声の記憶

2012-02-29
 記憶の構成要素とは何かと考えてみる。もちろん数値的なものとか単語レベルの記憶というのは実にわかりやすい。僕たち日本人が幼少の頃から学んでくる一字一字の漢字などは、丹念に記憶しなければ定着しない最たるものであろう。このあたりの言語環境の影響もあってか、日本の教育は単発的な知識記憶を詰め込むことに重点が置かれてきたともいえそうだ。そうした数値・単語ではなく“印象”などを記憶する場合に、あなたはどんな要素を主にしているだろうか?

 初めて会った人の印象を記憶する場合、やはり背格好・顔立ち・髪型・服装などが要点となるのが一般的だ。例えば、目撃証言などではこうした要素が提供されて捜査の手掛かりとなるのが通例であろう。だが、服装は着替えさえすればすぐに変化してしまう。髪型も切りさえすれば極端に変化する。最近では顔立ちさえ変える逃走犯もいる。背格好も肥瘠の調整は可能かもしれない。

 そんな中で、あまり記憶に刻まれにくいのが「声」ではないだろうか。初対面の人の「声」を記憶しているかどうかは疑わしい場合が多いように思われる。最近、初対面ならずとも、なかなか「声」の記憶が定まらない人がいるという実感がある。〈教室〉などにおいて授業回数をくり返しても、なかなか「声」がわからない学生がいるという印象である。比較的、コミュニケーションを重視した授業を心掛けていてもこのような状況であるから、ましてや講義一辺倒の授業などでは、学生の印象も見た目のみということになるだろう。その場合に、名前と顔が一致する度合は極端に低いと言わざるを得ない。講義内での質問などにおける発言があり、その内容と相俟って「声」を知った時、かなり鮮明な記憶としてその学生が刻まれることになる。

 すると、やはり対人関係の印象として、実は「声」が重大な要素であることも想定できる。その人が何を語っていたかを記憶するには、脳裏の中でその「声」が想像できて蘇るというのが理想的である。「声」が印象深く刻まれれば刻まれているほど、その人に対する記憶も濃度が高いといえそうだ。
 逆にメールなどの文章を読むときに、相手の「声」が想定できるのとできないのでは、読む際の感慨が違う。文字は「声」によって、より高度の感情表現に昇華する可能性があるのだ。文字が大量に溢れる時代であるが、その中で「声」の響きを大切にするのは、実は人間性を回復する大きな要因かもしれない。


声の記憶を大切にしたい
改めてその人の声を聞いた時、持っていた印象と同じであることの悦び
コミュニケーションの深度は声の交流が担っている
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異端児であることを恐れない

2012-02-28
「今の若者はハングリー精神が足りない」
よく年配の世代が口にする決まり文句である。
だが、果たしてそうなのであろうか?
もはやハングリー精神は、時代が醸し出すものではなく
個々人が自分で創るものになったと実感した。

 東京マラソンで藤原新選手が、日本男子歴代7位の2時間7分48秒という記録で日本人最高位の2位入賞を果たした。既にメディアが様々に報じているのでこの日に至る足跡はご存じの方も多いであろう。実業団でコーチとぶつかりマラソンに専念すべく退社。プロランナーを自任しながらも、スポンサー契約は決まらず賞金頼りに貯金を取り崩して生活する“無職”ランナーであるという。Webでの情報収集により海外の様々な練習法を学び実践する。陸上長距離には特段関係がないとも思えるボディメイクの専門家の指導を仰ぎ、走る為の身体を徹底して創り上げようとする。そんな個人でプロデュースした練習方法が見事に花開いた結果である。

 そこには専門競技への考え方を覆すような、越境した練習姿勢がある。その上、徹底した自己管理と研究熱心な“陸上オタク”。いわば「異端児」的な存在が大いにそれらしい姿で成果を世に示したといってよいだろう。かつて若い頃のイチローがそうであったように、「変わり者」がコーチと衝突する先に、天賦の才能が開花するのである。
 25Kmのペースアップの際には、後続集団に合図を送り「みんなでペースを上げよう」というようなジェスチャーを見せた。しかし誰も付いてはいかなかった。そこで異端児よろしく猛然とペースアップ。アフリカ勢の「有名選手を抜けば記念になるだろう」というような気持ちで追いついて行ったら、抜ける気がしてきて2人の有力選手をかわした。まさに藤原選手らしい走りで、賞金・商品とともにロンドンへの切符を手に入れた。

