の移動が可能」という条件を必ず提示している。だが、思いの外にそんな設備の〈教室〉が少ないのが実情らしい。今年度の時間割調整において、そのことを目の当たりにした。それでも時間枠より〈教室〉の構造を優先し、特に「朗読講座」の授業においては、キャスターが机にも椅子にも付いている個人机のある〈教室〉を毎年使わせていただいている。新年度の授業も数回行うと、学生が授業に来て「今日はどんな形式に机を並べますか?」と僕に問い掛けてきて、自主的に移動を開始する。ある時は、大きな円で空間を囲み、ある時は中学校・高等学校を想定し、「一対多」の“かわ”形式を敢えて作る。はてまた、かなり〈教室〉内を動き回れるような、広く自由な空間を作る為に机椅子を端に追いやることもある。


個性的な表現が可能な授業とは何か?
無意識な「同調圧力」の呪縛から、〈教室〉にいるすべての人々が、
解放されなければならないのだろう。

今後も折に触れて、熟考していかなければならない問題である。

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禁じられた声―パート2

2012-04-28
人間は生まれた瞬間に声を上げる。その声が、生命の基盤となる呼吸を確認する手段でもある。その時点から、僕たちは止まることなく呼吸を続けている。その吸排気の通り道に声帯を所有し、呼気によりそこを振動させ声の素ができる。さらに口腔や唇の形を多様に変化させて、声を言語に変化させていく。この身体的構造を僕たちは充分に自覚して生活しているわけではない。

ゆえに「禁じられた声」という状況を作り、基本的な欲望を奪うことで見えてくるものがある。もちろん、「静かにする」という状況を強いられることで、社会的生活を学ぶことにもなる。〈教室〉において「静かに!」という命令が絶えることはない。授業の中に「人の話を聴く」要素がある限り、欲望のままの発言は控えなければならない。だが、その延長で必要不可欠な声までもが抑制されてしまう。声で伝えるべきときは、はっきりと自分の考え方を他者に伝えるべきである。「静かにすることをよしとする」〈教室〉の掟は、過剰に作用し大切な「声」を奪う。

敢えて「声」を使わずに、他者とのコミュニケーションを取る経験をすることも大切だ。声を発することを禁じて、〈教室〉内で集団を構成する。大学であれば、学年ごとに輪を作り、更にその集団を誕生日順に並べ替えていく。数字という情報を整序すれば可能な順列なので、指を使用すれば問題なく並べ替えは可能だ。グループワークをする入り口で、「禁じられた声」を経験することで、非言語コミュニケーションの重要さを体験することにもなる。

必要不可欠な場面で、自らの生を乗せた「声」を発する。
この非常に基本的な社会生活のあり方が危うい場面がある。
日常生活の中で起きた、様々な情報について知人を通して聴くにつけ、
公共の場での「声」の存在に不安がある。

料理を注文する際に、1度も「声」を発しない。
電車の中、ある意図をもった席譲りの場面で、
意図しない人が座り込み、譲った人の意志が無視される。
その親切な意図を理解していたはずである周囲の人も、「声」は発しない。

携帯端末という、自己の世界観を凝縮した装置を持っている影響も大きく、
社会から必要な「声」が消えて来ている印象がある。


芥川の小説『杜子春』で、主人公が「声」を禁じられる意味を、
改めて深く考えてみたいと思う。

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体幹を鍛えよう

2012-04-27
ジムでのトレーニングプログラムに参加していると、現在における最先端の科学分析を見る思いがある。どこをどのような方法で鍛えれば、若々しい“動き”を確保し続けられるか。そんなヒントがプログラム自体の中に埋め込まれている。ここ数カ月で新たに展開し始めた、Core trainingは、そうした代表的なものだと認識している。トレーニングというと、どうしても四肢の筋肉を鍛えることに目が行きがちだが、腹筋・背筋を中心とするCore部分を鍛えることで、身体的安定度は格段に向上するという。

この日も、イチローが「年齢が若いのと動きが若いかどうかは別だからね。アスリートはそれ(動き)で見ないとね。」という発言をしたという報道を読んだ。チーム最年長ながら今季19試合すべてに出場。体力的な衰えを周囲に囁かせることもない。それはオフの徹底的な走り込みと、シーズン中も欠かせない筋トレに体幹トレーニングが支えている。例年体脂肪率6%という驚異の数字をはじき出している身体に妥協はない。徹底したストイックな自己管理が成せる業であろう。

