fc2ブログ

文字数と情報量

2011-08-06
 小欄には字数制限があるわけではないので、毎回特に意識せず文章を書いている。だが、様々な原稿、例えば論文・レポート・雑記などにしても字数制限を伴うのが常である。大学の学部時代などは、嫌いな分野のレポートで何とか指定の文字数を埋めるのに躍起になるほど未熟であったのを懐かしく思い出す。本来、文字数は埋めるものではなく、表現したいものを形作る創作行為である。

 小欄のようなブログには字数制限がなかったが、それをWeb上で強力に意識させたのがTwitterである。140文字という制限内でどのような表現ができるか。使い方は千差万別であるが、140字の制限は誰しも公平に与えられた条件である。そこで問題になるのが、言語の表現機能である。

 英語話者による140字と、日本語話者によるそれは明らかに情報量が違う。一単語に多くの文字量を要する英語では140字の制限では、僅かなことしか表現しえない。しかし、漢字文化に依拠した日本語では、漢語の使用次第で多くの情報量を詰め込める。同じ条件にも関わらず日本語話者のTweetは、一つあたり表現力が豊かなはずである。

 そのTweetを連続して7~8回繰り返せば、立派なエッセイとして1000字前後の内容表現も可能だ。場合によると十分にブログ的な機能を果たしているTweetもよく見かける。要は、日本語としての有利さをどれだけ活かしているかということだ。漢字仮名混じり文であるという表現形態を、存分に活かせば無限の可能性が広まるようにも思う。

 それだけに140字の表現世界にどれだけ遊べるかという興味もわく。共通に与えられた条件の中で、飾りを削ぎ落としてどれだけ有効な表現をするか。はてまた無駄があってこそ豊かな表現になる場合もある。そのバランス感覚を意識すれば、要点が纏まった段落を構成していく文章作成能力も養えるであろう。

 などと書いていると、いつしかとりとめもなくなる。字数制限があれば更に簡素化できそうな内容である。それゆえに小欄とTwitterとで、どのような役割分担をするかが、文章創作者としての責任のようにも思う。

 いつしか小欄の1段落が140字前後になっている自然に気付く。
関連記事
スポンサーサイト



tag :
<< topページへこのページの先頭へ >>