経済的に苦しい環境を自らが選択した、
その果ての有言実行
もはやハングリー精神も個人個人が醸成し
自ら跳躍して行くという生き方が輝く時代

異端児・変わり者といわれることを恐れてはいけない
藤原新の笑顔がそう語っていた
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「ALWAYS三丁目の夕日’64」が語り掛けるもの

2012-02-27
「幸せって何でしょうな・・・?」
映画の予告時点から公開されていた、
“夕日三丁目”の町医者・宅間先生(三浦友和)の台詞だ。

そして’64年10月、“東洋の魔女”といわれた
日本女子バレー代表がオリンピックで優勝した晩に産まれた子供を抱いて
夕日を見上げながら小説家・茶川夫妻がふと口ずさむ台詞
「この子が大人になっても、この夕日は綺麗でしょうか?」

その時産まれた子であれば、今年で48歳になっている。
果たして、東京から見る“夕日”はいま美しいのだろうか?
僕たちは個々の感性の中で、その答えを知っている。
だが、もしかしたら
“夕日”そのものに注意する気持ちさえ失った人々もいるかもしれない。

そうだ、素朴に一日を幸せに過ごせた思いをもって、
“夕日”を美しいと思う感性は、ほぼ確実に失われたといってよい。
高層建築物の乱立に象徴される東京の発展は
この48年間で
何かとても大切なものを置き去りにしてきてしまったのだ。


家電としてカラーTVが普及し始める
マイカー所有者が増える
東海道新幹線が開通する
東京オリンピックが開催される
‘64年というのは確実に高度経済成長が、
一大成果となって表面化した時代だ。
自衛隊のブルーインパレス飛行隊が東京の空に描いた五輪雲は、
世界に名立たる経済発展を遂げつつある日本を象徴している。


向こう三軒両隣やお向いさん
そんな他人同士が喧嘩をしながらも肩寄せ合って生きていた時代
集団就職で青森から状況した少女を預かり
親同然に、いやそれ以上の存在として育て
彼女が付き合った男を勘違いして殴り飛ばす自営自動車修理工場の旦那
嫁ぐ日には、父親同然の涙を見せる

小説家を目指すという志を父親に否定されたと思い続け
その憎しみをバネにして連載小説を書き続ける野暮な男
自らが経験した父親との関係をまた自らが辿る

こうした血縁ではない間柄が共に暮らすことで
その相手に心底こだわり
ことあるごとに喜び怒り哀しみ楽しむ
人間同士の繋がりとは何かと改めて考えてしまう

茶川が息子同然に育ててきた淳之介に吐き捨てるようにいう
「俺はな!お前を全力で叩き潰す!」
その小説家の眼は輝いていた
自分が好きなことに没頭し、人生を賭けた真剣勝負がそこにある


あくまで断片的にこの映画で印象に残ったシーンを、一定の配慮のもとに羅列してみた。僕はこの映画をある特別な感慨をもって観たかった。だから滅多に映画など観ない両親を映画館に誘った。’64年に結婚直後だった両親が、その時代を生きた過去の思いとどうリンクさせてこの映画を観るかという感想が聞きたかったからだ。予想通りかそれ以上に母は感涙頻りだった。そうだ、やはり’64年当時の日本は、今よりも確実に貧しいが、それでも豊かだったのだ。その後を生きて、いま社会を支える後進の世代が触れてみる価値ある感性がそこにある。

 だが、ここで注意したいのは単純な回顧主義である。どこぞの知事が躍起になるように果たして東京五輪をもう一度開催すれば、この人々の人間味溢れる感性が蘇るのだろうか?マンションや高層建築物を廃して、お互いの生活が覗き見えるような街空間を作れば、豊かな人間関係が築けるのだろうか?“おせっかい”と思われるような徹底した他人へのこだわりを皆が持てば、この社会は明るくなるのだろうか?あの’64年の感性は、確かに美しい。映画という虚構の中で描かれれば尚更、美化されている。だからこそ僕たちは、精緻に考えたい。あの時代から何を学べばいいのかを。“あの頃”を起点にして確実な“過ち”を日本社会は犯していないのか。高度経済成長という世界の中の奇跡は奇跡として否定はしない。否定しないからこそ、まさに今、その“功罪”を冷静に教養と知性をもって語るべきではないだろうか。