この日は、ジムのチーフトレーナーの方と話す機会を得た。アスリートでない一般人が、体脂肪率を15%から10%前半まで落とすには、かなりのストイックさが必要だという。スタジオトレーニングを定期的に繰り返していると、それはそれで効果はあるが、次第に身体が適応し、筋肉の鍛える度合や脂肪の減少率が下降するという。上を目指すには、更なる追込みを課す必要があるというのだ。走り込み・エアロバイク・スイム・フリーウエイト等々、総合的に身体を刺激する必要がある。すると筋肉が覚醒し新たなステージに上がって行く。それを考えると、イチローがあの年齢で、どれほど自分を追い込んでいるかということへの想像力も変わってくる。

中でも体幹は重要だ。腹筋・背筋・大臀部・股関節等の周囲が鍛えられることで、ランニングを始め、様々な“動き”が安定してくる。腰・膝に負担が掛かるのは、こうした体幹の弱さを、関節が請負ってしまうからであろう。ただし、この体幹部を鍛えるのは大変厳しさが伴う。30分ほどの体幹強化プログラムに参加すると、短時間とは思えないほど苦しい時間が続く。だが、これも慣れ次第。このプログラムが始まって2ケ月で10回ほどは参加して来たが、ようやく身体が付いて行くようになった。それでも翌朝の腹筋・背筋・大臀筋の張りは、特別なものがある。

「動きが若く」あるためには、体幹を鍛えなければならない。
まさに身「体」の「幹」なのである。

これ以上ないストイックなトレーニングであるからこそ、
自己の身体レベルを維持するための、爽快な時間となっている。
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映画「ちづる」―優れたドキュメンタリー映画を観る会

2012-04-26
ドキュメンタリー映画を撮ろうとする意志はどこから生まれるのか。多くの人に自らの世界観を克明に伝えたいと願うがゆえ。「多くの人」というと語弊があるかもしれない。ごく「限られた人」にでも、自分が説明したいことを映像により語る。そんなささやかで純朴な意志から出発した映画が、まさに「多くの人」の心に訴える。この映画は、立教大学に在学していた学生の卒業制作という“意志”から出発している。

自閉症で知的障害の妹を持った兄。周囲の人々に、自分の妹の話をするのを意図的に避けてきた。いや、説明することができなかった。そこで、映像という手段で妹の生き様を人々に説明しようとしたことから、この映画は生まれた。20歳になる「ちづる」と、その母・兄の家族生活。母は自らの生き様を賭して、「ちづる」に正面から向き合い続ける。父(夫)を交通事故で失い、親子3人の生活。大学生として将来を考える時期になった兄(映画監督)自身の、揺れる心そのものも、母との口論的な場面を避けずに作品に盛り込んだことで、秀逸に表現されている。

想像するに、自らの妹の日常を映像に収めることそのものにも、幾多もの葛藤があったはずだ。だが、20歳になり精神的に成長していく妹の姿が、むしろ微笑ましくも逞しくも思えて来たのだと、ことばでなく撮影・編集された映像が語っていく。また、2人の子供を育ててきた母の奮闘ぶりを余すところなく映像に収め続ける。その母の力強さとひたむきさが、家族とは、生きるとは何かというテーマを語り尽くしていく。もはやこの映画の主人公は、「ちづる」のみならず、家族3人であるという思いを強くした。

小欄では、ライブ性のある「声」のあり方をテーマにしているが、逆に映像でこそ伝わるものがあると教えられた。「ちづる」は自身の映画を観て、「主演女優」だと笑っているという。母は、「当事者過ぎて」といって遠慮気味に観ているというが、それでも自らの生きてきた道を、多くの人に伝えたいという意志を持つ。(ブログの書籍化)そして兄である赤崎正和監督は、この映画製作を通して福祉の道に目を開き、その方面の仕事に就いた。1時間19分ほどにまとめられた映像から、家族が確実に明るい道へと歩み始めた。表現してこそ得られる道が、人生には多々埋設されているのだ。



僕自身も大学院の時に、「発達障害論」を学んだ。担当の先生とは今でも懇意にさせていただいている。先生は自ら「(現場)実践と研究の交わるところで奮闘している」と常々語る。現場にいて実情を体感し、それ分析しつつ言説化することで、行政や社会に真に訴えることができるのだと力強く語っていた。実践を通して、そこから表現する。表現すれば次の道で光が見えてくる。未だ差別視されることの多い障害者の方々を取り巻く分野を、遮蔽することなく、ことば・映像で社会全体に訴える力が必要なのだ。

赤崎正和監督自らの赤裸々な生活白書でもある。
終演後、実に穏やかな気持ちになって帰路の夜風に吹かれた。



「優れたドキュメンタリー映画を観る会」(代表:飯田光代さん)
下高井戸シネマ(℡03-3328-1008)にて。
4月28日(土)まで。
昼1回とレイトショー1回(1日2作品上映・土曜日レイトショーのみ)
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「声」の電子化に思う

2012-04-25
「読む」対象の多くが電子化されつつある。ニュースを始めWebから情報収集をすることが日常的となり、新聞・雑誌の類もデジタル化。「手紙」という手段も、その多くが電子メールで行うようになり、携帯端末によって相手の「手紙」をいつでもどこでも受け取ることができるようになった。即時更新性のあるデジタル化は、我々が「読む」欲求を必要以上に満たし、全ての情報を捕捉できない状況にもなっている。もちろん、そんな社会の中で、情報を意識的に操作・整理する方法を述べた論も巷間に喧しい。

では、「書く」手段としての「道具」の変化はどうだろうか?ペン類で紙に記すという行為が減退してきているのだろうか?少なくともまだ学校教育の現場では、「ノート」に鉛筆(シャープペン)で「書く」という行為が健在である印象だ。デジタル教科書計画が進行しているのは確かだが、現場に普及し、ましてや「書く」行為までもがデジタル化するのは程遠いであろう。少なくとも、造形美のある文字を所有する「漢字文化圏」においては、やはり「文字」を「刻む」感覚を成育段階で経験すること自体が、文化の継承に他ならないという強い思いもある。それゆえに僕たちは、ペン・筆で「書く」という行為と、デジタル機器により「指」で「書く」行為の両面において、自覚をもって「文字」を書いていく必要があるように思う。

「書く」行為と同列に「読む」行為についても考えてみよう。昨今のテレビ番組では、映像に登場してくる人物の談話の殆どを、字幕で表示する“習慣”が定着してしまったようだ。視聴者は、映像に登場する人物の「話」を聴こうとするのではなく、必然的に字幕を「読む」ことに神経を多く配分する。僕などは時折、「談話」と「字幕」に敬語レベルで「差異」があると、番組製作者の意図なのか杜撰な字幕作りなのかと困惑し、そのもののあり方に疑問を持つことも多い。「字幕」の便利さは、確実に視聴者の「聴く力」を減退させていると思うのは、僕だけであろうか。自覚なき退行であるとしたら、それはそれで恐ろしい。

「読む」-「聴く」という行為が、電子化している現況もある。物語や小説を“綺麗に”読み上げる「朗読ソフト」。そのキャラクターが人気を博し、聞けば癒されるという反響も多いのであろうか。いかにも平板に人間的要素を排し、物語や小説が「読ま」れる。もちろんいつでもどこでも一人で快適に、「朗読」を聞くことができる。まさに「声」の電子化といえるであろう。だがしかし、「書く」ことにおいて、「ペン」か「キーボード」かで、身体的に大きな差異があるのと同様に、対人コミュニケーションの要素を持つ「ライブ朗読」と「電子朗読」では、大きな隔絶があることも自覚すべきではないかと思うのである。

対面関係においてライブ性のある「声」で「読む」。公の場であれ、子供を寝かしつける家庭の寝床であれ、その意義は大きい。音楽やスポーツのライブ性を考えれば、これはかなり自明のことだ。TV中継や録画DVDを視たのでは到底わからない感覚が、ライブ会場で「聴く」「視る」には伴っている。野球を例とすれば、その球場の奥行・観る角度による変化・打球が上昇する見え方・至近に打球が来る緊張感・風向きや芝の香り・打球音や捕球音・周囲の観客たちの興奮度・販売されている食べ物の匂い・売り子の声・固い椅子に座り続けるお尻の感覚等々、ライブであるからこそ野球は楽しめるともいえる。

「朗読ソフト」と「読み聞かせ」では決定的に違うものがある。
そんなことを言説化し、世間に喧伝するのも僕たちの仕事である。
できれば誰もが公平に参加するであろう〈教室〉で、
ライブ性のある「声」の重要性が説かれていかなければならないだろう。

改めてそんな自覚を強くしている昨今である。

巷間に必要不可欠な「声」が、失われて来ている現状が散見されるがゆえに。
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社会的包容力は健全か?