考えてみれば’64年というのは、戦後からたった19年しか経過していないのだ。
街の修理工場「鈴木オート」の旦那は吐き捨てる
「戦後生まれはだからダメなんだ!」
ならば’64年当時の“若者”は僕たちに吐き捨てるだろう
「東京五輪後生まれはだからだめなんだ!」と。
常に上の世代は下の世代にこんな言葉を順繰りに浴びせ続ける。


だからこそ個々の“今”が大切なのだ
僕がこの映画を両親と観た意味もそこにある
虚構の’64年が語り掛けるもので“今”を語るべきだ
両親の感じ方を、僕は受け止め
そして次の世代へまたリレーするのである


そんな意味で、様々な世代の方々に観ていただきたい映画である。
照れくさいので最後まで記さなかったが
僕は終始、3D眼鏡の奥を潤ませていたことを付言しておく。
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「真剣勝負」という語彙

2012-02-26
 昨日の小欄に記した外岡氏の著書を読んで、改めて自分自身も「文学」に対して甘い姿勢であったと反省させられた。「文学」を読むということは、今を生きる自分を読むことでもある。そして将来に向かう大きな夢を語ることだ。そのような教養に満ちた知的で繊細な“読者”でありたいと改めて深く肝に銘じる。「文学」を読むにはまさに真剣勝負で「読者としての仕事」を全開で行わなければならない。それでこそ「文学」は何よりも増して「実学」としての輝きを放つ。

 巷間に「真剣勝負」ということばがある。それは文字通り武士の時代、竹刀ではなく“真剣”で勝負することを意味したはずだ。僕たちの多くが経験できる筈もない“真剣”で向き合う緊張感。想像するだけで身が凍える。その先数秒後で、気を抜けば命を落とす。歴史小説や時代劇で味わった緊迫感に、手に汗を握った経験をお持ちの方も多いだろう。だがしかし、自戒を込めて、今の世の中その「真剣勝負」ということばが、かなり陳腐化しているような気がしてならない。

 たとえるならば、「真剣勝負」と口では言いながら、「竹刀勝負」しかしていない場合が多いのではないかということだ。本来的な意味でこの語彙を使用するなら、そう簡単には口走ることはできないはず。本気度のパーセントが、この語彙の中において大変甘くなっているということである。「人生いつも真剣勝負」というのは簡単だが、本気でそのような姿勢で人生と向き合っているのかと、改めて自問自答すべきだと思っている。

 「必死だ」も同様。
命懸けの勝負をしているかということ。
どんな苦難も乗り越えて、「真剣」の緊張感を持続できるかどうか。

 政治家や有名人を見渡しても、今の日本社会で「真剣勝負」が感じられる人物は稀と言わざるを得ない。

日常の何気ない語彙の奥行を想像してみる必要がありそうだ。
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外岡秀俊著『震災と原発 国家の過ち 文学で読み解く3.11』(朝日新書)所感

2012-02-25
 毎年、大学の授業において最後の最後に言おうと決めていることがある。
それは、
「文学こそ実学だ」
ということばである。

この10年ほどの社会潮流の変化で大学学部選択などにおいて、理系に傾き文系でも社会科学が人気を博する状況がある。人文科学でも社会学や心理学が人気で、特に文学の低迷は甚だしい。要は技術・資格の獲得に通じる「実学」志向が強まったと、予備校などが分析をくり返してきた。文学部は心理・社会学系を独立させたり拡大したりして、文学縮小の方向で再編される傾向も強い。高校での進路指導もその流れを真に受けて、高校生が「文学部」を志望したりすると、「将来はどうする?」と疑問を投げ掛けたりもすることも多い。だがしかし、「実学」と天秤にかけて「文学」の存在を否定的に考える発想自体が間違いだと強く思う。むしろ「文学」を疎かにしているからこそ、現状の日本社会はこのような混迷の渦中にあるのだと認識するのである。

 本書は、そんな僕が考えていたことを、実に知的に明晰に示してくれた。「文学」を疎かにしている国民は「国家の過ち」を見過ごし容認してしまい、「同じことが繰り返される」のである。

 新聞記者として早期退職という幕引きをしようとしていた著者が、その年度末にあたり東日本大震災を目の当りにした。「あれだけの被災を間近に見て、それを「過ぎたこと」と切り離しては生きていくことはできないと感じた。見てしまった者は、見たことの重さを引き受け、その後も見届ける責任を負う。」という「はじめに」におけることばからして、外岡氏の記者としての真摯な態度が表現されており共感の淵に誘われる。

 東日本大震災は「人生観や世界観の座標軸を揺るがす出来事だった。」というのは多くの人々の実感であろう。だが、その「いびつに傾いたままの座標軸」において、どのように「思考を組み立てればよいか」ということに関しては、混迷こそあれ明解な観念を持ち得ずに時だけが経過しているのが実情ではないだろうか。そんな「思考」の「支え」を、「文学」に求めたという知的態度が、本書では存分に披歴されている。

 「私はそうした小説を、もう体験することのない過去の出来事を昇華し、未来の読者に届ける贈り物として読んだのを思い出した。」(はじめに)

 と外岡氏が述べるように、「この不条理はすべて文学に描かれていた」のである。


第1章「復興にはほど遠い」では、カミュ『ペスト』。
第2章「放射能に、色がついていたらなあ」では、カフカ『城』

 といった具合に、外岡氏が取材して目の当たりにした大震災の実感を、克明に理解しやすい文章で綴りながら、小説が描いていた世界観との共通点を無理なく結び付ける。実に教養ある知性に満ちた「小説読者」としての読み方を呈して、現実の日本社会を鋭く批評しているのだ。

 第3章の「「帝国」はいま」では、島尾敏雄『出発は遂に訪れず』
この章で語られる核心を記すには、もはや著者の表現に委ねるしか僕にはできない。

 「空虚な「想像力の帝国」は、戦後もかたちを変えて持続してきたのではないか。
 「虚妄」の支配に対して、人は「虚構」で立ち向かうほかない。この社会において文学が依然として有効なのは、「虚妄」が戦後において姿かたちを変えて、持続してきたからだといってもいい。」

以下、同じように
第4章「東北とは何か」
第5章「原発という無意識」
第6章「ヒロシマからの問い」
第7章「故郷喪失から、生活の再建へ」
終章 「「救済」を待つのではなく」
と続く。

敢えて小欄には、どんな「文学」からこの構造を汲み取っているかは記さないでおこう。
ただ、震災後、様々な語り口で「原発」のことが語られる中で、これほど腑に落ちる分析を僕は他にあまり知らない。

 最後に外岡氏のあとがきの一節を示しておこう。

 「ただいずれにおいても、その対応と復旧・復興には明らかに「国家の過ち」があった、ということができる。これは政府、官僚を中心とする為政者に、戦前から引き継がれた国家としてのDNAともいえる。それは、責任の所在をあいまいにし、税金を「恩恵のように施し」、「拠らしむべし、知らしむべからず」という方針に立って上から見下ろす視線である。こうした国家の体質を変えない限り、今回の震災や事故の復興が遅れるだけでなく、次に来る大災害でも、同じことが繰り返されるように思えてならない。」

一読した後に、この最後のことばは深い浸透性をもって本書の読者に伝わるだろう。


文学を疎かにしていた日本社会が、このような混迷の中にあるのは必然だったのだ。
いま改めて言おう。
「文学こそ実学である」と。


こうした名著・名文こそ多くの方にご一読いただきたい。
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英語を声に出して呟く効用

2012-02-24
 語学学習しているとその進歩の度合いが明白なので、様々な悩みを抱くこともある。ただ、実際にその言語を使用する環境に埋没しなければ自覚できないことも多く、僕の場合はたいてい渡米すると、英語学習の足りなさを悔やむ。ということはいかに日常では断片的な英語学習をしているということである。身体的な筋力と同じで語学は使用しなければ、その瞬間から衰え始めるという自覚を新たにするのである。

 日本で生活している以上、なかなか全てにおいて英語を使用する環境を作り出すのは難しい。よほど英語使用を推奨する企業にでも勤務しない限り無理だろう。語学学習の悩みが絶えないゆえに、「聞くだけで・・・」といった教材が大変よく売れる現実もあるようだ。ただ「聞く」のは実に受動的な行為。僕の様々な経験からすると、情報を“入力”するよりも“出力”した方が、結果的に記憶に定着しやすい。