2012-04-24
歩行者を自動車が襲う事故が相次いでいる。被害者の立場になるとことばもない。道路を効率的に走ることのできる自動車は、一瞬にして“大量破壊兵器”と化し、将来ある児童の命を奪う。自動車の推進力と自重は、操作を間違うと凶器以外の何物でもないということを露わにしている。記憶にあるだけでも、埼玉のクレーン車が登校時の児童に、京都祇園で歩行者を、そして京都亀岡で児童の登校列にと、“相次いでいる”とみるのは、早計に過ぎるのであろうか。

いくつかの個別事例を結び付けて、社会的な事象として論ずるのは、場合によると危険な発想にもなりかねない。個別の原因があって、あくまで各事例のレアケースであるという見方から、徹底的な再発防止の検証が必要であろう。だがしかし、持病があったり無免許であったりという、報道レベルで知ることのできる情報から考えたときに、自動車を凶器に化けさせた当事者に対する、社会的包容力が果たして機能していたのかどうなのかと考えてみたくもなる。

昭和の時代に自動車が時を追うごとに増え続け、一時は「交通戦争」などといわれた。交通安全が全国的に唱えられ、警察はもちろん地方自治体も町内会も学校も家庭も、「交通安全」に意識を持って取り組んでいたはずだ。僕も幼少の頃に、「交通少年団」という組織に町内会を通じて入団し、地方自治体主催の行事やキャンペーンに参加した記憶がある。また、「ケロヨン」などという蛙のキャラクターが人気で、テレビやイベントを通じて交通安全を喧伝していた。

同時に自動車の好きな父親は、常に「車に気を付けろ」と僕に言っていた。例えば「横断歩道は走って渡ってはいけない」とか、「狭い路地から急に飛び出してはいけない」とか、「常に自動車が来るものだと思って道路を歩け」と口うるさく言っていたのを思い出す。そのお蔭か、今でも信号が青でも「自動車が来る」かどうかを確かめて横断する身体性が宿っている。

そんな時代からすると、自動車も歩行者も極めて意識の低い状況になってしまったのではないかと懸念する。先日も身近な道路でこんな光景を見た。何らかの違反を指摘されたであろう自動車が、猛スピードでパトカーの追跡から逃れようと疾走しているのだ。肉眼で見ても、一般道路を走るスピードとは到底思えない。僕の向かいから走ってきたその自動車は、僕の横を通り過ぎて更に加速する。思わず振り返ると、後方の信号が赤であるにもかかわらず、横断歩道を猛スピードのまま突破し、更に彼方へと逃げ去っていった。パトカーはもちろん追跡していたが、その速度にも恐怖を感じる程、尋常な出来事ではないと感じた。こんな事例が、すぐそばにあるのだ。

誰もが裸身の歩行者である。せめて道路を歩くときは、自分の安全は自分で確保する意識を持つべきなのかもしれない。それと同時に、身近にいくらでもいる運転者としての“個人”を、小さな社会の中で「安全運転」意識を強調しすぎるぐらい強調すべきなのではないだろうか。「歩行者優先」というのは、昭和の作り上げた「安全神話」でしかなかったのかもしれない。

青信号を全面的に信頼しないで、自動車が来るか来ないかに注意を。
対向車が前方から見える側の道路脇を歩くようにしてみよう。
自動車は人間をいとも簡単に傷付けるという感覚をもとう。

こんな社会になってしまった。
どこかで社会が何らかの地殻変動を起こしている。

社会的包容力が失われていると見るのは、果たして言い過ぎなのであろうか。
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「日曜日」の時間意識とシラーの名言

2012-04-23
日曜日の夜ほど、日常において時間意識が高まる時も他にない。この1日が充実していたか?有意義なことはあったか?もっと色々とできることがあったのではないか?等々と脳裏を不毛な問い掛けが駆け巡る。かなり以前に、「サザエさん症候群」という規定が巷に流れたことがある。「サザエさん」の終わりの曲を聞くと、何とも言えない切迫感に襲われ、休日が終わることへの意識が高まり、心身に変調さえ起きる方もいるといったものだったであろうか。そこまで大仰ではないにしても、やはり“あの曲”はコミカルでありながら、昭和の時代から今に至るまで、日本人が休日から仕事・学校へと帰還する“号砲”になっているのは確かであると思う。「ほらー、ほーらあー、みんなの声がする♪」といった下りには、背筋にむず痒い感覚がよぎる方も多いのではないだろうか。