 高校の頃から、単語の記憶をする場合には必ず「音読」を実行していた。それがエスカレートして勉強部屋で「一人授業」をするのが常になった。次の日の英単語テストの範囲について、一人で声を出しながら架空の人々に対して教えるのである。覚えようとする英単語を認識して発音しようとする脳を刺激し、脳が声帯に伝令を出す。声帯は発音に必要な構えを作り、息とともに放出すると口がその発音に適した形となり声になって誰も聞いていない空間に放出される。放出された声の残響は、再び自分の耳から脳内に伝えられてその発音を確かめる。すると心の中にその「声」が記憶され、テストの段になって容易に蘇るという流れだ。

 このように文章化しただけで、ただ無言で記憶しようとするよりも格段に脳内を活発に使用していることがわかる。たとえ声が出せないような場合でも、声を出そうとする意識をしながら記憶すると、声帯においてはその構えが作られるので、効果があると聞いたことがある。
 ゆえに現在の英語学習でも、もっと「声」を使用して呟けばいいのだと改めて認識した。日常での些細な文脈を英語で呟くのだ。それだけで英語脳がかなり刺激されて、語学“筋力”を使用したことになるはずである。また歌を唄うのもいい。ここのところ英会話教室の講師が歌を導入し始めた。その中の美しく普遍的なフレーズについて個人化した体験を語る時間も設けられている。リズムやアーティストの豊かな声から英語がすんなり入力され、それを唄えば、自分の脳に定着させることができる。

You've never let me down before , mmm hmm♪


I don’t want clever conversations, ♬
I never want to work that hard, mmm hmm♪
I just want someone that I can talk to; I want U just the way U R♪


 Billy Joelの爽やかな声と美しいピアノの旋律と共に
 英語“筋力”を鍛える
 それは声を出して呟くことが不可欠であるという
 あたりまえの結論
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妄想力とフロー状態

2012-02-23
 日常的に妄想が好きだ。何らかを契機にして様々な映像が脳裏を駆け巡る時がある。その契機は、決して大々的なものであるばかりではなく、僅か一単語でも妄想のスイッチが入る時がある。記憶にある情報を集積し、夢うつつの場面設定をして自分自身や様々な登場人物が交響を織りなす。いわば自分の“妄想物語”を展開する時、その期待感にワクワクする時や、緊張感からくる重圧に堪らない快感を覚える時さえある。

 「妄想」を辞書で引いてみた。

『広辞苑』=1、〔仏〕〈モウゾウとも〉みだりなおもい。正しくない想念。
2、〔心〕根拠のない主観的な想像や信念。病的原因によって起り、事実の経験や論理によっては容易に訂正されることがない

 『現代国語例解辞典第2版』(小学館)
      =1、あり得ないことをみだりに想像すること。またそのような想像。
       2、根拠がないのに不合理なことを事実と確信し、いくら誤りを立証しても承知しない状態。

 『新明解国語辞典第6版』(三省堂)
      =〔仏教語としてはモウゾウ〕
       1、あれこれ想像したことを事実であるかのごとくに堅く信じてしまう心的傾向。
       2、夢想。


 このように「妄想」の辞書的意味は、概して否定的な行為として提示されているようだ。その根本が「仏教語」であり、そこでは「みだりに」「正しくない」という「妄」の漢語としての意味が生きている。元来、「亡」=「ない」+「女」という字の構成で、「女性に心まどわされ、我を忘れたふるまいをすることを示す」(漢字源・学研)という語感が強い。仏教的教義の上では、まさに“タブーな行為”として捉えられていたはずだ。その延長で心理学でも「根拠のない主観的な想念や信念」となり、「容易に訂正されず」とか「承知しない」「堅く信じてしまう」という「病的原因」により起こり負の意味合いで使用されることが多いようだ。



 しかし、辞書的意味の中でも「夢想」と示してある『新明解』にやや光が見える。決して「妄想」は負の側面だけではないと感じられるのだ。それならば通常は「想像」という語彙を使用すればいい訳であるが、何となく「ひとりよがりを楽しむ」という観点から「妄想」に効用があるとも考えてみたくなる。





 ここで茂木健一郎氏のいくつかの連続Tweet(2012年2月22日)を紹介しよう。

(4)一般に、プレッシャーは自分で自分にかけて、自分でコントロールするのが良い。他人や外部からかけられるプレッシャーは制御不能なので暴走しやすい。練習のときから、自分に良いプレッシャーをかけ、それを楽しむくらいでやれば、本番に強い人になれる。


(6)本番で最高のパフォーマンスを発揮するためには、「集中しているけどリラックスしている」フロー状態になるのが良い。緊張していることを集中していることと混同してはいけない。微笑みがうかぶくらいの余裕で、しかし最高の集中をしているときに人は最高の能力を発揮するのだ。


(7)フロー状態になるためには、自分の実力とその時の課題が、高いところで一致していなければならない。つまり、普段の努力、修練はやはり怠ってはならない。その上で、本番では、集中しているけどリラックスしている、まるで空を雲が流れるような境地を目指せば良いのである。


(9)一番必要なのは、「根拠のない自信」。これまでそれだけの準備をして来たのだから、必ずうまくいくという根拠のない自信が、本番における最高のパフォーマンスを導く。逆に言えば、本番までの日々においてそれだけの準備をするように、決して怠ってはならない。




 ここで茂木氏は、「プレッシャーは自分で自分にかける」ことを勧めている。その結果、「集中しているけどリラックスしている」という「フロー状態」を産み出すことができるというのである。そのためには、「自分の実力とその時の課題が高い所で一致していなければならない」とし、そのためにも「普段からの努力、習練を怠っては」ならないともいう。その結果、「根拠のない自信」が生まれ「最高のパフォーマンスを導く」とまとめている。



 考えるに、本番での緊張を日常的に予行演習する「自分で自分にかける」プレッシャーを作り出すには「妄想」が一番である。この考え方の上に立てば、「妄想」の語感が持つ「根拠のない不合理なこと」が、本番での「自信」を生み出すとも考えられる。となるとやたらと「妄想は慎むべきだ」という考え方も、偏向したものと言わざるを得なくなるのだ。自らが向上するための現実にリンクしたところで「妄想力」が発揮できれば、本番の重圧に負けない「空を雲が流れるような境地」を実現できるのである。


 09年WBC決勝で、イチローの2点適時打で日本が2連覇を決定的にしたことは、多くの方が記憶しているであろう。あの時、イチローは自分自身が打席に入る直前から、脳裏で「イチロー選手」の中継実況を始めたという。「さあ!イチロー選手がいつもの動作で打席に入ります。ここで打てば日本の連覇は決定的・・・・」(この実況は筆者の妄想なので悪しからず)。「野球生活での最大の恐怖」に打ち勝つために、自らを「妄想」の渦の中に投じたのである。そしてワンバウンドになりそうなチェンジアップをファールにして切り抜けた瞬間、「必ず打てる」という「根拠のない自信」が持てたという。現実は多くの方が目に焼き付けたように、中前適時打という美しい現実となって花開いたわけである。


「妄想」を楽しもう。
語彙として「夢想」と置き換えてもいいのかもしれない。
その限りない想像力の世界こそ、人間としての可能性であると信じている。
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アメリカを魅了する由紀さおりの声

2012-02-22
 由紀さおりというと、「ドリフ大爆笑」に出演してコントにも参加する、“すかしたおとぼけ”のイメージがあった。だが、その大爆笑にはコントの合間に必ず歌手が唄うコーナーが設けられていて、彼女も例外なく唄っていた。というよりその歌が妙に気になっていたのが思い出される。曲自体も他に類を見ない香りがあり、アイドルなどでは到底為し得ない歌唱力を存分に披露していた。特に僕は、その唄う際の口の動きが気になっていた。明らかに他の歌手よりも動きが大きいのである。開閉が明瞭とも言い換えられるかもしれない。下唇を基盤としながら、上唇を躍動的に可変させ様々な声のトーンを調律していると解釈すればいいのだろうか。