夜になってそんな日曜日のことを考えていると、友人である偉人研究家・真山知幸氏が、
Twitterにこんな名言を書き込んでいた。

「人間は明日の朝に対して、
何がしかの恐怖と希望と心配を持たずにはいられない。」(シラー)


ゲーテと並ぶ、ドイツ古典主義の代表である詩人・シラーのことばである。
以前にもこのシラーのことばに対しては、明確な時間意識が表現されていると感心し、
学生に紹介したことがあった。


「「時」の歩みは三重である
未来はためらいつつ近づき
現在は矢のように速く飛び去り
過去は永久に静かに立っている」(シラー)


まさに日曜日の夜の時間意識としてこれ以上ないことば。
月曜日の朝には、「恐怖と希望と心配」が充満しているであろうし、
日曜日という休日は、「矢のように速く飛び去り」、
過ごした休日の時間は、「永久に静かに立って」おり
日曜日の夜には、月曜日が「ためらいつつ近づいて」来る感覚に襲われる。

といった過去の偉人のことばに依存しながら、
僕たちは“今”を生きている“時間”を捕捉しようと足掻いている。
ただ時計が人間生活に不可欠なように、
ヒトだけに許された「時間意識」を持ちながら、
社会生活という中で規制された感覚に嵌まり込み、
7日間という周期で時間を制御しようとしつつ、
実は悠久の“時間”に振り回されたりしている。

それにしても、眼に見えない“時間”をことばにした名言の豊かさよ。
そのことばの力を意識することこそ、人間らしい生活であるともいえる。

ただただ効率主義的に“秒刻み分刻み”であるから豊かな生活であるとも限らない。
実は「時間」に対して「寛大」であることこそ、真の“豊かさ”であるのかもしれない。
それは「時間の奴隷」ではない、人間としての歩みであるから。

「矢のように速く飛び去り」行く「現在」を、
穏やかに堂々と生きていられることこそ、人間の器の大きさなのではないかなどと、
ふと考えたりもする。
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漢文を侮ること勿れ

2012-04-22
高校段階の「国語」授業で、「漢文」の肩身が狭くなって来て久しい。古典分野においては、「古文」と「漢文」を偏らないように学ぶとされている筈であるが、どこの現場でも「古文」の方が優遇されている印象がある。文語文法の学習に割かれる時間は膨大であるし、中古中世を中心に数多くの古文作品に触れることになる。しかし、「漢文」においては極端な場合、高校1年生次の「国語総合」で基礎的な内容を学ぶのみであるとか、仮に高校2年次以降に扱ったとしても付け足し程度に扱われる場合さえある。高校3年次になれば尚更、「漢文が要る、要らない」といった尺度が学習者側にも指導者側にも横行する。

それは大学入試で「漢文科目が出題されるかどうか」という尺度である。大学入試センター試験では、各科目(現代文評論・現代文小説・古文・漢文)平等に200点中50点分の問題が用意されている。だが、大学によってはこの中で「漢文50点分」を必要科目として要求していない場合も多い。なぜ、そこで「漢文」が犠牲にならなければならないのだろうか?また、国立二次試験では漢文科目が課される場合も多いが、私大入試となると文学部などを除いては、多くが「漢文を除く」という状況である。高校生にとって一番の関心事である大学入試において、「漢文」は不必要な科目となっているのだ。問題は、学習者の意識ならばともかく、指導者の意識の中にも「漢文は不要」という感覚が平然と巣食っていることである。

もとよりなぜ「国語」という教科の中で、本来外国文学である(勿論、日本漢文もあるが)「漢文」を学ぶのか。古代からの東アジア文化の摂取・受容により育てられてきた日本文化の様相を見れば、疑う余地もなく「日本の言語・文化」を学ぶ際に、「漢文」は不可欠であるといえる。文字表記そのものの存在・多彩な表現様式・幾多の思想・文学作品としての彩等々・そしてまた、外国文学としての表現形式を、日本語として直訳する精緻なシステムの構築(訓読法)自体が、日本語の可能性を拡大して来たといってよい。それは近現代に至るまで、法律の条文などの公的な表現形式が、「漢文訓読体」に依存してきた事実をみれば明らかである。