その僕が気になっていた口の動きに、どうやら彼女が最近、アメリカで大人気である秘密が隠されているようだ。この日、NHK「クローズアップ現代」を視ていると、「由紀さおりの世界が絶賛 日本語の歌の秘密」をやっていた。何気なく視ているうちに、冒頭に書いた「口の動き」が腑に落ちた。彼女の唄い方は、「母音」の発音を実に大切にしているというのだ。そこに「強弱」「抑揚」が存分に表現されて、「感情」「思い入れ」「美しさ」になっていると番組の取材を受けた音声研究者は分析していた。事実、音声解析装置で彼女の声紋を測定すると、普通の人では見られない波紋が大量に発生しているという驚くべき解析結果であったという取材も為されていた。

日本語は言語的にみても「母音」が多用される言語である。むしろ「母音」により全ての音韻が支えられているといった方が正しいかもしれない。その根幹となる音韻を美しく発声しようとすることは、自ずと日本語そのものを美しく響かせることに通じる。また、歌曲の中で1小節に入れられる単語が、英語に比べて少ないという特徴もある。その限られた最少語彙の一つ一つを精緻に発声することが、豊かな表現力を産み出していると番組でも伝えていた。

こうした由紀の歌唱力は、幼少の頃から「童謡」を歌い込んで、比較的素朴な日本語と誠実に向き合って来たからだという。また「童謡」に込められた世界観を、自分なりに十分に解釈し、真摯に表現しようと努めている。番組内のインタビューで彼女が語っていた。

由紀「“小さい秋”とは何ですか?」
スタッフ「・・・・・・・・・・?」
由紀「季節の移ろいですよ!何か小さくとも移り変わりを発見した歌なのよ。」

といったやり取りがあった。
こうした「童謡」に込められた「ことばの向こうにある世界」、日本文化的背景を存分に咀嚼しているがゆえ、彼女の表現力は圧倒的に高まったといってよい。

 彼女の唄を聴いたアメリカ人はこう云った。
「ことばの意味はわからないが、心に海や山が浮かんできた。」
「何か、浮世絵をみるような美しい感覚が湧き上がってきた」

 由紀さおりの大ヒット曲で、初の紅白出場を成し得た「夜明けのスキャット」という曲を、偶然聴いたアメリカのジャズピアニストが、彼女とのジョインを熱望したがため、アメリカで好評を博す契機となったという。この「ル~ル~ル~ル―」という唄い出し部分でも、もちろん「L」よりも「U」の部分が歌手としての熟練とともに強調されて来ている。たぶん、アメリカ人にも「自然現象」の映像を想起させるような音韻が潜んでいるに違いない。

 改めて由紀さおりの童謡を聴いてみたくなった。
 そこには美しい日本語を発声するための方法が潜んでいる。
 使えない英語コンプレックスに悲嘆する前に、
 日本人は自らの言語の美しさを再発見すべきではないだろうか。
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二日酔い解消法

2012-02-21
 二日酔いほど悩ましいものはない。目覚めた瞬間、「もう酒やめた」と叫びたくなる。せっかく美味しい酒を呑んだのに、なぜ過剰になってしまったのか。どうして一定のところで抑えられなかったのか。やり場のない後悔が頭の中を渦巻く。だが、これもまた人生の縮図。後悔をくり返すだけ野暮というものだ。

この日は、二日酔いだが後悔はなかった。自分が美味しいと惚れ込んだ「獺祭」のみを呑み過ぎたゆえである。軽やかな頭痛を伴ってはいたが、決して悪酔いという感じではない。やはり銘酒たるだけのことはある。何となくその味の特徴が、喉の奥に残存しているかのような不思議な二日酔いであった。

さて二日酔いをどう解消するか。長年にわたり“試案”してきたことがいくつかある。
まずは月並に熱いシャワー。そして柑橘系飲料をガブリ。何となく胃腸が刺激されてトイレに一定時間籠り、排出できればかなり上等。ただ、柑橘系飲料は胃腸への刺激が過度なので、その後、仕事中などに更なる腹痛を発する危険性がある。だが、この方法でたいていは社会復帰可能である。

「酔うためではなく味わう酒を」という旭酒造の信条を、更に実践したい。
 適度な酒なら「百薬の長」
人と人とを気持ちよく繋ぐ「コミュニケーション活性」にも効果抜群である。
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2012東京獺祭の会

2012-02-20
 日本酒というと母の故郷が新潟なので、どうしても雪国越後の銘酒を選んでいた。新潟でいくつかの酒蔵を見学したことがあるが、冬季には積雪数メートルが蔵を囲み、その天然冷蔵によって美味しい酒ができると聞いた。そんな環境と米の美味しさの相乗効果で新潟の酒を限定的に好んでいた。ところが、ある時「獺祭」を飲むと、直感的に日本酒の革命だと感じた。その爽やかな飲み口に一目惚れして、もう幾年月かが経過する。

この日は、初めて「東京獺祭の会」に参加した。以前に、参議院議員でジャーナリストの有田芳生さんに、「獺祭」は美味しいですねという話をした折、このような催しがあると教わった。今回も有田さんのTweetを契機にこの会を予約した。当の有田さんは、金曜日夜の初日に参加したようだ。それにしても、酒の味わいを知る会とはどのようなものかと、好奇心に火が付き、ワクワクしながら会場に足を運んだ。

永田町の都市センターホテルの大広間。総勢400名が一堂に会した。金土日と3日間の開催なので総計約1200名の方々がこの山口の銘酒を味わったという。社長の挨拶では、昨年3月以降、毎月売上の1%を東日本大震災の被災地に寄付したことが紹介された。その額は1700万円にのぼるという。小さな酒蔵が1%の寄付は冒険だと社長は語っていたが、世間で「東北の酒を飲もう」キャンペーンが巻き起こる中、山口の酒蔵がこの寄付に取り組んで来た心意気は見事だと思う。西国の「獺祭」を飲めば、東北が支援できるのである。

その後、北米マーケティング広報担当の、アンリ・シュロフさんの音頭で乾杯。いよいよ銘酒を味わう時間となった。立食形式のテーブルには、基本的銘柄の「純米大吟醸50」が置かれていた。まずはこれで乾杯。その後は、会場の両サイドに様々な銘柄の酒が置かれている。3日間の催しに約1200本もの瓶を搬入したという。僕は以前から、「発泡にごり」が好みで、その中にも「50」と「磨き三割九分」「聖夜限定」の三種があることを改めて知った。その他にも、「遠心分離シリーズ」の「磨き二割三分」「おりがらみ」など、精米歩合が数字で示されたものが大半である。中でも、「純米大吟醸 磨き二割三分」が、「獺祭」中の「獺祭」であるという。各自に配布された盃と小グラスで、多くの種類を楽しんだ。

もちろん立食形式ゆえ、料理もたくさん用意されていたが、この場に及んで料理を取る列に並ぶのも粋ではないと思い、暫くは多彩な銘酒の味を堪能した。おかげで小腹が減った折には、ほとんど料理はなくなっていたが、僅かな惣菜とおそばをいただいた。

会も後半になり、会場を巡り歩き逆側の酒配布場所に行くと、乾杯の音頭をとったアンリ・シュロフさんと出会った。彼女はLA在住、アメリカで「獺祭」を広報しているという。「僕もよくアメリカに行くので」と話すと、「今度ロスかラスベガスで「獺祭」を飲みましょう」と誘われた。彼女もワインのような飲み口はどんな料理にも合うのでと、この酒に惚れ込んでいる様子。また一つ、アメリカに行く別な楽しみが増えた。来年はWBC(野球国別対抗戦)の開催年でもあるので、ぜひ西海岸で「獺祭」という“縁”を実現させてみたいものだ。

そのアンリさんの紹介で、社長や専務とも名刺交換ができた。専務とは出身大学が同じであるという縁もあった。蔵元の方々と、このような人間的関係が結べるというのは、実に新たな酒の飲み方だと、酔い加減と相俟って気分も上々になった。

「酔うため売るための酒でなく
味わうための酒を求めて」
これが旭酒造株式会社のモットーである。


蔵元は山口県岩国市周東町「獺越」という住所にある。
その「獺」をとり、中国故事にある「獺祭」と名付けられたという。
故事に拠れば、「獺」は魚を取ると岸に並べて「祭」のように見えることから。
そして派生的に「詩文を作る時に多くの資料を並べ広げる」という意味もある。
かの正岡子規も「獺祭書屋主人」と号していた。


中国故事や子規にも関連するこの名にし負う銘酒。
自らが知らなかった新たな世界の扉を開いた気分で帰宅。
ただ、空きっ腹の酩酊具合も結構なハイレベルであったかもしれない。
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