とりわけ「漢文訓読体」を「音読」すると、独特な流麗な日本語のリズムが再現される。中世の『平家物語』等にみられる“和漢混淆文”は、自ずと流れのよい「音読」を可能とする力を、文体そのものが持っている。その“文体DNA”は、近世に至っても保存され、例えば松尾芭蕉の『おくのほそ道』冒頭などに見られる、流暢な文体を可能としている。江戸時代から明治の初頭に至るまでの時代は、「漢文」が何より重要視され、愛読され創作され研究対象として重んじられたのである。それがいつしか、漠然と“近代”が“現代”に名を変える頃から、「漢文」が軽視されるようになった。これは明らかに文化的退潮といわざるを得ない。

江戸時代の寺子屋教育で知られるように、「漢文」は「素読」と呼ばれる「音読方法」によって受け継がれてきた要素が強い。意味を解するに至る以前に、身体的にそれを「声」にして享受するというもの。「声」として表現し、その文体の魅力を体感することで、更に内容を読もうとする意欲が醸成される。暗誦するほどの徹底した「素読」が、学問としての基礎を築くという、文化の保存様式が存在したということである。こうした教育の中においては、「要不要」という効率第一主義の思考はもとより存在しなかったのではないだろうか。

「漢文」科目が、冒頭に記したような衰退傾向にあることを嘆いてばかりもいられない。ならば、その魅力をどのように今一度表舞台に引き出すか。学習者が自然と興味を持ち、多くの指導者がその奥底にある魅力を伝えようとする意欲を持とうとするか。そんな方法を、まさに「背水の陣」で考案していかねばならないだろう。


幸いなことに、指導要領改訂により、
高校教科書に掲載される教材量は、これまでよりかなり“増量”となるはずだ。

その増量分を活かすも殺すも、
指導者の力量と意識次第なのである。

「声」による漢文教育の再生。
自らの命題として、待ったなしの潮流に飛び込む決意はある。
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禁じられた声―「杜子春」の叫び

2012-04-21
中学校教科書に採録されることもある芥川龍之介「杜子春」を改めて読み直している。芥川生誕120年・没後85年という節目であるという今年、この作品を朗読としてどのように表現しようかを模索する為だ。著名な作品ゆえに多くの方が、そのあらすじはご存じであろう。ただあらすじを知っているだけでは理解できない深みがあることを再発見すべく、声での表現を目指している。

中学生に読んで欲しいという願望から、教科書にも採録される作品。改めて“大人”として読んだとき、社会的経験で手垢にまみれた精神を確実に揺さぶってくれる。これが名作たる所以であろう。中学校教材というのは、中学生に適しているという観点から採択されるのであろうが、同時に生涯の中で改めて再読したときに、思春期時点との受け止め方の違いを、自己の中で定点観測するという効果も発揮する。

小説で杜子春は、仙人となるべく大きな“課題”が与えられる。それはたとえ命が奪われても、声を発することを禁じられるという苦行である。声を出すことを忌まわしいと避ける風潮さえある現代社会の様々な場面において、人間の根源的な本性として、「声を出すこと」の大切さを実感させてくれる。地獄という特別な舞台での想像を絶する責苦。たとえ自己の肉体がどのようになろうとも、杜子春は決して声を出さなかった。こんな場面が小説の重要な要素になっているものを、「声」で表現すること自体に、大きな矛盾と葛藤が表現者を襲う。


禁じられた果てに杜子春が出してしまった声。
「「お母さん。」と一声叫びました。」
小説のこのくだりは、いつになっても心が熱くなる。
直前にある「懐かしい、母親の声」の内容を自己の体験と重ねれば尚更だ。

「大金持ちになればお世辞を言い、貧乏人になれば口も利かない世間の人たち」
と比べて母親の声は際立っていた。
そこで杜子春は禁忌を破り、声を出してしまうことで、
金持ちにも仙人になることにも人間として意味がないことを悟る。
ただ「人間らしい、正直な暮らし」を「晴れ晴れと」求めるようになる。

小説のむすびで、鉄冠子(仙人)が「愉快そうに付け加える」ことば、
「泰山の南の麓にある一軒の家」。

小説の場外で、杜子春はどのような行動に出るのだろうか。
読者の想像を存分に働かせる余白を、芥川は丁寧に用意してくれている。


これからしばらく時間を掛けることになるが、
時折、この小説を朗読として表現する過程をご紹介していくことにしよう。
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